56 仕打ち
「ギーツ…?」
ギーツは笑って、私をぎゅっと抱きしめると、そのまま流れるように立ち上がった。
というか飛んだ。
ふわっと。
「本当に。いくらなんでも頭を撃ちぬかれるなんてね。意識が飛んだじゃないか。」
ギーツは後頭部を撫でて言う。
「ちょ、え、大丈夫なの…?」
驚くとかそういう次元じゃないぞ。
どういうことだ。
ギーツは高く舞い上がる。
「あの狼は、キミを助けてくれたのかな?」
「え、ああ…、うん。」
「ふむ。…じゃあ、」
ギーツは一旦空中で停止して、
「キミもおいで!」
狼に向かってそう呼びかけた。
狼は少し迷ったように首を振ってから、風の渦を消して走って追いかけてきた。
空中まで。
なんでこの狼もしれっと飛んでるんだ。
「銀の狼は絶滅したと言われていた魔獣だよ。」
ギーツはそう言って、さらに高く舞い上がる。
風が頬をこすっていく。
「だから、あの狼は魔法が使えるはずさ。ナユ、ボクはあまり力がないから動いたら落ちちゃうからね。」
「あ、うん…。」
なんで飛んでるのか聴くタイミングを逃した。
私は混乱しつつも、ギーツが生きていたことにすっごくすっごく感謝していた。
ギーツは変わらずにとろんとした眠そうな目をしている。
と、あれ。
よく見ると、ギーツの首には変化が表れていた。
皮の向けたような。
びらびらとした何かが首を覆っている。
不思議に思って、触れてみる。
「うわっ!」
ギーツが驚いたように声を上げて身をくねらせた。
「くすぐったいな。」
「あ、ごめんっ、」
謝って、すぐに手を離した。
それはざらざらと、つるつるとしていた。
触って分かった。
鱗だ。
魚とかの。
鱗がびっしりとギーツの首に広がっている。
よく見ると、銀色の鱗が首元以外にも手や頬などに広がっている。
「ボクは、不死者なんだ。」
ぐるりと空中を旋回して、地上のメイドさんが発砲してくる弾をすいすい避けながらギーツはそう言った。
「不死は貴重で、吉兆だから。自分で言うのも変だけど、ボクには価値があるんだ。だから、ボクを狙う者から守るためにボクはこの屋敷に閉じ込められてる。ボクが逃げないように、っていう意味も強いんだろうけど。」
ギーツはそう言って笑う。
そういうことか。
メイドや警備兵のギーツに対する遠慮のなさは、ギーツが絶対に死なないということがわかっていたから。
しかし。
だからといって。
攻撃する理由にはならない。
これまで、ギーツは不死者だからと閉じ込められて、崇められて、讃えられて、守られて、縛られて、傷つけられて、殺されてきたのだろう。
死なないからと、いい気になって。
嬲られたかもしれないし、虐げられたかもしれない。
逃げ出せば殴られて。
逃げ出せば縛られて。
逃げ出せば殺されて。
ご飯を抜かれたりしたかもしれない。
死なないのだから。
ストレス解消の為に叩かれることもあったかもしれない。
死なないのだから。
何をしても大丈夫だと、そういう扱いをされたのだろう。
メイドですらあの対応なのだから、きっと。
守られてる?大切にされてる?
どこがだ。
苦しいことばかりだ。
幸せなんかあるわけがない。
屋敷が嫌い?当たり前だ。
嫌いどころじゃなかっただろう。
怖かっただろうし、辛かっただろうし、苦しかっただろうし、悲しかっただろうし、痛かっただろうし、憎かっただろうし、怒りたかっただろうし、逃げたかっただろうし、死にたかっただろうし。
「ギーツ、ごめんね。」
「?」
気付いてあげられなくて。
助けてあげられなくて。
むしろ痛い思いをさせてしまった。
助けられてしまった。
今度は私が恩返しをしないと。
この狼が私を助けてくれたように。
私もギーツを助けたい。
「ギーツ。」
「何?」
「逃げよう。」
私は言った。
風や銃撃音に消されないように。
強く。
「一緒にここから逃げよう。」
強く。
絶対に死なない人を相手にすると、人は平気でひどいことをしそうですよね。