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78 希望

 青い空。

緑の芝生(カーペット)

白いアーチ。

白い花。


 ここはどこだ。

さっきまで、屋内にいたはずだ。

だけど、ここは完全に外で。

鳥はいるし、暖かい日も出てるし、虫もいるし風もあるし。

まさか、ここが?

私は起き上がって、白いアーチをくぐった。

そこには小さな泉があって、マリア像のようなものが二つ、アーチの傍に立っていた。

そして、泉の向こう側。

そこには白の丸テーブルに、白の椅子が二脚。

椅子の片方には何もなく。

もう片方には、人が座っていた。


「あ…。」

そこには、この風景に全く溶け込めていない和服を着た一人の青年が座っていた。

黒髪の、青年が。

「…っ」

その途端に自分でも驚いたが、涙があふれてきた。

黒髪、だ。

見間違うことのない、黒髪。

「あ、あの!」


 私の声に、彼は振り返って驚いたように目を丸くした。

「おぉ…。来るとは分かっていたけど、こんなに早くたどりつくとは。」

彼はそう言うと苦笑して、

「俺もね、あんまり見つかりやすいところじゃまずいかなーって思ってあんなとこに入り口を作ったんだけど、あんなの見つけられる人いるのかなぁ、とも思ってたんだ。」

向かいの椅子を指した。

「いいよ?何でも聴いて。あんたの聴きたいことを、俺は全て知ってる。」

彼は微笑んでそう言った。


 「俺は八重。八重桜の八重ね。分かる?」

「う、うん。私はナユウ。七夕の、ナユウ。ナユでいいっす。」

「そう、ナユちゃん。ここまで大変だったでしょ。よく生きてたね。」

八重さん(、、)はテーブルの上に広げられた将棋盤の歩兵をでたらめに動かしながら笑った。

笑い事じゃないんだけど、この人の苦労に比べたら私の苦労なんて大したことないんだろう。


 それと気付いたことがあった。

八重さんの眼は黒じゃなく、紫で、透明な、ティアと同じ色。

そして彼には影が無い。

こんなに日の光があるのに、私の影しか草の上に伸びていない。

「あれ。察しが良いね。そうだよ、俺、精霊。」

「精霊って…。」

「帰る方法探してたらね、精霊になっちゃった。」

にこ、と笑う八重さん。

とても美しい顔をしている。

美青年だった。


「ええっと…。」

緊張して、彼から目をそらす。

「ああ、焦んなくても大丈夫!全部教えてあげる。」

飛車を斜めに真っ直ぐ動かして、ぱちん、と音をたてる。

この人将棋のルール知ってるのかな…。


 というか、今思ったのだけど。

この人がここにいる時点で帰り方は分からないんじゃないんだろうか。

「あー。帰れないからねー。」

さらっとそう言って王手をかけた。

とんでもないルールでやっている将棋で、王手を。

「じゃあ…。」

私が頼る人はみんな、なんですぐ望みを叩き斬るんだろう…。

そう思ってたら。

俺はね(、、、)。」

八重さんはそう続けた。

「俺、()?」

「うん。ナユちゃんは帰れるよ?」

八重さんは王将をつまんで私の額にぴとっとくっつけると、にっこり笑った。

「ちょっと長くなるけど。俺の昔話聴いて?」


 「俺さ、この世界に突然飛ばされて訳分かんなくてさ。

「まあナユちゃんもそうだったと思うんだけどね。

「で、俺もナユちゃんと同じように帰る方法を必死こいて探したわけさ。

「俺一応武士として育ったからさ。

「腕にも体力にも自信があったけど、この世界はその力が最大限に生かされるでしょ?

「それは体験して分かった?

「うん、そうなんだ。

「だから俺は殺されずに生きてこれたんだな。

「いやーありがてぇありがてぇ。」


 「で、まあ300年くらい経った頃かな。

「どうでもいいけど、年を殆どとらないことには驚いたよ。

「そ。もう何千年も生きてるけど、この世界に来たときと見た目はほぼ変わってないよ、俺。

「んでね、俺は神社の位置関係と俺の転送について気付いたんだ。

「それから、帰るのには来たときと同じ条件を作ればいいんじゃないかってことになってな。

「まぁその方法は思いついたんだけど、条件がそろわなくってなぁ。

「魔法を研究して、魔法を覚えたりしてさ、一生懸命条件をそろえようとしてたんだ。

「でも運悪くめっちゃ強いやつに出会っちまって、死んじゃったんだよなー。」


 「死んじゃったっても、一瞬だけどさ?

「そこでティア…、ティア知ってるよね?

「ティアに助けられたんだよ。

「俺に精霊の力を分けてくれてさ。

「俺は命が助かった代わりに精霊になった。

「嬉しかったよ。帰るには魔法と魔力が必要だったから。

「ティアのおかげで大きな魔力が手に入ったんだ。

「いろいろ頑張って、やったーそろそろ帰れるでござるー!とか思ってたらね。

「気付いちゃったんだよ。」


 「俺はさ、精霊になっちゃったから、帰れなくなってたんだ。

「精霊はあの世界では生きれない。

「あの魔力の少ない世界で「精霊」としての俺が生きることは無理だと気付いた。

「そもそもあの世界へつながる道を俺が通ることもできない。

「絶望、したね。正直。

「もう1000年くらい経ってたんだよ。

「1000年もこの世界にいたんだ。

「そこまでして帰れないんだもん。

「あーあ、って感じだよね。

「でもさ、よく考えたら俺の家族も生きてないしさ。

「もう良いかな、って割り切った。

「そして研究に研究を重ねて得た知識と力を活かしてこの庭を作って、のんびーり生きることにした。

「なかなか悲しい人生だよね。

「俺もそう思ったからさー。

「せめて俺の後に来るやつを助けてやろうと思ってさ。

「当時の生ける歴史、レオに俺の居場所を渡したんだ。」


 「あんたは実際すごいよ。

「たった数日で俺のところに辿り着いたんだから。

「運が良いよね。

「良かったね。ほんとに。

「帰れるよ、もちろん。

「あんたはまだ人間だからね。

「嬉しいよ。

「俺みたいなやつを救えるんだから。

「そんな申し訳なさそうな顔しないでって。

「兄さんいるんだな。

「その兄さんにここであったことを笑い話として話せばいいんだよ。

「こんな経験してる奴なかなかいないぜー?」


 「まあ、俺のことを哀れんでくれるんならさ。

「俺が必死に見つけた帰る方法を活かして無事にもとの世界に戻って?

「それは、俺にとっての希望だよ。

「この世界でいろいろあって、それなりに楽しいこともあった。

「でもやっぱり、もとの世界で家族と一緒に過ごしてたあの頃も恋しくなるよ。

「だから、ね?

「俺の希望を、ナユちゃんに託します。

「どうか、よろしく。」


 にこ、と笑って八重さんはそう言った。

私の希望は自分の希望だと言う八重さんの儚げな笑みは、確かに本音だったように思えた。



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