77 ペアリング
―――二十一日目終了―――
三日ぶりに外に出た。
空は雲が取り除かれ、美しく晴れ渡っていた。
人々も浮き浮きした様子で、すれ違っていく。
想像していたよりもずっと盛大なお祭りで、人の多さにひやひやしていた。
もともと短くなってた髪をさらに短く切って、帽子で全て隠したけれど、それでもやっぱり不安なものは不安だった。
そもそも目は隠れないし。
ただ、ラッシュバルドは目が緑色なので、光の角度によっては黒に見えるその人たちに紛れるのは結構大丈夫そうだった。
むしろ、ギーツの方が目立っているかもしれない。
本当にラッシュバルドは愛国精神が強いようで、見渡す限り緑で視界が埋まっている。
ここまで緑色の髪が揃っていることもあるのだな、と感心した。
そして美しい色だと、少し見惚れていたのも事実だった。
ギーツの腕に摑まり、背に隠れるようについて行く。
「賑やかなお祭りだね。」
ギーツは前を歩きながらそう言う。
いつものように眠そうだし、人の多さに若干参っているようでもあったけれど、どこかわくわくしているのもわかった。
彼はずっと屋敷に閉じ込められていたのだし、お祭りに来たのも初めてなのかもしれない。
華やかな格好で踊る踊り子さんたちを見ながら、
「ナユがあそこにいたらなぁ…」
とか呟いてたけど、実際そんなことになったら全力で遠慮させてもらいたい。
あんな露出度の高い服着れるかバカヤロウめ。
そこかしこからいい匂いがしてくる。
笑い声や歓声があふれる街。
この世界にもこんなにたくさんの人が暮らしているんだなーとしみじみ。
楽しそうで何より。
「そこのお二人さん。」
声をかけられて、ギーツと一緒に振り返る。
そこにはアクセサリーを並べた露天商らしき若いお姉さんが私たちに向かって手を振って来た。
思い切り目が合って、慌てて彼女から目を離す。
「カップルの方にぴったりの商品ありますよー。」
「…ふむ。」
食いつかないでギーツ!!!
ギーツに引かれてお姉さんに近付く。
私はギーツの背に隠れて小さく息をついた。
「これ、おそろいのピアスなんだけど、幸せの魔法がかかってるんだよー。」
「綺麗…ですね。」
「そうでしょそうでしょ?こっちはね、祝福の祈りが籠ってるの、ペンダント!どう?」
「あー、ペンダントも良いですね。」
「これもおススメよ!この指輪はね、つける指によって効果が違うのよ。」
「……。」
ギーツが、差し出された銀色の指輪を無言で受け取る。
手の中でころころと転がして何も言わずにそれを見詰めている。
気に入ったのだろうか?
私は横からそろっとその指輪を見てみた。
銀色のシンプルな指輪に、紫色の透き通る宝石が一つ。
「おススメは右手の小指と左手の薬指、小指かな?意味はね…」
お姉さんと別れて、少し歩くと拓けたところに噴水のある広場に出た。
そこではたくさんの人が噴水の縁に座って休憩していた。
白い花がたくさん咲いていて、美しい場所だ。
私たちはギーツの買ってきたワッフルみたいな甘いお菓子をそこに座って食べることにした。
もぐもぐと花を眺めながら食べていると、ギーツがさっきお姉さんから買っていた指輪を私の右小指につけてきた。
最初はピンキーリングにしては大きいのではないか?と思ったものの、嵌めてみるとぴったりだった。
どうやら嵌める指によって大きさが変わるらしい。すごい。
「右の小指は『困難を乗り越える』」
ギーツはペアの指輪を同じように右の小指に着けて笑った。
私は嬉しくなって、ギーツに右手の甲を向けて、笑い返した。
おそろい。
ギーツと、おそろいだ。
おそろいだ。
問題のラッシュバルド城にはあっさりと這入れた。
合流したシルバに姿隠しの魔法をかけてもらい、まず私が門番を避けて中へ入り、あとからギーツが門番と若干の格闘をしながら中へ入った。
銀髪なので少し苦労していたが、まあ最終的に入れたのだから問題ない。
シルバはどうやら姿隠しの魔法を一人にしか使えないようなので、ギーツの姿は隠せないようだった。
二人一緒に姿隠しが使えたらもう少し楽なのだろうけど。
何にしても入れたので良し。
ラッシュバルドの城はあまり豪華な装飾はなく、質素な感じの内装だった。
一年に一度の一般公開なので、普段は違うのだろうが、今日は何とも人が多い。
そして一般公開されている場所より奥に入るのもなかなか簡単だった。
見張りの兵もあまりやる気がないようだったし、シルバの魔法でさらっと入ることができた。
私とギーツは順番にシルバの魔法で中へと入った。
ひやひやしたけれど、順調である。
それから、ほとんど人のいない城内を20分ほど二人で探してみたけれど何も見つからない。
お祭りで誰もが忙しいらしく、気をつけていれば大丈夫そうだ。
「二階に行く?」
一階には何もないように思ったので、ギーツに尋ねると、ギーツは唇に人差し指を当てて一番近くにあった扉に耳を当てた。
そして頷くと、その部屋の扉を開けて私を中へ押し込んだ。
自分も続けて入るとドアを閉める。
私はギーツに続いて扉に頬をつける。
「本当に黒魔女がいるのか?」
「可能性は高いと、王はおっしゃっておられた。」
「この国にいることは間違いないもんな…。」
「そりゃあそうだろう。門番がやられたのだから。もしこの国に用があるのなら、この祭りがある今日にこの城に忍び込むだろうさ。」
「で、さっき結界師たちが侵入者の反応を確認したって言ってたと。」
「そうだ。黒魔女が忍び込んだら捕らえよ、というのが王からのご命令だ。」
「でもあの黒魔女だろ?俺、敵う気がしねえよ…。」
ぱたぱたという足音と一緒に聞こえてきたその会話。
二人の男たちが扉の前を通り過ぎていったのを感じた後、私は扉から耳を放してギーツを見た。
「嵌められた、ね。」
ギーツはさらっととんでもないことを言った。
「えー…。」
まあ、薄々感づいてはいたけど。
いくら警備がうすくなっていると言っても、緊張感が無さ過ぎる。
警備がうすくなっているのだから、いつもよりも警戒はするべきなのに。
つまり、私が城に入るように誘導していたのだ。
恐らく出るのは難しい。
はぁ。
もうめんどくさいなぁ。
「まぁ今は探すことに集中しよう。出ることはまた後で考えよう。」
「そうだね。」
楽観的な二人が楽観的な意見で重なった。
こんな二人で大丈夫だろうか、と何となく思った。
そろーっと外の様子を窺って、廊下に出ようとしたとき。
「探す、って。探し物をしに来たのかな?」
背後から声が聴こえた。
慌てて振り返ると、誰もいなかったはずの部屋に、一人の少女がテーブルの上に座っていた。
「黒魔女って、あなたでしょ?」
緑の髪を三つ編みにした中学生くらいの女の子。
少女はにこにこっと笑って言う。
この子、いつから…?
「あたし、マリー。ラッシュバルド第二戦闘部隊隊長でっす!えっとぉ、うちの王にあなたを捕らえてって命令をもらってるんだけど…。」
マリーはにっこり笑って、
「一緒に来てくーだーさい!」
無邪気に言った。
「ラッシュバルドの戦闘部隊ってことは、ああ見えても相当強いんだと思うよ。」
ギーツが小さな声で囁いた。
私は頷いて身を低くした。
マリーはすっとテーブルの上から降りると、次の瞬間、私とギーツの間に立っていた。
「!!!」
マリーの素早い掌底でギーツが勢いよく倒れる。
「ギー…!」
叫ぼうとした瞬間、マリーの腕で壁に押し付けられた。
素早く手を後ろに回され、一瞬でマリーに行動を奪われた。
なんと速いことか。
力ずくで振りほどこうと息を吸ったとき、押し付けられている壁の一部に目がいった。
かすかに汚れたその壁に、いくつか傷がついている。
その傷は。
「い…ろは…に、ほへと?」
「は?」
私の呟きにマリーが訝しげに眉をひそめる。
壁の傷が「いろはにほへと」と書いてあるように見えたのだ。
何をこんなときに、とは思ったのだが、思わず声に出してしまった。
そして。
私の身体は壁に吸い込まれた。
「「!?」」
壁が消えうせるような。
支えていたものがなくなり、身体はそのまま前へと倒れ込む。
一瞬の浮遊感。
そして背後からのマリーとギーツの声と、壁を叩く音。
呆気にとられていた私はどさりと地面に倒れ込んだ。
そこは。
美しい、美しい庭園だった。
もっとイチャイチャすればいいさ…