71 国境
夜が明けた。
私は日の出と共に目を覚まして、むくりと起き上がった。
ベッドにギーツの姿はなく、私は慌てて部屋を見渡す。
朝の眩しい光がカーテンの隙間から突き刺すように線を落とす部屋の中、ギーツはどこにもいない。
私は不安になって、勢いよく立ち上がる。
そういえば、シルバの姿も見当たらない。
恐ろしくなって、必死に頭の中で考えをめぐらせた。
もしかしたら、ギーツの家の人にこの場所が見つかってしまったのかもしれない。
それで連れ去られてしまったんだとしたら?
私が寝ている間に、満月の所為で抵抗も出来ずに襲われていたのだとしたら?
私は何をのん気に眠っていたのだろう。
急いで探さなければ。
そう思い、部屋の扉に飛びつくように向かったとき。
私が開ける前に内開きの扉がひとりでに開いて、顔面を打った。
「えっ…!?ごめん…!ええと…、大丈夫?」
顔を押さえて蹲る私の頭上から声が降って来た。
私はその声の主を振り仰ぐようにして見上げる。
「ギーツ!」
「いだっ」
勢いよく立ち上がってギーツに抱きつく。
その際に私の頭がギーツの顎にかち合ったけれど、それよりもギーツが無事だったことにただ安心することに精いっぱいだった。
「良かったぁ…、もしかしたら、って思っちゃった…。」
ギーツの、人よりも少し体温の低い体を抱きしめて、その存在を確認する。
熱も下がっているようだし、もう大丈夫なのだろうか。
「…あ、ごめん。水を飲みに下に行ってたんだけど…。心配させたみたいだね。」
ギーツは顎をさすりながら申し訳なさそうに笑うと、私の頭を撫でた。
「あ。」
するりと私の足にすり寄ってくるシルバ。
どうやらギーツと一緒にいたらしい。
ギーツは私を撫でながら後ろ手で扉を閉めて、ベッドに歩いていく。
私がギーツの胴に回した手を離そうとしないので、非常に歩きにくそうだった。
その日は、ギーツの体のことを考えて午後から出ることにした。
空からの路は使わずに、私がギーツを背負って人目のつかない道を走って移動した。
都会、というイメージのログダリアの街並みがぽつりと途切れた。
そろそろログダリアを完全に抜けられそうだ。
そう思いながら数分進むと、ふと道を阻むように兵隊のような格好をした者達が並んでいた。
私は慌てて立ち止まり、近くの廃れた小屋のようなものの影に隠れた。
「あの奥からが、おそらくラッシュバルド…。問題はあそこをどう越えるか。」
ギーツは私の背から降りて、一緒に覗き込みながらそう言った。
「ラッシュバルドは軍事国家だから、いろいろと警備が厳しい…って聴いたことがある。」
私はギーツを横目で見て驚いた。
警備兵を盗み見るギーツは、何かを企むように笑っていた。
そして私に目を向けて小さく微笑むと、
「強行突破で、侵入するのがもしかしたら一番かもね。」
そう言って、手にしていたマントを頭からすっぽりとかぶり、立ち上がる。
私はそんなギーツの服の裾を全力で引く。
不意打ちのように後ろへ引かれたギーツはそのまま後ろへ倒れ込む。
しりもちをついて、痛みに眉をひそめるギーツに私は笑顔を向けた。
「そういうことなら、私にまかせて。」
喧嘩っ早い私の方が向いている。
顔を隠したギーツとは対照的に、私は帽子を脱いだ。
「ギーツはそこで待ってて。」
私はそう言うと、身を低く沈ませて狙いを定める。
隣に来たシルバの背中に手を置いて、すうっと息を吸った。
吸った空気を肺に溜めて、吐き出すと同時にシルバの背を軽く叩く。
「GO!」