勇者に倒された魔王の襲撃
久々の投稿です、すみません……
―お昼休憩―
「ふぅ、午前のシフトが終わったからやっと昼休み休憩だ。さて、ランの手作り弁当でも食うか」
所長が去ってから数時間後、魔王はお弁当を食べるために個室に入った。
が、
「………………………」
入った途端、ひたすら無言になってしまった。
なぜか?
それは個室の中央に置かれたテーブルの上に置かれた紙の内容が原因だろう。
――世の中には食物をお腹いっぱいに食べたくても食べれない人々がいます。その人達は、貴方がご飯を食べようとしているこの瞬間も、飢えに苦しんで泣いています。それはとても、とても悲しい事です。
それでも貴方は……食べれますか?――
「食いづらいわっ!!」
魔王は紙をテーブルから剥がして床に叩きつけた。
「どうしましたか?」
そこへ、てんちょーがやってきた。
魔王はてんちょーをキッと睨む。
「なんの嫌がらせだ、これは!」
「なにがです……って、あぁ…その紙ですか…」
てんちょーは相変わらずの感情の籠らない瞳で床に叩きつけられた紙を見つめる。
「従業員の皆様に少しでも気持ちよく昼食を摂っていただくために私が考案したものですが?」
「こんな内容の貼り紙を見て、気持ちよく食えるかよ! 後味悪すぎて食えねーよ!!」
「私は気持ちよく食べれますが」
「なんで?!」
魔王の問いに、てんちょーは「ニヤッ」と歪に笑う。
「私が世界で一番恵まれている気分になります。あと、飢えに苦しむ人達を思い浮かべながらドヤ顔で食べるともっと美味しいです」
「世界中の飢えで苦しむ人達に謝れ!」
「サーセンWWW」
「軽っ!」
「口は軽くても、尻は軽くない女。それがこの私、てんちょーです」
キラーン、という擬音が付きそうなドヤ顔を浮かべるてんちょーに、魔王の額に青筋が浮かぶ。
「なに『上手い事言ってやったぜ』みたいな顔してんだ! ムカつくな!!」
「あ、童貞がキレた」
「やかましいわ、ボケッ!!」
「では仕事があるのでさようなら」
「相変わらずのスルースキルが憎い!!」
そのまま、ふっと現れたてんちょーは、やはりふっと去って行くのだった。
しかし魔王の表情は、まるで嵐が去ったかのような疲労に満ちたものだった。
「くそ……てんちょーのせいで余計な体力を使ってしまった!」
魔王のライフが全体の4分の1に減った。
「いや減りすぎだろ?! 確かに疲れたけどそんなに消費してないから!!」
ゲージが赤くなった。
「既に瀕死?!」
ピコーン、ピコーンというお馴染みの効果音が鳴り響き、画面が赤く染まる。
「これ本格的に重症じゃね?! え、俺どんだけ体力無いの?!」
これぞまさしく、ニートの真骨頂であろう。
「いやいやいや! そんな事ないよ、俺疲れてないよ?!」
寝言は寝て言え、カス。
「ついに地の文まで俺を貶し始めた!!」
ぎゃーぎゃー喚く魔王の背後から、てんちょーはチョップをくりだした!
「…………え?」
魔王は表情を固めて、背後を見た。
てんちょーの渾身のチョップが、魔王に迫る。
「ちょ、おま―――」
「死ねばその口……黙りますよね?」
クリティカルヒットした。
「ギャアァァァァァ!!」
―???―
「はあ…はあ…はあ……」
折れた聖剣を杖代わりに突きながら、ボロボロの服装の勇者は、虚ろな目でコンビニに向かっていた。
「お、おのれ…メイド! よくも…よくも俺のプライドだけでなく聖剣も折ってくれたな!! 絶対に、絶対に許さねぇ!!」
覚束ない足取りで、勇者は向かっていた。
コンビニに。
「たのもぉ!!」
道場破りならぬ、コンビニ破りである。
しかし、
――しーん………
コンビニには誰もいなかった。
現在、お昼休憩中である。
「あのー…おーい……メイド? 誰もいないのかー?」
――しーん
「店員さんいないのか〜?」
「あ、すみません! 今承りまーす!!」
そこへ、魔王が走りながらレジにやってきた。
「「あ」」
勇者と魔王は互いに目を合わし、固まった。
「「…………………」」
固まったままの勇者と魔王。
先に動いたのは、勇者だった。
「魔王ぅぅぅぅぅっっっっ!!!!」
続いて、魔王も動く。
「勇者ぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」
勇者が勢いよく振り下ろした折れた聖剣を、魔王は両手で真剣白羽取りをした。
「死ねやゴラァァァァ!!」
「いらっしゃいませぇぇぇ!!」
両者は各々の両手に力をこめ、互いに睨み合う。
「メイドがいたから薄々気づいていたが、やっぱりお前の差し金か魔王!!」
「お客様、店内での聖剣の持ち込みは固く禁じられていますって言ってんだろうが勇者!!」
「さてはこのコンビニを拠点に人間界を征服するつもりか!!」
「そんなつもりは毛頭ありませんので、さっさと家に帰れ!!」
「ああ、家に帰ってやるさ。でもな、お前だけは殺す!! そしてこの作品のタイトルを『魔王を殺した勇者のその後』に変えてやるよ!」
「させるかボケェ!!」
一進一退の攻防、互いに譲らない勇者と魔王。
十五分くらい経っただろうか、
「……貴方達は一体何をやっているのですか?」
辺りの空気がひんやりと凍えるくらいの声が響いた。
瞬間、勇者と魔王は横目で声を主を見る。
………てんちょーだった。
「あう…あう…あう……」
「貴様は…メイドか!!」
顔を真っ青にして口をあんぐりと開ける魔王と、てんちょーに対して敵対心を剥き出しにする勇者。
魔王はガクガク震えながら、勇者の肩を掴む。
「ゆ、勇者…やめるんだ。今のてんちょーはかなりご機嫌斜めだ……早まるな!」
「黙れ魔王! 貴様、メイドに屈するつもりか!?」
「い、いや違うんだよ……てんちょーはランに似ているだけで全くの別人で……」
「ご託はいい! 俺は行く!!」
「ま、待つんだ勇者ぁぁぁぁぁ!!」
勇者は魔王の制止の言葉を無視し、折れた聖剣を振りかぶって勢いよく飛び上がった。
その姿を、てんちょーは感情の籠らない瞳で無表情に見上げた。
「……あぁ、思い出しました」
てんちょーは右手でピースサインを作り、折れた聖剣の刃を人指し指と中指で挟んで受け止めた。
「なにっ?!」
勇者は目を見開き、折れた聖剣を抜こうと引っ張るが、ビクともしない。
(どんだけ馬鹿力なんだ、この女!!)
「貴方……この前私を闇討ちしようとしてましたよね?」
――ピシッ
人指し指と中指で挟んでいる折れた聖剣の刃の部分に、亀裂が走った。
「あの晩、よーく教えたはずですよ?」
――ピシシッ
「闇討ちする相手は、きちんと見極めろと……」
――バキッ!!
聖剣が、更に折れた。
「なっ――!!」
勇者は身の危険を感じて後退しようとするが、てんちょーが素早く勇者の足に自身の足を引っかけたために、地面に尻餅をついた。
「うぐっ?! 痛っ〜〜!!」
――ガシッ
「……へっ?」
勇者は目を見開いた。
てんちょーが、勇者の足を掴んだのだ。
恐る恐るてんちょーに顔を合わせると、
「反省……しましょうね?」
それはそれは慈愛に満ちた美しい笑顔だった。
声は冷たかったけど。
てんちょーはそのまま勇者を引き摺って応接室に行こうとする。
「うわああああ! ま、魔王! 助けてくれ!!」
これから先に待ち受ける恐怖に怯え、勇者は魔王に助けを求めて両手を伸ばす。
「くっ、勇者………………………………………………………無事に生き残ったら、一緒にコミケに行こうぜ?」
「先に死亡フラグを立てるな――ってあっ?!」
そのまま吸い込まれるかの如く、勇者は応接室へと姿を消した。
――ガチャン
鍵がかけられた。
――ドカッ
――バキッ
――ガンッ
――や、やめてくれ……そっちには、曲がらな……
――バリッ
――ベリッ
――があああああ!!
――ビクンッビクンッ
――プシュ〜〜〜〜〜
――がっ! で、でちゃいけない汁がでちゃてるぅぅぅ!!
――バンッ!!
――も、もうやめ……
――ドンガラガッシャーン!!
――………あふんっ
レジの隅っこで、魔王は両耳を両手で押さえて震えていた。
「俺は何も聞かなかった。何も、聞こえなかったんだ」
――ポンポンッ
何者かに、肩を二回叩かれた。
見上げた先には、頬にべっとりと赤い血が付いたてんちょー。
いやぁ、笑顔が眩しいですね。
「ねえ、魔王」
「は、はい……」
「反省無くして、人は成長しないと思わない?」
同意を求めているような口調だが、そこには明らかな強制力が存在する。
「そ、そーですよねー……」
《魔王はレベルアップした!》
髪の毛が伸びた!
寿命が縮んだ!
運気が下がった!
肝が冷えた!
魔王は、《反省する》を覚えた!
本日の魔王の収穫……“反省無くして、人は成長しない。さもなければ、それは身を滅ぼす結果を招く”。
次回から舞台は魔王城に戻ります。
あと、新キャラ登場予定です