74 雑談
「うー…。」
「大丈夫…?」
「うん…。」
昨日の熱が高くなってきて、体が重い。
ギーツに看病してもらっていると、本当に一人じゃなくて良かったなぁ、と思う。
運が良くて、私が一人だったのはたったの三日間だけだったけど、今も一人だったらと考えると、ぞっとしない話だ。
セノルーンを出たとき、覚悟はしていたつもりだった。
でも、こうしてギーツとシルバの温かさを感じてしまったから。
一人で行かなければいけないことは分かっていても、今別れるのは、相当辛いだろう。
十日前とは違うのだ。
一緒に行くことを、進むことを決めてしまった。
「ぎーつー…。」
「ん?」
おかゆ(多分)をほぐしながら、ギーツはこちらを振り向く。
初めて会ったときにも感じた、空気をそのまま取り込んだような透明で綺麗な瞳。
静かなみずのようなそれに、ただ私を映している。
私はギーツの美しいその姿をぼんやりと見つめた。
「なにか?」
ギーツは微かに首を傾げて、黙り込んだ私を不思議そうに見た。
「…一緒に来てくれて、ありがとう。」
「ナユ、キミは何度もそれを言うね。だからボクも同じ言葉を返すけど…。」
ギーツはれんげから手を放して、両手で私の頬を挟む。
ひんやりとした感触が私の頬にしみる。
気持ちいい。
「ボクがキミと一緒にいるのは、行くところがなくて仕方なく、ってわけじゃないんだよ。キミが哀れだと思って一緒にいるわけじゃないんだよ。
ボクはキミに救われて、ボクはキミを好きになった。
そして好きな人とずっと一緒にいたいと思ったし、好きな人の力になりたいと考えた。
だから、キミと一緒にいる。
キミについてきたんじゃない。キミと一緒に進んできたんだ。
ボクが望んで選んだ道だ。ボクが初めて、ボクの意志で歩いた道だ。
こう言ったら怒られるかもしれないけど、ボクに幸せをくれたキミの為に、ボクはこの死なない力を使いたいと思ってる。
キミの為にこの体を差し出しても良いと思ってる。
だから言うよ。ボクを一緒にいさせてくれて、ありがとう、ナユ。」
熱があるせいなのか、涙もろくなっているようで、目にじわっと涙があふれてきた。
嬉しいのと恥ずかしいので、どうしたらいいかわからず、私はギーツに抱きついて肩に顔を伏せた。
「うん、ありがと、ギーツ。でも、私の為に体を張ろうとはしないでね。」
ギーツは私の背中をぽすぽすと優しく叩きながら、「うん」と鈴の鳴る様な綺麗な声でうなずいた。
ぼんやりとした意識の中で、ギーツが作ってくれたおかゆを食べて、毛布にくるまってギーツの胸に蹲った。
昔から熱が出ると、お父さんか兄貴にこうしてもらっていたのを思い出す。
最近は熱を出すこともなかったからなぁ。
懐かしい。
「うー、寒いぃいいー」
ぶるっと背を震わせて、毛布を顎の上まで引き上げる。
「ラッシュバルドは天候が変わりやすいからね…。今日は特別冷えるな。」
カーテンを引いて窓の外をのぞきながら、ギーツは困ったように言った。
「あ。」
「お。」
もふん、と私の横にシルバが寄り添った。
体温の高いシルバのもふもふとした感触を頬で味わう。
あったかい。
ギーツと私、シルバはくっついてぬくぬくと暖まった。
あー、幸せだなぁ。
それから、しばらく思い出話をまったりとしていた。
「こっちには学校ないの?」
「ある、って本には書いてあったけど…。魔法専門とか、考古学専門とか、学びたいものによって違うんだって。ボクは行ったことがないから詳しいことは分からないけど。」
「へえ、私の世界では義務教育っていうのがあって、15歳までは学ぶことが義務だったよ。」
「ギーツはいつも本を読んで過ごしてたの?」
「大体は。あー、でも。友達が割と頻繁に来てくれてた。最近は忙しくてあまり来なくなってたけど。」
「へぇ、ギーツの友達って、良い人そうだね。」
「うん、優しい人だよ。ボクをよく助けてくれてね。」
「助けてくれた…って、その体のことで?」
「そう。優秀な魔法使いでね。ボクとナユが出会った場所あるでしょ?あそこは、彼らがボクのために魔法で作ってくれた空間なんだ。」
「彼ら…って、一人じゃないんだ?」
「兄弟。2人とも仲が良くてね。ボクの唯一絶対の、大切な友達だ。」
「ギーツを助けてくれた人たち…。一目見てみたいな。」
「そうだね、彼らならナユの力になってくれるかもしれない。なかなか美麗な顔をしているから、合わせるのは気が進まないけどね。」
「…そうなのかぁ」
堂々とした独占欲を露わにされて、どうにも恥ずかしい。
私は顔を伏せてシルバによりくっついて照れ隠しをした。
「お友達は、どうやってギーツの体のことを知ったの?」
「ボクの本当の父親の親戚だったんだよ。従兄弟ってやつかな。彼らの母親がボクの父親の妹だそうだ。それで昔から仲が良くて。でもボクはこの体の秘密が発覚して売られてしまったし、彼らもまた貴族の妾の子供としてその家に引き取られてね。ボク達は離れてしまった。」
「会えなくなっちゃったってこと?」
「いや、引き取られたのはボクが先だったから、誰にどういう理由で引き取られたのかは彼らは知ってた。
さっきも言ったけれど、彼らは優秀な魔法使いだったから、魔法ですぐにボクのいる屋敷を見つけてくれた。
すぐと言っても、ボクは引き取られて二年が立ってたし、彼らも跡取り問題で忙しかったみたいで、実際に会ったのは二年ぶりだったんだけど。
彼らはボクの元に来て、ボクの現状を知って怒ってくれて。
ボクはそれだけで充分嬉しくて、沈んでた気持ちもなんとか浮かし直せたんだけど、彼らはボクを外に逃がそうとしたんだ。」
「でも、出来なかった…だね。」
「うん。結界は二重に張ってあってね。魔力に反応するものと、ボクに対するもの。キミは違う世界の人だから恐らく入れたと思うんだけど、彼らは対魔法使い用結界を破ることで精一杯で…。
何度も何度も試みてくれたんだけど、その度にうちのメイドたちに返り討ちにされてた。
ボクは自分のせいで2人が傷つくのが嫌だったから、諦めるように言ったんだ。」
「…悔しかっただろうね…。」
「会いに来てくれるだけでボクは救われてたんだけどね…。」
「お兄さんがいるんだ?」
「うん、なっさけない兄貴なんだけどね。」
「仲良いの?」
「悪くはないと思う。」
「いいね、兄妹って。」
「んー…そうかなぁ…?ああ、でも両親が家にいないときは、兄貴が居てくれて良かったなぁ、と思うよ。
小さい頃、怖い話をテレビで見て…。」
「テレビって?」
「あ、そっか知らないんだ。」
私は電波のことや科学で習った曖昧な光の原理などをふにゃふにゃと説明した。
私の説明で分かったのかは謎だけど、ギーツはへぇ、と珍しそうに頷いた。
「そこでね、怖い話をやっていて。怖い話自体は作り物だし、全然平気だったんだけど、その日は両親が家に居なくて。夜が急に怖くなっちゃって。心細くなって。そんときに兄貴がわざわざ歯磨きとかトイレとかついて来てくれて、私が寝るまで下らないアニメとかサッカーとかの話をしてくれてさ。あのときとかは、兄ちゃんいて良かったー、とか思ったなぁ。」
「いいお兄さんなんだね。優しくて。」
「優しいのは、そうかな。
兄貴は、優し過ぎて損する感じの人だよ。」
「ボクの友達と同じだ。」
ギーツが笑ってそういうので、私も笑って、
「ギーツもね。」
と言葉を返した。
そんな感じでその後もだらだらと話し、いつの間にか眠っていた。
眠っている間も、ギーツとシルバの温もりをずっと感じていた。
こいつら同じようなことばっか言ってますね…。
お互いに気遣ってるんでしょうかね、やっぱり。