44 キュレラの木の下で
- 十一日目終了 -
昨日はギーツと別れた後に、まず寝床探しを始めた。
私は森の中をうろついてみた。
段々日が暮れてきて、ただでさえ暗かった森が真っ暗になる。
暗い森で一人とか心細い。
ヘンゼルとグレーテルの気持ちがなんとなくわかった。
まああれは二人だから私よりはいいのか。
少しして、一際大きな木を見つけた。
私はその辺りから長めの草を多めに拝借して、木を登って一番平らなところに敷き詰めた。
ふかふかした簡易ベットを作ることに成功した。
私はその草に埋もれて、眠りについた。
そして十二日目の朝。
やっぱりゆっくり眠れたとは言い難いけれども、少しでも休めたので朝はなかなか清々しいものだった。
周りが自然に囲まれていることもあって、空気が綺麗だ。
私は深呼吸してから、漏れたあくびを噛み殺す。
木の上で眠ったこともあり、少し背中が痛い。
私は木から降りて、大きく伸びをした。
それから少しぼんやりと木々の隙間から見える空を仰いで、軽く体を動かした。
「よし。」
私は昨日のギーツとの約束を思い出しながら、歩き出した。
まだ少し早い気がするけど、他にすることもないし。
私は森の中を歩いて、昨日のあの場所へと向かった。
あの光の空間は昨日と変わらずに幻想的だった。
私は昨日と同じように白い花の木の上に登る。
そういえばこの花の名前はなんていうんだろうか。
ギーツが来たら聞いてみよう。
そんなことを思いながら、花を眺めていたら、右奥の森からガサガサとギーツが出てきた。
ギーツは相変わらず眠そうだ。
ふらりと歩いてきて、真っ直ぐ前を見たまま、
「ナユ、いるかい?」
と言った。
もしかして見上げるなというのをまだ守ってくれてるのかな。
ありがとう。
「いるよ、ギーツ。おはよう。」
私は嬉しくなって、自分でもわかるくらいに明るい声で返事をした。
「おはよう。」
ギーツはふぁ、とあくびを漏らして、昨日と同じように木の木陰に座り込んだ。
「今日も眠そうだね。」
と声をかけると、
「まあ、いつものことだから気にしないで。」
ぼんやりとした声でそう返された。
「ねえ、ギーツ。」
「ん。」
「この花って、何ていうの。」
さっき考えてたことをさっそく聞いてみた。
ギーツは特に興味もなさそうに答える。
「キュレラ…だったかな。」
「綺麗だね。」
「ボクは花事態よりも散ってく花弁の方が綺麗だと思うけどね。どんなものでも消える寸前が綺麗なんだよ。」
まあ、そうかもしれない。
桜然り、花火然り。
「キミは、本当に今日も来てくれたんだね。ボクはキミが来てくれてるのかどうかが気になって今日はいつもより早めにきちゃったよ。」
ギーツは嬉しいことをさらっと言ってくれる。
なんの照れもなく素直に言ってくるから、真っ直ぐ胸に溶ける。
「ああ、そういえばキミ。キミは今どこに泊まってるの。」
ギーツは思い出したように尋ねて来た。
うわあ…。
「んー…、まあ、どこにも泊まってない…ね、うん。」
「…野宿?」
「あはは…。」
私は曖昧な笑いで肯定した。
ギーツは少し沈黙してから、
「うちに来る?」
と訊いてきた。
この世界の人は、初対面の人をどうしてそうもすぐに泊めてあげようとするんだ。
私はギーツの提案を、たっぷりと感謝をこめて断った。
「ありがとう。でも、大丈夫。」
ギーツは別に気にしていないようで、ただ「そう」と言って木にもたれかかる。
眠そうに欠伸を漏らして、とろんとした目で正面を見詰めていた。
私はそんなギーツを上から見下ろす。
この幻想的な空間も相まってか、ギーツの纏う儚い雰囲気が美しさを増している。
綺麗だな。
気付かなかったけどギーツは本を持ってきていたらしく、ゆっくりとした動作で本を開くと、ぼんやりとそれを読み始めた。
私はそれを無言で眺める。
「キミ、本は好きかい。」
真ん中あたりまで読んだところで、ふとギーツが言った。
「ものによる。本はあんまり読まないけど、好きな本はほんとに好き。」
私が答えると、ギーツは興味なさそうに「ふうん」と言った。
お前が訊いてきたんだろ。
でも、こんな適当な人なのに気に障らないんだよな。不思議。
「なに読んでるの。」
そんなに気になったわけじゃないけど、なんとなく訊いてみた。
「ん?これ?」
ギーツは本を閉じて表紙を見せてくる。
邪魔したかな。
「なんか、人魚を食べた人の話し、かな。」
人魚を食べた人?
私はふと、兄貴が言っていたことを思い出した。
―――ナユ知ってるか。人魚の肉を食べると不死身になるんだってよ。
私はその時はまだ小学生だったので、エグい話に夢を壊されたことにより憤慨して無神経なあの馬鹿を蹴り倒してやったんだっけか。
その話を曖昧な感じで話すと、
「うん。そう。で、その不死身になった人のお話。」
ギーツはそう言って欠伸を漏らす。
「え、じゃあ…人魚を食べると不死身になるって言うのは本当なの?」
「そんなの常識でしょ。まあでも、人魚を殺すことはいけないことだよ。」
ギーツは声に鋭さを含めてそう言った。
というか、常識なんだ…。
「ナユは、人魚を見たことはある?」
「ない。」
「ボクはある。」
ギーツは珍しく、感心の現れた声で語る。
「とても綺麗だったよ。彼らは人前には現れないから、生きてる姿を見たのは一回だけだったけどね。」
へえ。
私も、本物の人魚には会ってみたいな。
「でも、不死身ってどういう気分なんだろう。」
私の言葉に、ギーツは少し黙り込む。
え、なんか変なこと言った?
「うーん、そうだね…。ボクの考えとしては長すぎる時間は毒にしかならないと思うな。」
少ししてから、ギーツは気だるそうに答えた。
考えてただけのようだ。
良かった。
ギーツが読書に戻ろうとしたところで。
きゅるるる、と。
私のお腹が切なげな音をたてた。
あ、そういえばずっと何も食べてなかったんだった…。
すっごい恥ずかしい。
どうやらギーツにも聞こえてしまったらしく、本を開こうとしていた手が止まる。
うわああ…。
ギーツは本を傍らに置いて、本と一緒に持ってきていたらしい小包を取り上げた。
「食べていいよ。」
「へ?」
私はギーツの言葉に、素っ頓狂な声をあげてしまった。
「グィパ。」
「ぐぃぱ?」
「お米の粉を練って作った食べ物。キミにあげる。」
あふ、と欠伸をして眠そうにギーツは言う。
え、いいの?
「ギーツのご飯じゃ…。」
「ボクはそんなにお腹すいてないし。」
「…ありがとう。」
拒否しても、これから食べ物がすぐに手に入るあてはないので、ありがたくいただきます。
まあ、でも。
私は少し躊躇しながらも、木から滑り下りた。
「降りてきていいの。」
ギーツは横目で私を見て、そう言った。
まあ、帽子を被っているし。
「あんまりこっちを見ないでくれると嬉しい。」
「ん。」
ギーツは頷いて、座ったまま回れ右をした。
私に背を向ける形。
私は少し笑って、その背中に自分の背中を預けて座った。
ギーツに受け取った小包の中から、パンみたいな食べ物を手に取ると、二つに分ける。
私はその片方を振り向かないままギーツに渡す。
ギーツが少し身じろぐ感じが伝わってくる。
迷ったように少し時間があって、その後は何も言わずに受け取った。
「いただきます。」
そう言って、私はグィパを口に入れた。
「…いただきます。」
後ろで眠そうなギーツの声が聞こえた。
私たちは背中合わせで、キュレラの花を見ながら一緒にグィパを食べた。
眠いです。
多分ギーツと同じくらい私は今、モーレツに眠いです。
グィパ美味しいのかな…。