64 捜索
私たちはとりあえずヴァシュカの小屋の屋根で息をひそめていた。
窓も空いているので、会話は聞こえてくる。
「あれ、どっか出かけるところだった?」
「ああ、ちょっと屋敷にな。」
「ごめん。」
「構わない。急いでるわけでもないからな。」
「そっか。」
ジャックとヴァシュカの話声と足音が聞こえる。
私たちは屋根の上で座りながらその話を聴いていた。
ギーツとシルバにはさまれて少しぼけーとしながら。
「あれ、誰か来てた?」
というジャックの言葉にギクっとする。
「ティーカップが3つ…。」
「今帰ったとこだ。すれ違わなかったか?」
「んー、見なかったなぁ。」
「そうか。」
ヴァシュカは流石の対応だな。
ありがたい。
「ちなみに今日は何の用だ?」
「ああ、そうだった。なんかね、ログダリアにナユらしき女の子が現れたらしいんだ。」
「本当か?」
「うん。戦闘部隊の方にもログダリアから緊急警戒連絡が入ってる。」
ジャックの声は嬉しさと不機嫌さが入り混じった複雑な音だった。
「ナユは人を襲うような人じゃない。きっと正当防衛だった。それをこいつらは…!何が警戒だ!」
「落ち着け、ジャック。」
「分かってる。…とにかく、これでナユの手がかりがつかめた!」
「ああ。…しかし、こちらに情報が来るほど派手に動いたのならば、もうログダリアにはいないのでは?」
ヴァシュカは上手い具合に私たちの居場所を誤魔化そうとしてくれているようだ。
しかし、ジャックは私を探してくれてるんだな…。
ちょっと泣きそうになる。
あんな別れ方をしたのに、いまだに私の為に怒ってくれる。
ジャックは本当に優しい人だ。
そんな人に嘘をついて隠れて逃げて、本当に、ごめん。
ごめんね、ジャック。
「いやぁ、まあそうかも知れないけど、でも無事なことだけは確認できたし。…怪我してるみたいだけど。」
「そうなのか?」
ヴァシュカの声には少し怒気が混じっていた。
何が「大丈夫」だ…みたいな感じに思ってるんだろうな。
「実はこの話聴いたときナユのこと疫病神みたいに言われてキレちゃってさぁ。止めようとしてくれたイラさんを殴っちゃったんだよねー。」
「はぁ!?」
私もヴァシュカと共に叫びたい気分だった。
殴った!?
イラって…、あの支部長を!?
フォンに会うために紹介状を書いてもらった(無理やり書かせたと言われれば否定できないやり方だったけど)イラ支部長を、ジャックが殴った?
(ふっ)
(ナユ。)
笑いだすのをギーツがたしなめる。
だって、あのおっさんが殴られる姿を想像したら…うわ、可哀想…くくくくっ。
声を殺して肩を揺らして笑う私をギーツは苦笑いで見てた。
「お前殴った、って…。」
「うん。それで冷静になってね。イラさんは良い人だし、ナユのことも知ってるから許してくれたけど…。「あいつだったら暴れるのもあり得るんじゃないか?」とか言ってきたからとりあえず睨んでおいた。あの人はまだ誰にもナユのことは話してないみたいだけど。」
「あの人は良い人だからな。俺やお前のことも考えてくれているんだろう。」
へえ、あの人って本当に良い人なんだな。
聴いてはいたけど。
この間はごめんね。くはっ…(笑)
「で、僕はこれからログダリアに向かう。」
「あいつを探しに行くのか?」
「うん。せっかく手がかりが見つかったんだし。その間さ、ソラリスを頼めないかな?」
ジャックはわざわざ私を探しにログダリアへ行くのか…。
ちょっと動きづらくなるな。
ソラリスはどう思っているんだろうか。
「俺に、か?」
「いつもならドーラさんに預けるんだけど…、その…、」
その先は言わずとも分かった。
胸の奥がずきりと痛む。
ドーラさんの笑顔が思い浮かんで、目を閉じて頭を振った。
今はこれ以上の犠牲が出ないようにすることだけ考えなくては。
ヴァシュカは躊躇するような間を開けてから、
「別に構わないが…今夜は少し用事があるんだ。発つなら明日にしないか?」
「…分かった。そうするよ。ありがとう。」
ジャックはそう言って、小屋を出た。
それから数度ヴァシュカにお礼を言って、森の奥へと去って行った。
私たちは屋根からジャックが去って行くのを見送ると、また窓から部屋に這入る。
「…だ、そうだ。」
「今夜のパーティが終わったら次の滞在場所を考えなきゃなー。」
「そのようだな。」
ヴァシュカはふう、と息をついて、
「それじゃあ行ってくる。誰かが来たら気をつけろよ。」
と警告してから外に出て行った。
窓から覗くと、ロッティに跨って走り出すヴァシュカが見えたので「いってらっしゃーい」と送り出した。
ジャックがストーカーちっくになりました。どうするナユちゃん!