43 音のない森
「ふうん。キミはセノルーンから来たのか。じゃあログダリアを見て驚いたでしょ。ここはあそこよりも大分都会だから。」
ギーツは白い花の木陰に座り込んで、どこか眠そうに話す。
なんだかんだで一緒に話す流れになってしまったものの、近付いて話せば目や髪の色に気付かれてしまう。
しかしながら、あのままあの場所で会話するのもどうかと思った。
いろいろ考えた末に、ギーツには上を見ないようにと頼んで、木の下に座ってもらい、私は白い花の木の太い幹に丁度いい具合に座り込んで話すことにした。
ギーツは私の指示に何の疑問も持つことなく大人しく従ってくれた。
なんだか不思議な人である。
「まあ。でもああいう街は見たことがある。」
「へえ。ログダリア以外に発展した都市がある国があったんだ。」
ギーツは興味があるのかないのか、どうでも良さそうに応える。
さっきからこんな感じなんだけど、別にムカついたりはしないんだよな。
ギーツは眠そうにあくびを一つ漏らして、木の幹にもたれかかった。
相変わらず頭上は見上げないでいてくれてる。ありがたい。
「キミは、どうしてこの森に来たんだい?言っておくけどここは危険な場所なんだよ。」
「そうなの?」
「うん。魔獣が多くいるからね。ボクはここによく来てるからあまり問題はないんだけど、ボク以外の人はなかなかここには入ってこない。」
だからいいんだけどね、と付け足して、ギーツはまたもあくびを漏らす。
「ねえ、ギーツ。」
「なに。」
「人と話すの、嫌いなの?」
「嫌い…とはちょっと違うかな。嫌いだったらキミと話してないだろ。」
ギーツは何言ってるんだとでも言いたげな呆れ半分の声で答えた。
確かに、馬鹿な質問だった。
「何でそんなこと訊くの。」
ギーツが、初めて興味の色を見せた。
私はなんとなく聞いただけだったので、その質問に少しだけたじろいだ。
「いや…、まあ、誰も来ないような森に一人でいるくらいだから…人と接するのが苦手だったりするのかなー、と。」
私の言葉に、ギーツはふと黙る。
失言でもしたのかと少しどきどきしていたのだが、
「まあ、当たらずしも遠からず、かな。」
とギーツが笑ったので、ほっとした。
ギーツは、家にいるのが嫌いなのだそうだ。
そして周りに大勢の人がいるというログダリアの環境もあまり好きではないらしい。
しかし、体が弱い所為で他の国に旅をしたりすることも出来ずに、こうして近場であり人の入ってこないこの森に来ているらしい。
「まあ家にいようが外にいようが、暇なのは変わらないんだけど。」
ギーツはまたもあくびを漏らす。
「キミに話かけたのは気まぐれだけどね。」
「だろうね。」
昨日の寝不足もあってか私もあくびを漏らしてしまう。
なんだかこうして何も考えずにのんびりと話すのもいいなぁ。
「で、キミは何から逃げてるの?」
「…は?」
軽くうとうとし始めていた時に、いきなりギーツはそう言った。
私は驚いて、眼下のギーツに目を向ける。
相変わらずギーツの語り口調は変わらない。
感心の薄い表情のまま。
「この場所は、何かから逃げたいと思ってる人しかこれないんだってさ。真偽は定かじゃないけど。」
「そうなの?」
「だから、嘘か本当かは分からないんだってば。」
「…ふうん。」
まあ、逃げてるって言えば、逃げてるんだよね。
見付かれば殺されちゃうかもしれない立場だし。
私は逃げなきゃいけない状況なんだ。
今はこんなに平和だけど。
不思議な感じ。
「別にそこまで気になってるわけじゃないし、言わなくてもいいよ。」
ギーツはそう言って、静かになった。
互いに沈黙が続く。
だけど気まずい感じはなくて、むしろ心地よい沈黙だった。
ギーツは本当に不思議な人で、数分ごとに思い出したように話しかけてくるんだけど、それが全部
「キミ、兄妹とかいそうだよね。」
とか
「変なこと言うけど、キミって他の人とちょっと違う感じするよね。」
とか、妙に鋭いことを言ってきたりする。
私はその度にちょっと怖い思いをしたり。
そんなこんなで話していたら夕方になり、ギーツはふと立ち上がった。
「ボクはそろそろ帰らないとだ。」
ギーツはそれすらもトーンを変えずに言う。
私はギーツと話すのが自分でもびっくりするくらい楽しかったので、そんなあっさりとした別れに寂しさを感じたりもしてしまう。
だけど。
「キミに話しかけたのは気まぐれだけど。」
「ん?」
「屋敷の人以外でボクから声をかけたのはキミが初めてだよ。」
え。そうなの。
屋敷とは、ギーツの家のことだろうか。
「大げさに言うと今までで一番有意義な時間だった。」
ギーツはそんなことを言って、
「飾らずに言うと、楽しかった。」
そう続けた。
何でもないことのようにそう言う。
全然楽しそうに見えなかったのだけど。
それでも、ギーツの素直なその言葉に私は嬉しくなった。
ちょっと照れたけど。
「私も楽しかったよ。」
本当に。
「そう。」
ギーツはもう一度あくびをして、振り返る。
約束通り、上は見上げないでくれた。
儚い微笑みを浮かべて、ギーツは静かに言う。
「ボクは日があるうちはいつもここにいるから。」
ジャックの爽やかな笑顔とも、
ヴァシュカの大人っぽい笑顔とも、
ジルの優しい笑顔とも違う。
ギーツの透明で儚い笑顔。
こちらもつられて微笑んでしまう。
「良かったら、また会おう。」
ギーツの言葉に、私は自然に「うん」と返事を返してしまった。
ギーツくんと話すと癒されそう。
常にあくびしてるようです。
ほのぼのとした話に戻りつつある。
良かった。