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50 覚悟

残酷表現が多く含まれています。

苦手な方はご注意ください。


 私は歯を食いしばって、手首を精一杯捻って光の輪にねじ込む。

手首がパキパキと嫌な音をたてているけれど気にしていられない。

私は素早く三人の男を観察する。

三人もいたのは、私をつけていたからだろうか。

いつから?分からない。

くそ。


 始めに声をかけてきた青年といえるくらいの男と違い、他の二人はおじさんだった。

ひげの生えた幸の薄そうなおやじと、背が高く、目の鋭い男。

まずのっぽなおっさんがナイフを向けて襲ってくる。

私は身を捻ってそれを紙一重で躱し、身を沈める。

すぐに態勢を立て直そうとする男の顎におもいっきり膝をたたき込んだ。

ぐらりと頭をゆらして倒れ込む男の腹を蹴り上げて、のっぽの後ろから走ってくるひげおやじの元に向かって回し蹴りで蹴っ飛ばす。

ひげおやじは慌ててのっぽを避けた。


 そして私からひげおやじと青年の距離が空いたのを確認して、輪っかにねじ込んでいた手首に力を入れる。

指先から魔力を放出しながら、手首を痛めながらも無理やりに引きはがす。

バチバチと光がはじけて、手はあっという間に傷だらけになった。

魔法が強いらしく、あの銀の狼を助けた時よりもずっと解きにくかった。

それでも、魔法陣が浮かび上がっては亀裂が入って破れていくのを見ると、解けてはいるらしい。

ここからは速さが運命を決めるだろう。

私は手が傷つくのも厭わずに、一気に引きちぎる。

じゅううと音をたてて、私の右手の平が焼け爛れていく。

ひりひりと痛みが広がっていく。

そうしている間にもひげ男と青年が迫ってきている。


 私は半ば吠えるように声を上げて、腕を広げる。

バチンッと大きな音がして、腹に巻きついていた輪がはじけ飛んだ。よし、これで肘から下が自由になった。

私は息を大きく吸って、覚悟を決める。

「ごめん、ごめん、ごめん、」

ぼそぼそと、口の中で繰り返しつぶやいた。

私が今からすることは、決して正しいことではないから。

ごめん。


 私は迫るひげ男をぎりぎりまで引きつけて、ナイフを振りかぶったところで地面に伏せる。

勢いよく私が視界から外れたことからひげ男が大きくからぶる。バカか。

私は両手を地面につけて、腕立て伏せの要領で腕を伸ばしながらひげ男の足を力いっぱい払う。

地面についた所為で、手のひらの焼け爛れた皮膚がべろんと剥がれる。

めちゃくちゃ痛い。


 私は倒れてくる男の下から滑り出て、すぐさま立ち上がる。

間近に迫っていた青年のナイフが肩にずぶりとつき刺さる。

血がはじけるように飛ぶ。

私はナイフを肩にねじ込むように青年との距離を詰める。

予想外の行動に面食らった少年に頭突きを叩き込んだ。

青年の鼻がひしゃげて、曲がる。鼻から血が噴き出た。

私はかかとを振り上げ、そんな少年の首に足を乗せると体重をかけて地面に思い切りたたきつけた。

呼吸が出来なくなり、激しく咽る青年に追い打ちをかけるように数度肺を蹴り込む。


 それから私は刺された左肩を顔に寄せ、刺さったナイフの柄を噛み締める。

そして勢いよく引く。

相当な力で噛んでいるにも関わらず、ナイフは滑ってなかなか抜けない。

どころか(よじ)れて肉をかき回したせいで激痛が走った。


 もう一度深く噛み直して、一気に引き抜く。

じゃりじゃりと、欠けた歯の欠片がいくつも口の中で暴れる。

ずぶずぶと、ナイフが私の肩から引き抜かれる。

せき止められいた血が一気に噴き出て、生暖かい血が頬にかかる。

私はナイフの柄を咥えるのを止めた。

そして腹のあたりまで落ちてきたそれを左手でひっつかむ。

口の中にたまった唾液と血、そして欠けた歯をまとめて吐き出し、皮が剥け、肉が露わになった右手で肩と二の腕の自由を抑える輪っかを引きはがしにかかる。


 起き上がったひげ男の背後に素早く回り込み、振り返る前に左手で男の腹にナイフを突き刺した。

苦痛の悲鳴を漏らす男に罪悪感を感じながらも、私はたたみかける。

左の手首を思い切り回して腹の肉をぐりぐりとねじ切る。

野太い、歯に響く悲鳴をあげる男。

私はナイフを掻きまわして、内臓をひきずり出すようにしてナイフを抜く。

苦痛の絶叫を響かせる男の膝を正面から思い切り蹴り飛ばした。

男はたまらず倒れ、ごろごろとのた打ち回る。


 覚悟。

人を刺す覚悟。

それは、なかなかに重いものだった。

ただ、加減などしたらこっちがやられる。

だから、覚悟を決めたのだ。


 私は爛れた右手の横に左手をねじ込んで、一気に輪っかを崩す。

両手が黒くなるほどに焼けて、足の先まで痛みで痺れた。

しかし止めれば痛みは長く続いてしまう。


 奥歯を血がにじむほど噛み締めて痛みをこらえ、勢いよく輪を引き解いた。

バチンッと音をたてて輪が千切れた。

ふーっ、ふーっ、と荒い息をたてて額の汗を拭う。

遠巻きに見ていた通行人たちは更に離れた場所で悲鳴を交わしていた。


 地獄絵図のようだ。

のっぽは白目を剥いて泡を吹いているし、青年は咽て血を吐き出している。そしてひげ男は腹からはみ出た内臓をひきずりながら呻いてのたうっていた。

辺りは血だらけで、私も血みどろという、地獄絵図が出来あがっていた。

「はっ、はぁ…、お前らを殺さない私に感謝しろ!」

私は震えそうになる足を必死に押さえつけて、同じく震えそうになる声を精一杯張り上げて言った。


 「世界を滅ぼすのはまだ先だ。それまで病院で大人しく待ってるんだな。」

私はそう言うと、離れた場所に落ちていた帽子を広いあげ、足に全体重をかけて全力を込める。

月まで届くぐらいの勢いで地を蹴った。

大きな爆発音が轟、私の立っていた地面が落石現場のように抉れた。

私は高く、高く舞い上がって、手近なビルの屋上に降り立つ。

それから誰にも捉えられないようなスピードで駆けだす。

十分恐怖を与えられただろう。

『黒魔女』としての恐怖。

今はとにかく離れなければ。

このままあそこにいては腰を抜かして私の命がけのはったりが全くの無駄になる。


 私は全速力で森へと駆け戻った。

肩からはどろりとした血液がどくどくと溢れていた。

Yシャツが血で赤く染め上げられていく。


 森の奥まで進んだ辺りで、足を止める。

当たり前だけど、誰も追ってはこなかった。


 息が切れる。

肩が激しく上下して、息をするたびに肩からぴゅうぴゅうと血が噴き出て不安になった。

いきなり足から力が抜けて立っていられなくなり、手近な木にもたれかかるようにして倒れ込んだ。

身体がぶるぶると震え、横隔膜がしめつけられるような感覚に胃が逆流してくる。

食べ物をあまり摂取していないにも関わらずどこからでてくるのかと思うほど大量に吐く。

嘔吐を繰り返して、やっと収まったところで口元を拭う。


 頬に付いた血が渇き、ぱらぱらと砂状になってこぼれる。

噴き出る冷や汗を拭いとって私は泣きそうになるのを必死でこらえた。

「バカか私は…。こんな、とこで…くじけてんじゃ、ないっ、」

震える声でそう言って、がくがく震える足で無理やり立ち上がる。


 ここは魔獣が多くでる森だとギーツが言っていた。

そして今の私は血まみれだ。

この森も決して安全地帯ではなかった。

私は荒い呼吸のまま歩き出す。


「行こう、」


ついに50話です!ここまで読んで下さってありがとうございます!

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