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60 知らせ


 爽やかな朝。

ベットの上で目が覚めるのは、なんだかずいぶん久しぶりな気がした。

ずいぶんゆっくり寝ていたようで、もうベットには私しかいなかった。

シルバは誰が来てもいいようにベットの下で丸まっていて、ギーツは部屋の中にはいなかった。


 カーテンの隙間から漏れる陽光に目を細めながら起き上がる。

ちいさく欠伸をしてから、帽子を被る。

ギーツがいない間はいつ誰が来てもいいように帽子を被ることにしていた。


 と、そこでギーツが朝ごはんの乗ったトレイを持って戻ってきた。

「あ、おはようナユ。」

ギーツは私よりもずっと眠そうな目であいさつしてきた。

うーん、通常運行。


 私はギーツに挨拶を返してトレイを受け取る。

二人でそれぞれシルバに分けながら、もぐもぐと朝ごはんを食べる。

「そういえばナユ、さっき興味深いことを聴いたんだけど。」

「うん?」

興味深いこと?

ギーツは頷いてズボンのポケットからチラシらしきものを取り出す。

そしてそれをミニテーブルの上に広げた。

新聞…?のようだけど少し色が多い。

字が読めないのでなんとも言えないけど。

「ああ、そうか。ごめん。」


 ギーツは指で文字をなぞりながら声に出してそれを読んでくれた。

「〚今夜のドラド家主催の舞踏会にはなんとあの『生ける歴史』が参加するとの噂がある。『生ける歴史』の記憶を目当てに忍び込む輩が多くなると予想して、厳重な警備が用意されるであろう。〛…、」

「『生ける歴史』…?」

「他には『歩く図書館』とか『生きる魔導書』とか呼ばれてるね。」

「?」


 ギーツの話しによると。

私のような『黒魔女』や、ギーツのような『龍鬼』と同じく希少な存在なのだけれど、『生ける歴史』には圧倒的な知名度の差があるらしい。

『黒魔女』や『龍鬼』は知らない人も多いうえに、都市伝説のようなものなのだが、『生ける歴史』は確実に存在し、本人自体はただの人間であるそうだ。


 『生ける歴史』は、頭のなかにジェルズドリアの沢山の歴史を所持している人物らしい。

セノルーン、ログダリア、ラッシュバルド、フレイムルアー、そしてライトフェザー。その5国が建国した頃からの歴史も全て知っているという噂すらあるらしい。

そして更に、世界中のすべての本の内容も記録しているらしく、今では使われなくなった古い魔法や、禁忌として封印された魔法が記されている古い魔導書の内容すらも知っているそうだ。


 そのために、禁魔法を知りたがる人などによく狙われやすく、人の前に滅多に姿を現さないそうだ。

ずいぶん苦労していそうだな。


 そんな人が今夜、どっかのお金持ちが開くパーティに参加するという噂で、今盛り上がっているらしい。

確かに、そんなすごい人なら騒がれるのもわかるか。


 「キミが街に現れたという記事と一緒に一面を飾っているね。」

「え。」

私の記事もあるのか。

文字が読めないと不便なんだなー。

「何て?」

「〚光の速さで駆けていく黒の乙女の姿。市民を恐怖に震わせた『黒魔女』に我々は傷を負わせることに成功した模様。彼女は未だ行方知れずだが、いつまた姿を現すか分からないので警戒が必要である。〛だって。」

「人を襲うつもりなんてねえっつの。私の方が重傷だ馬鹿野郎。」

私は不機嫌に言った。

こんな書かれ方イラつくでしょうよ。


 ギーツは特に慰めてくれるわけでもなく、じっと私の方を見てきた。

何だ。

「でも、傷治ってきてるよね。」

「へ?」

言われてみれば、そうかもしれない。

ナイフで刺されたところはもう殆ど痛くないし。

「包帯のおかげじゃないの?」

「包帯は治癒を早くするだけ。そんなにすぐに治ったりしない。手も。」

ギーツはそう言うと私の手を取って、指示した。

私の手のひらは皮が歪んではいるものの、どろりとしていた頃とは違って、ボンドで固めたみたいな表面になって、ちゃんと皮膚になっていた。

お母さんに見せたらすっごい動揺されそうだ。


 「キミは魔法が使えないんだよね?」

ギーツには昨日の時点で私の状況を大体説明しておいた。

この世界に来てしまったことから、黒魔女として逃げることになった経緯まで。

元の世界に帰ることには迷いなく「協力する」と宣言された。

だからギーツは私が『黒魔女』なんかじゃないことも、魔法が全く使えないことももう知っている。

「うん、使えない。」

「でも魔力は多少動かせるんだよね…。でもそれくらいじゃなぁ。外傷の治癒は自身の魔力だけで回復するものじゃないし…。内傷だったら自分でも魔力だけで治せたりすることもあるらしいんだけどさ。」

ギーツは「ボクはあんまり魔法に詳しくないからねぇ」と眠たそうに言った。


 そういえば前にヴァシュカの家で毒にやられたときも…って、あ。

そうか…。

「もしかしたら、」

私はポケットにしまっていた日記帳を取り出した。

ジル…なのかな。


 そう考えると、不謹慎にも嬉しくなった。

ありがとう、ジル。


 ギーツは私の手の中にある日記帳をちらりと眺めて、少し興味を示したけれど何も訊いてこなかった。

ギーツのこの距離感がたまらなく好きだ。

付かず離れず。


 「でさ、思ったんだけど。『生ける歴史』なら、キミの世界のことも何か知ってるんじゃない?」

ギーツは思い出したように顔を上げた。

「確かに…!」

フォンとかから聴いた話だとこの世界に私のような異世界人が来たのは初めてじゃないし、そんなに昔のことを知っている人なら何か分かるかも知れない。

訊いてみる価値は十分にありそうだ。


 ギーツはカラフルなチラシを折りたたみながら、ちょっと微妙な顔になる。

「問題は、これが各国から沢山の人が集うパーティだということだよ。」


 それは…、問題だよね。 



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