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57 脱出


 「龍鬼って知ってる?」

ギーツの質問に、私は首を横に振った。

「ボクが、龍鬼。生まれながらにして不死の龍。」


 ギーツの話しによると。

龍鬼というのは人間の形をした龍だと言い伝えられていたらしい。

それは黒髪の人間と同じくらいに珍しい、伝説の生き物らしく、昔話やおとぎ話にしか出てこない空想の生き物だとされていたのだそうだ。

だからこそギーツの存在は貴重だった。


 ギーツが龍鬼だと分かったのは、子供のころに崖から転落して木の枝が喉を突き破って即死だったにも関わらず、数時間後にはけろっとしたように起き上がったということがあったからだそうだ。

不死のこどもということでギーツは有名になって、やがてその話を耳にいれた貴族が、ギーツを買いに来たそうだ。

買いに。

人身売買。

両親はたくさんのお金と引き換えに、あっさりと息子を手放したらしい。

腐った大人だ。

そしてギーツはこの屋敷に軟禁され始めたそうだ。


 ギーツを養子として引き取った貴族は、まずギーツを三回程殺したらしい。

撲殺、焼殺、刺殺。

そうしてギーツが不死者だということを再度確認すると、大切にして大切にして「保管」していたそうだ。

誰も持っていないものを持っているという優越感に浸って。


 「ボクこう見えてもう二十歳だからね。」

「ありえないこともないけど…」

「そう?」

ギーツは笑って言った。

笑って。

「ギーツ、頭本当に大丈夫?」

「それはボクが精神異常者にみえてるという意味じゃないよね?」

「まさか。」

「どっちにしても大丈夫。傷ならもう治ってる。」

治ってる。

致命傷だったはずの傷が。

もう治ってる。


 ギーツは言葉を返さない私に何か勘違いしたのか、苦笑いして。

「気持ち悪い?」

などと。

そんなことを。

訊いてきた。

「気持ち悪いって…。」

「大丈夫。今までもみんなに気持ち悪いって言われてたから。自分でも思うし。気持ちわ」

「そんなわけないだろ!」

私は笑いながら自分を否定し始めたギーツに苛立って、ギーツの言葉を遮って噛みつくように叫んだ。

ギーツは驚いたような顔でぽかん、と口を開けている。


 「ギーツが不死身だったことに対して、気持ち悪いなんて少しも思ってない!嬉しい気持ちとありがとうの気持ちしかないよ、私は。」

「へ…。」

呆けるギーツ。

私はそんなギーツを見て、なんだか馬鹿らしくなった。

声のトーンを戻す。

「ギーツが気持ち悪いっていうなら、平気で人を殺せるあの人たちのほうがずっと気持ち悪いよ。」

ギーツのどこが気持ち悪いんだ。

得体の知れない私と友達になってくれて。

逃げ出したら痛めつけられるような環境から抜け出してまで私を助けようと来てくれて。

いくら死なないからって身を張って私を守ってくれて。

そんな人が、人間以上に人間としてふさわしい人が。

気持ち悪いわけがないだろう。

ふざけるな。


 「生きててくれて、ありがとう。ギーツ。」

私の言葉でギーツは曖昧に、だけど嬉しそうに、笑った。


 私たちは屋敷の裏側に降り立った。

まだ誰かが追ってくる気配はない。

今しかないんだ。

「ギーツ、分かってるかもしれないけど私は魔法が使えない。だから時間がかかる。待っててね。」

私は地面に足がついている感覚を少し馴染ませて、手を前に突き出す。

「ナユ、本当に…。大丈夫だよ。キミだけでも逃げてくれれば。あの場所から抜ければ出れるだろうから…。」

「ギーツも一緒。」

私は有無を言わせぬように、きっぱりと言い切った。


 前に数歩歩いたところで、てのひらが壁に触れる感覚があった。

水、水っと…。

私はジルに教えてもらったことを思いだしながら、手に力を込めた。

すると、私が手を置いている位置から半径二メートルくらいの範囲の何もなかった虚空から銀色の魔方陣がいくつかでてくる。

「ギーツ、と狼くん。ちょっとだけ離れてて。」

そう言って、ギーツと狼を私の後ろから離す。


 私は重なる魔法陣と魔法陣の間に空いた空間に指を滑り込ませた。

バチリと、電流が走ったような衝撃と痛みが襲う。

しかしそれに怯んでいる暇はない。

ぐい、と無理矢理こじ開けようとする。

強力な魔法のようで、ほとんど動かない。

バチバチと火花を散らして、魔法陣は私にこじ開けられないようにと必死に抵抗する。

私はわずかに開いた隙間にもう片方の手の指も割り込ませて、左右に破るようにして広げる。

魔法陣の一つが歪んで破裂した。

これで、猫一匹が通れるくらいの間があいた。

魔法陣は開いた穴を戻すように寄せ合い始める。

私はさせるかとばかりに周りの魔方陣を引きはがす。

一つ、二つ。三つ四つ五つ。

その度に手が焼け、切れていく。

段々手の感覚が無くなってきて、指が曲がらなくなってきた。

力も入らない。

大型犬がくぐれるかくぐれないかの微妙な大きさの穴しか開いていない。

これじゃあまだ出られない。


 私は半歩下がって、穴の周辺を塞ぐ魔方陣を蹴った。

壁を蹴っているような感覚で、ものすごく痛い。

「な、ナユ…。」

ギーツが心配そうな声を上げる。

大丈夫。

絶対ギーツを連れ出してみせるから。


 一度言ってみたかった言葉。

人生で一度も使わないだろうと思ってた言葉。

「私を信じて、私に任せろ!!!」


 クサいから、こんな時にしか言えない言葉。

私を信じて。

私に任せて。

絶対、大丈夫だから。


 絶え間なく、魔法陣に足を叩き付ける。

歪んだ魔方陣がいくつも破裂していく。

あと少し…。


 「いたぞぉおおお!」

「っ!」

くそ、来てしまった。

警備兵がぞろぞろと現れる。

あと少し、あと少しなのに。

「発射用意!」

一人の警備兵が声を上げたのと同時に、数人の兵隊たちが筒状の、おそらく銃器の類だと思われるものを肩に担ぎあげて私に向ける。

どうすればいい…。

ここから離れたら、折角開けた穴がふさがってしまう。


 歯を食いしばって、どうしたらいいのか葛藤していたら。

大きな呻り声が響いた。

銀色の狼が、男たちと私の間に立ちふさがる。

その背中が、こっちは任せろと言っているようで、頼もしかった。

ならば、任せてみよう。

「ギーツを、よろしくね!」

私は銀色の背中に声をかけて、息を大きく吸う。

精一杯力を込めて、もう一度魔方陣を蹴る。


 歪んで、割れて、次々と魔法陣が破壊されていく。

一点の綻びから、徐々にその穴を大きくしていく。

「はぁああっ!」

声を上げて、勢いよく足を振りかぶる。

内出血が激しくて、黒くなり始めた足を。

そしてそのまま思い切り振った。

足は風を切って、低い音を上げる。

魔法陣を三枚突き破って、一気に大きな空間が空いた。


 「ギーツ!行って!」

私の言葉に、ギーツは頷いて魔法陣と魔法陣の間に飛び込んだ。

よし。

私もそれに続く。

そして最後に、

「おいで!!!」

私たちを守ってくれた狼を手招きする。

ふさがりかけた穴に飛び込んできた銀色の狼を見届けて、私はギーツを抱えて走り出した。

後ろから追いかけてくる銃弾から逃れながら、森の中へと駆け込む。

後ろを振り返ると、私が破った結界が自己修復しようと穴を塞ごうとしていた。

これで、向こうもこっちに攻撃しづらくなっただろう。

よし、このまま逃げよう。


 私はギーツの手を引いて、横を走る銀の狼を見ながら走り続ける。




    ―――十三日目終了―――

長かった十三日目が終了します。

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