66 パーティ
「じゃあボクとシルバは空で待ってるね。何かあったら呼んで。すぐ行く。」
そう言ってギーツは空に飛んだ。
私たちはギーツとシルバにドラド家の近くまで送ってもらった。
ロッティで来ると、ヴァシュカが「何者か」とセノルーンを出るところを見られてしまうからだ。
私はでっかい屋敷を見上げながら、深呼吸をする。
ここからは堂々としていないといけない。
しっかりしなければ。
すっと、ヴァシュカに手を差し出される。
「手を。」
ヴァシュカは品のある笑みを浮かべて、私の手を引く。
さすが貴族、こういうときの女の人の扱いはさすがだ。
ヴァシュカの手から伝わる温度で、安心して緊張がいくらかほぐれた。
よし。
人が多いところまで出て、周囲がざわつく。
みんなが私を見て言葉を失い、動きを止めていた。
門に歩み寄ると、門番がふと我に返ったように私たちに近付いて来た。
「ええと、招待状を拝見させていただけますでしょうか?」
門番の問いに、ヴァシュカは無言で襟元に止めたバッジを見せた。
「はい、間違えなく。どうぞ。」
門番がお辞儀をしてその場を譲る。
私はヴァシュカに引かれて屋敷に入った。
パーティが行われるホールへ入ると、たくさんの貴族の人たちが一斉に私たちを見た。
ざわざわとした波紋は大きく広がって行く。
しかし、さすが貴族というべきか、一気に群がってくることはなかった。
私はヴァシュカに引かれて一人の男性の下へ向かう。
男性も私たちに気付いて、こちらに歩み寄って来た。
「よくぞいらしゃいました!待っていましたよ!」
肩まで伸ばした銀色の髪を後ろで束ねたその人は、笑顔でそう言った。
「お招きありがとう。」
私は短く答えて軽く会釈をする。
「想像していた以上に美しいお方だ。私はレイズ・ドラドと申します。」
私は彼の自己紹介に軽く笑顔を返す。
なるほど、さっきの手紙はこの人からか。
なるべく喋るなとギーツとヴァシュカに注意されているので、基本的に言葉を返すことはしないことにしているので、返事はあまりしないようにする。
私自身もその方がありがたいし。
「こちらの方は人の多い場所があまり得意でないのだ。ドラド氏よ。」
ヴァシュカが私よりも一歩下がった位置から、レイズに言った。
「ええ、ええ。承知しております。どうぞこちらへ。上に席を用意しましたので、そちらでパーティを楽しまれると良いですよ。」
レイズはそう言って、にっこり笑うと踵を返して歩きだした。
私たちもそれについていく。
階段をヴァシュカに手を引かれながらゆっくりと登る。
ドレスはやっぱり歩きにくい。
上の階まで行くと、待っていたレイズが笑顔で「貴賓席」と書かれた部屋の扉を開けた。
中にはふかふかとした立派な椅子が何脚か置かれていて、ホールを見下ろせるようになっていた。
オーケストラの演奏がとてもよく見える、特等席と言って間違いなさそうな場所だった。
「こちらには特別な方しか入室を許可しておりませんから、どうぞごゆっくりとパーティをお楽しみ下さいませ。
お食事やお飲物はそこに立っている使用人に申し上げて下さいませ。すぐに厨房に用意させますから。
それでは、わたくしは他のお客様の歓迎がありますので、非常に残念なのですが、失礼させていただきます。」
にこにこと微笑んで一礼すると、レイズはすたすたと出て行ってしまった。
「良い人…だね。」
「…まぁ、悪い奴ではないかもしれないが…。」
ヴァシュカは複雑そうな顔をする。
仲、悪いのかな…やっぱり。
私は、ドアの傍に立っていたメイドさんが深くお辞儀をするのに軽く笑顔を返して、手すりに体重を駆けながらホールを覗き込んでいた女の人に目を向けた。
この人が、レイズの言ってた「特別な方」の一人なんだろうけど。
ここにはメイドさんを抜くと、私たちとこの人しかいない。
それはつまり、それほどの人だという訳で。
そこまでの人は必然的に“あの人”だということなんじゃないだろうか。
私はヴァシュカに目を向ける。
ヴァシュカも同じことを思っていたのか、こくりと静かに頷いた。
「適当に、アルコールの入っていない飲み物を二つ持ってきてくれ。」
と、メイドさんに頼んで、ヴァシュカは一番後ろの席に腰を下ろした。
それを見て、私は緊張しながらも独りでその女の人に近付いていく。
淡いピンク色のドレスを来て、パーティの様子を楽しそうに見詰めている若い女性。
彼女は栗色の髪を背中に緩やかに流し、肩から覗いた白い肌が大人の女性の雰囲気を醸し出していた。
近付いていくと甘い香りがふわりと舞う。
隣に立って、口を開こうとしたところで。
「静かな音楽の中に人々の話し声が編み込まれていく。そういう“音”って、とっても素敵だと思うの。」
女性は「ふふ」と笑うと、私に向き直った。
「はじめまして。可愛いお嬢さん。もしかしてあなたはわたしに会いにここに来てくれたのかな?」
「え…。あの、『生ける歴史』って…、もしかして」
「うん、わたしだよー。」
にこにこと人懐こい笑顔を浮かべてあっさりと認めた。
ちょっと拍子抜けしてしまう。
「今騒がれてる『黒魔女』さんですよね?ふふ、まああなたは『黒魔女』なんかじゃないんでしょうけど。」
「えっ…。」
手にしていたグラスを口に近づけ、うふふと笑う彼女に、私は驚くしかなかった。
確かに手がかりがあると思って会いに来たけれど…。
この人の口ぶりだと、私が異世界から来た人で、私が情報を求めて自分に会いにくるってことが既に分かってたみたいだ。
こんなにとんとんと進んでしまうと逆に戸惑ってしまう。
「残念だけど、日本への帰り方はわたしには分からないわよ。」
「…っ!」
少しの希望もなく。
あっさりと言い切られてしまった。
聴きたいことを聴く前に答えが出てしまって、失望と戸惑いがただただ沸き起こった。
「ああ、名乗るのを忘れてたわ。わたしはスィーア。あなたは?」
戸惑って声も出せずにいる私に向かって、彼女はただただマイペースに自分の名前を名乗った。