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41 終戦

 風が渦をまく。

夜の風は冷たく、どこか寂しさを感じさせる。

そんな風に黒の髪を弄ばせながら、階段を上って行く。

透き通った空気を肺一杯に吸い込み、跳ねる心臓を必死で落ち着かせようとしていた。


 屋上にたどりつく。

ここはあの図書館の屋上。

眼下には燃え盛る炎と、ぶつかり合う人々。

負傷者を治療する青の人々が、攻められそうになっていた。

「行こう。」

私は小さく呟いて、屋上の縁に立つ。


 風が私の髪を巻き上げた。

目を閉じて、息を吸う。

剣と剣がぶつかる音、銃声、爆発音、魔法の破裂する音、そして怒号。

お腹に空気をためて、目を開く。

これで、終われるかは分からないけど、なんとか終わらせたい。

口を出来る限り開いて。


 「けぇんんんかぁああ、りょぉおせぇええええばぁああああああああい!!!」


 叫ぶ。

空気が振動するのがわかるほど。

びりびりと、耳鳴りが激しくなるほど。

大きく、どこまでも通るように。

運動部なめんなよ。


 私の声で、さっきまで鳴り響いていたいろいろな音が消えていく。

ぽつりぽつりと、何人かが私に気付いてこちらを見上げる。

それに気付いた残りの者たちも続いて顔を上げた。

よし。


 「えーと…よく聴け!」

私は、ジルに考えてもらったシナリオを思い出して、声を張り上げる。

「黒き魔女は目覚めた!」

私の言葉で、一気にざわめきが広がる。

「しばらくこの国で様子を見ていたが、もう飽きた。だから、」

そう言って、少し間を開ける。

ざわめきが少し落ち着いた頃を見計らって、大きく息を吸って、堂々とした声を張る。


 「世界を滅ぼすことにした!」


 その言葉に、ざわめきが大きく、大きくなる。

驚け。驚け。もっと。

「こんな下らない世界を楽しむには、やはり壊した方が面白い。」

私の言葉に、みんなが顔を見合わせる。


 もう声を張り上げる必要はなかった。

誰もが私の言葉に耳を傾けている。


 「しかし!ただ壊すだけでもつまらない!お前らがどう抵抗するのかも見せてもらおう!そのために!」

一泊おいて…。

ふと、下で呆然としているジャックと目が合った。

いや、下から私の顔はよく見えてないだろうから気のせいかもしれないけど。

私だということは髪とか声とかで気付いてるはずだ。

どんな風に思ってるんだろうな。

少しだけ、寂しくなった。


 まあ、そんなことも言ってられない。

「時間をやろう!精々惨めに準備でもしていろ!こんなところで油を売るなよ!私はまだどの国を攻めるか決めてないからな!」

のどが痛くなってきた。

気力も使ったので、ちょっと叫んだだけなのに大分疲れた気がする。

どうでもいいけど、ジルが考えたこのシナリオ…、私がすごいゲスみたいじゃない?

まあ、考え方を変えてみれば、そういう役になった方が後々良いという可能性もあるかもしれない。

と、考えとかなきゃやってらんないね。


 あとは、消えるだけだ。

「それじゃあ、また会おう!喧嘩両成敗!」

そう言って、歩くような感覚で右足を前に出す。

左足を上げると、当たり前だけど体が落ちた。

浮遊感に包まれる。

下にいた人たちから悲鳴が上がる。

ジャックが駆け寄ろうとしているのが見えた。


 ジャック。

今までありがとう。

次に会うのは、きっと大分先だね。

元気で。

私は心の中でジャックに別れを告げて、大きく息を吸って空気を肺に溜める。

すぐに息を止めた。

すると、四方から大量の水が私を包む。

うわ、気持ち悪い。

水と一緒に落下していって、地面に先に水が落ちたところで、後ろから抱え上げられる。


 「息止めなくて大丈夫。」

後ろで私を抱えたジルが静かに言った。

わ、本当だ。

「行くよ。変な感じだろうから覚悟してて。」

その言葉とともに、背が引っ張られる感覚がした。

ジルが行ったように、ものすごく変な感じがする。

例えるのなら、腕と脚が絡みつくかのような気持ちの悪い感覚。

そんな中、ジルの魔法で流れた大量の水が、遠くの炎を消していくのが見えた。

だから水だったのか。


 私は、数分前にしていたジルとの会話を思い出す。

「私の見た目は、『黒魔女』に連想されるんでしょ?なら、それを利用したい。」

「なるほど。」

私の言葉に頷くジル。

「そのためには、魔法がいると思うの。強い魔女に見せるために。」

「うん。分かった。じゃあその演出を手伝えばいいんだね。」

ジルは私が言うよりも先に理解してくれるので助かる。


 「じゃあ、水でナユを覆い隠してから〈空間転移(テレポート)〉するよ。」

「分かった。」

「ただ、通信したままだから、上手く魔法が使えるかが分からない。魔力がもつか…。」

「あ、じゃあ私のを好きなだけ使っていいよ!」

もともと私の頼みなのだから、私の魔力を使ってくれても全然大丈夫だ。

「え…。」

「前に言ってたでしょ?日記帳で魔力の交換ができるって。ジルの魔力が受け取れたってことは、私の魔力も送れるんだよね?ソラリスが私にも魔力があるって言ってたし…。」

私の言葉に、ジルは少し考えてから、

「そうだけど、俺がナユとリンクを結べるのはナユから危険信号がきたときだけだよ。」

そう言った。

まあそれ以外で繋がれたら心覗かれるみたいでいやだけどね。

「じゃあ、私が落ちればいいんじゃない?屋上から降りたらさ。」

「そんな危険なこと…。ああ…いや、うん。分かった。絶対成功させるから大丈夫。まかせて。」


 って、そんな感じの会話だった。

結局落ちなかったし。

良かった。

実はちょっとひやっとしてた。


 地に足が付く感触がして、気付くと城に戻っていた。

「了解しました。それではみなさん、油断せずに撤退しましょう。」

ジルがよろめく私を支えて、反対の手をこめかみに当てて何かを呟いた。

誰かと通信しているらしい。

流石に疲れているようだ。

鼻頭に汗の玉が浮かんでいる。


 「ナユ、そろそろここにも終戦を報告する人が来る。」

「うん。いろいろありがとう。」

「どういたしまして。」

ジルは微笑んでそう言った。

それがすごくかっこよくて、きゅんときた。


 これから私は、この世界の国々を回って行こうと思っている。

セノルーンからただ出るのではなく、一国に留まらないようにしたい。

だから、この世界にずっといれば、もしかしたらまたこの国に戻ってくるかもしれない。

できれば戻らないでいたいけど。

それじゃあまずは、銀の国ログダリアに行こう。


 「ログダリアに送るよ。」

「ありがとう、ジル。本当に。」

「うん。…じゃあ、困ったことがあったらいつでもこの日記帳で呼んでくれていいからね。」

「うん。じゃあね。」

「またね。」

ジルは手の中ですばやく帽子を作って、私に被せてくれた。

「気を付けて。」

「ありがと。」

私たちは手を繋いで、別れを言う。


 寂しさと不安がどんどん募っていく。

早く別れないと。

「ナユ。」

ジルの魔法がゆっくりと働き始め、私の周りを風が包み始めた。

「絶対、死ぬな。」

「ジルも。勝手に死んだら怒るからね。」

私たちは顔を見合わせて二人で笑い合った。

繋がった手が、ゆっくりと離れる。

ジルの体温が、離れていく。

「頑張れ。」

「ありがと。」

視界がぐらりと揺らぎ、辺りが見えなくなる。

最後に、追いかけるようにして。


 「好きだよ、ナユ。」


 ジルの呟きがゆらり。



そろそろ6月ですね。

時間が経つのは早いです。


ということでナユちゃんが旅立ちました。

次回から、ログダリア編に入ります。

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