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52 治癒


 よろよろと小走りで森の奥に進んでいくと、あの場所に出た。

いきなり森が拓けて、空がぽっかりと顔を出す。

月光が注ぎ込むそこは明るく、昼間とはまた違った神秘的な美しさがあった。


 親しみのある場所に来たことによりどこか安心してしまい、その途端に足から力が抜ける。

キュレラの木の下に、倒れ伏した。

ごろりと転がって、あおむけになる。

「はぁ…、はっぁっ、はあっ…、」

私は欠けた月を見上げながら、ゆっくりと息をつく。

出血しすぎた所為か、くらくらと思考がおぼつかない。

呼吸も早いままだけれど、こうして寝転がると大分楽になった。


 空には半分欠けた月が煌々と照っていて、月明かりを反射するようにカウンターが様々な色で輝いている。

星が煌めく美しい夜空なのに、そのカウンターの所為で不快なものにしか感じられなくなる。

「はあっ、次は…、どこに、行こうか…。」

私は空を見ないように、目を瞑った。

この間みた地図では、ログダリアから一番遠い国はフレイムルアーだった。

セノルーンのときとは状況が違うので、逃げるのならば少しでも遠い方がいいのかもしれない。


 そんなことを考えながら、私は迂闊にも眠ってしまった。

まどろむような浅い眠りの中を泳いでいると、誰かが私の傍に立つ気配がする。

その誰かが私を覗き込んできているのを肌で感じて、勢いよく飛び起きた。


 転がってその場から離れて、転がりながら手で体を持ち上げて起き上がる。

私のいた場所を見下ろす形で、男が固まっている。

私は片膝をたてていつでも飛びかかれる体制になり、手にしていたナイフを握りしめて相手の出方をみる。

男は、ゆっくりとした動作でこちらに振り向いた。

「ぎ…いつ?」

私は口をぽかりと開けて間抜けな声を上げた。


 そこにいたのはギーツだった。

珍しく、眠そうな目じゃない。

「どうして…ここに…、」

夜は外に出ないんじゃ…。

「屋敷の連中が『黒魔女』が現れた、と討ちに行く者を集っていたから。ひょっとして、って思って。探してたんだけど。」

ギーツは戸惑ったように少し悩んでから、

「あいつらが言ってた『黒魔女』ってキミだよね?」

尋ねてきた。


 確認するような問いは、ギーツにしては珍しいものだった。

私は少し苦笑して、緊張の糸を緩ませる。

「そうだよ。」

短く答えて、はっとする。

私の今の姿は。

自分の姿を確認してみる。

血みどろで、しかもナイフを手にしている。

息も上がっていて、足も肘も泥だらけ。

辺りを警戒していたので、目つきも鋭かったことだろう。

ギーツには、今の私の姿がどう映っているのだろうか。

傍から見れば、私は殺人鬼にしか見えないのでは。


 私は恐る恐る、ギーツに目を戻す。

ギーツは足元で何かをごそごそといじっていた。

私は警戒して後ずさる。

まさか、ギーツも…。


 「怪我…、してるって、あいつらが、言ってたから…。救急箱。」

ギーツは、足元の箱…おそらく救急箱をがさごそと探りながらそう言った。

え?


 箱の中から包帯や消毒液を取り出して、ギーツは私を手招きしてきた。

殺人鬼みたいな出で立ちの私を、招いた。

私は少し迷ってから、大人しく従うことにした。


 ギーツの指示で木の幹にもたれるようにして座る。

「着替えの服も持って来ればよかったね。」

ギーツはそんなことを言って、笑った。

「ごめん、」

私はその笑顔を直視できなくて、目を逸らす。

「なんでナユが謝るの。言っておくけど、ボクは人のことを見抜くのは得意なんだ。キミが人を殺したりする人じゃないことぐらいわかってる。」

ギーツは当たり前のことみたいに言う。

その言葉が嬉しくて、溢れそうになる涙を、目を瞑ってこらえた。


 「ありがと、」

ギーツの銀色のまつ毛を眺める。

「友達でしょ。」

ギーツは笑ってそう応えた。

友達。

「友達、か。やばい泣きそう。」

「泣かれると困る。」

「そこは「安心して泣いていいよ」でしょ。かっこ悪い。」

「慰めるのは下手なんだ。」

ギーツは困ったように頭を掻く。

私はそんなギーツを見て、からかうように笑った。

すごく久しぶりに笑ったような気がする。


 「とりあえず肩から治療した方がよさそうかな。ボタン外してくれる?」

「え、ああ、うん。」

私は言われたとおりにボタンを外してYシャツを脱いだ。

それからそれを毛布みたいにかける。

ギーツは綿に消毒液をしみこませて傷口の周りを拭っていく。

ズキズキと傷にしみる。

ギーツは慣れた手つきで素早く包帯を巻いていく。

「慣れてるね。」

「ボクの為に傷ついてくれる友達がいたからね。」

ギーツは少し目を伏せて言うと、流れる様な手つきで包帯を固定させた。


 Yシャツを着直して、ギーツが足のベルトを解くのを見る。

「魔獣に噛まれたの?毒もってるやつじゃないみたい。大丈夫。」

ギーツは肩と同じように素早く消毒して包帯を巻いていく。

「〈治癒(ヒーリング)〉の魔法がかかった包帯だから治るのがいくらか早くなると思うよ。ボクが魔法で治そうとしたら時間かかっちゃうから…、ごめんね、包帯だけで。」

「何言ってるの。私は傷を魔法で治そうなんて考えてなかったし。こうしてくれることが一番ありがたいよ。」

魔法で傷が治る世界だったということさえ忘れていた。

ギーツは苦笑して、申し訳なさそうな表情でうなずいた。


 「いつから私の髪に気付いてた?」

足についた数か所の切り傷を消毒してくれてるギーツに、気になっていてことを聴いた。

「最初から。」

ギーツは何でもないことのようにそう応えて、白いテープみたいなのを淡々と貼っていく。

最初から、って…。

「ボクがキミに名前を訊いた時から気付いてた。」

はさみでぱちぱちとテープを切って最後の切り傷にテープを貼るギーツ。

そうだったんだ…。

じゃあ上向くなとかこっち向くなとか言ってたのはあまり意味ないことだったんだな。

「私の髪に気付いてて声かけたんだ。」

「退屈だったからね。あのとき声かけて良かった。」

そう言ってギーツが笑ったので、私もつられて笑った。


 「他怪我したところない?」と訊かれたので、掌をギーツに向けた。

ギーツはわずかに顔をしかめた。

ギーツが顔をしかめるところなんて初めてみた。

「酷いな。ケロイド状になってる。」

ギーツは私の右手を見ながらそう言った。

「手首も捻挫して腫れてるね。痛かったでしょ。」

「まあ。」


 ギーツは足元の草を抜いて、お鍋の底くらいの広さに土をむき出しにした。

そしてキュレラの木の細い枝を折って、その円形の地に何かをがりがりと書き始めた。

「何してんの。」

「火傷はまず冷やさないと。時間たってるみたいだけど。」

陣のようなものを素早く掻き上げる。

「近くに湧水があったから、地下に水が流れてるはず。ボクは魔法使うの得意じゃないから、うまく引き上げられないと思うけど。」

そう言ってギーツは陣の上に手を置いた。

すると陣が青く光って、陣の中心から水が湧きだした。


 吹き出す水に、私の手を晒す。

「うっ、」

痛い。

水が皮の向けた手にしみていく。

「我慢。」

ギーツに短く言われて、こくりと頷いて耐えた。


 手を数分冷やした後で、手首に包帯を巻いて固定してもらう。

「何も言わずに行っちゃって、怒った?」

今日の昼間に、ギーツが寝ているときに去ってしまったことを思い出して尋ねた。

するとギーツは、消毒液を片付けながら一言。

「起きてた。」

起きてた!?

めっちゃ顔ガン見してたんですけど。

なんで目を開けないんだ…。

「バイバイって言ってたから、何も言わずに行っちゃったわけじゃない。」

ギーツは口にピンを咥えながらそう言う。

なんか恥ずかしい。


 「それに。」

ギーツはピンを口から離して、そのピンで残った包帯をまとめる。

「ボクはあまり怒ったりしないから。」

自分でそう言う人は大抵怒りっぽい人だと思っていたけれど、違うんだな。

ギーツが怒る姿なんて想像できないし。


 終わったよ、と言われて、私は立ち上がる。

折れかけていた心が元に戻っていた。

私はハンカチの繋ぎあわせのリボンでもう一度髪を結びなおして、気合を入れる。

ギーツ、あなたのおかげで。

私はまだ、戦えそうだ。


ギーツくん出せた!よかった…。

このままログアウトしたらどうしようかと思ってたよ…。

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