45 束縛
グィパは、米粉の生地の中に、トマトソースを絡めたチキンが入っている食べ物で、これがまた美味しい。
ちょっとお久しぶりの食事なので余計美味しく感じた。
食べ終わるとギーツにもう一度お礼を言って、私はそのままぼんやりと時間を過ごした。
背中からはギーツの本をめくる振動だけが伝わってくる。
「ねえ、ギーツ。訊いて良い?」
前から少し気になっていたこと。
「質問することは構わないけど、答えるかどうかは別ね。」
ギーツは欠伸混じりにそう言った。
質問しても良いってことだよね…?
「ギーツは一人が好きなの?それとも、人が嫌いなの?」
「前にも言ったと思うけど、ボクは家が嫌いなの。」
「何でか、訊いて良いかな。」
私の質問に、ギーツは少し間を開けてから、
「あの家にいるのは、ただの苦痛でしかない。」
声のトーンを変えないまま、短く答えた。
私が黙っていると、ギーツはやがて静かに言った。
「ボクはあの家に縛られているから、遠くへはいけない。ボクはあの家に軟禁されてるようなもんだからね。ここも、あの家の庭みたいなものだから。」
「え、そうなの?」
ここが庭って…。ギーツの家もやっぱりお金持ちなんだ。
「だからせめて、屋敷からは出るのさ。」
涙目をこすって、「もっとも」と続ける。
「ここより南にはいけないんだけどね。ボクが出れないように結界が張ってある。この空間からそっちに出ることはできないんだよ。」
ギーツはくぁ、と欠伸をしてそう言った。
結界で行動を縛られてる。
自由を、縛られてる。
「本来はここに人は入れない筈なんだけどね。キミが来れたのはここが特殊な空間だからかな。」
何かから逃げてる人しか入れないとかいう条件のある特殊な場所だから。
「え、じゃあここは立ち入り禁止区域…ってこと?」
「まあ、そういうこと。でもボクはずっと退屈してたから、偶然でもキミがここに来てくれたことに喜んでるよ。普段から他人に会うこともなかなかないし。」
ギーツはそう言うと、読書に戻った。
相変わらず話の終わりが唐突な人だ。
でも。
今の話しで、ギーツはあまり自由じゃないんだってことがわかった。
詳しいことは聴けないけど、ギーツが辛い思いをしているのは、素直に嫌だ。
私に出来ることなら、ギーツを助けてあげたいのに。
「無力だよな、ほんとに。」
私はうんざりした気持ちでぽつりとつぶやいた。
ギーツは昨日と同じく、日が傾いてきたところで家へと戻って行った。
私はギーツと別れた後、森の中で尖った小さめの石を探して、それで印をつけながら外へと向かう。
寝床に返ってこれるように、目印。
そして森を出ると、今日は西側に向かってみた。
日は大分落ちてきた。
私はこれからティアを探そうと考えている。
もしかしたらまだセノルーンのどこかにいるかもしれないけど、あの人はいろいろな場所を転々としているらしいので、ログダリアで見つかる可能性も決して低くはない。
今の私がすることは、ティアを探すことと、逃げること。
人に見つからないで逃げること。
それは、随分と情けない話しではある。
戦争をなんとかしたいとか大きなことを言っておいて、できることは逃げて隠れることだけだ。
ただ、私がきっかけで争いが大きくなることのないように。
避けて、逃げるだけ。
無力も無力。役立たず以下だ。
ただの疫病神じゃないか。
でも。
そのことに気づけただけでも、大きいのかもしれない。
私がこの世界の異物だということをはっきりと自覚したことは。
多分、一番大きな変化。
一番重要な変化。
西の街は、暗くなってくるとネオンのような魔法がそこかしこに輝いていて、無機質な美しさを奏でていた。
そろそろ完全な夜になるころなので、座標が変わる前にと、家路を急ぐが駆け足ですれ違って行く。
訳ありの身としては、人とすれ違うのはやはり緊張してしまう。
私は結局、少し街を歩いてすぐに背の高いビルの屋上へと登った。
人に紛れるよりは、こうして高いところから全体を見下ろしている方が気が楽だ。
東京に似た街並みを過ぎゆく人々の波を見ていると、奇妙な感覚が湧いてくる。
日が完全に落ちて、一瞬世界がぐるりと回転するように混ざり合う。
街はバラバラに場所が入れ替わってから、落ち着いた。
相変わらず、変な世界。
私は森の位置がどこに動いたのかを確認する。
遠いところまで見通せるので、森はすぐに分かった。
高い場所での利点をまたも見つけてしまった。
座標が変わって、夜がきた。
今日も戦争が起こるかもしれないし、起こらないかもしれない。
冷たい世界。
その一部を見下ろして、視界という形で切り取って。
ふと、
「本当にこの世界を滅ぼしちゃうのもいいかもしれないなぁ。」
なんて、冗談交じりに呟いて、空を仰ぐ。
カウンターは、変わらない。
魔法は全てが全ていいものじゃない。
願いを叶えるためだけの、美しいものじゃない。