39 温度
私たちはすぐに城に辿りついた。
どうやってここまで来たのか、よく覚えていなかった。
ジャックに教えてもらった裏からの道を抜けると、すぐに城の門の前にでた。
童話などででてくるお城そのもので、高くそびえたつ姿がすごくかっこいい。
門の前で指示を飛ばしていたヴァシュカが私たちに気付く。
「無事だったか!ここの中は特に頑丈に守られてるから、安全だぞ。」
言いながら、こちらに飛んでくる銀色の鳥を銃で撃ち落す。
「ただ、中に入ったらジル殿下の元へ向かったほうがいい。ぴりぴりした空気だから…、その…、ナユが行くと少し危ないかもしれない。とりあえずこれを被っておけ。」
ヴァシュカは言葉を選びながら話すと、マントを放ってよこした。
それを受け取って、城へ入ろうとすると。
「ナユ。」
ヴァシュカに名前で呼びとめられた。
なんでこんなに嬉しいんだろう。ヴァシュカに名前を呼ばれると。
「大丈夫か?」
真剣な目で、尋ねてくる。
ああもう、ヴァシュカは鋭そうだもんなぁ。
私はヴァシュカの透き通るような目から逃れるように目を逸らして頷いた。
「うん。」
私はお礼を言って、マントを頭から被ると、ソラリスを下ろして手を繋いで城の中へ入った。
城の中は静まりかえっている。
「お城は避難所としても使われているんだけど、万が一の時の為に、避難者は一か所に集まっているの。」
ソラリスが言った。
どうやら本当に安全みたいだ。
それなら。
「ソラリス、そこまで一人で行ける?」
「え…?」
驚いたようにこっちを見るソラリスを黙って見つめ返すと、ソラリスは複雑な表情でうなずいた。
「そ。じゃあ、そこに行ってて。私はジルを探す。」
「…分かった。」
ソラリスは寂しそうにそう言って、一人で奥に進み始めた。
ごめんね、ソラリス。
私はブレザーから抜き取っておいた日記帳の紫色の魔方陣に手をかざす。
イチかバチかだけど。
死にかけたときの感覚を思い出しながら心の中でジルに呼びかける。
何度も。
すると。
―――びっくりした!うわ、なんでリンクつながったんだろう?
ナユ、どうかしたの?ていうか無事!?
いつも通りのジルの声が返って来る。
私は思わず笑いそうになった。
私が今城にいることを伝えると、ジルは二階にいると教えてくれた。
私は二階に上ってジルに教えてもらった部屋に入る。
「ナユ、お疲れ様。」
入って来た私に気付くと、ジルが笑った。
ジルは今、魔法通信の軸をやっているのだそうだ。
テレパシーみたいな感じで、各地の戦場の状況を集めて発信しているらしい。
忙しいんだ。
「大丈夫。話しながらでもできるから。」
ジルは豪華な造りの重そうな机で何かを書いていた。
多分、戦場の状況をまとめているんだと思う。
時々こめかみに手をあてて、何かを呟いていた。通信をしているのだろうか。
「護衛は外したんだ。ここには俺以外いないよ。」
私が警戒してるのに気付いたのか、ジルはやさしく言った。
「大変だったみたいだね。聴いてる。」
聴いてる、というのは黒髪の女を探してるものがいるという話だろう。
私はマントを脱いだ。
それからジルに歩み寄る。
ジルが、顔を上げて私を見た。
ペンを一旦おいて、私に向き直る。
「なんか、あった?」
「昨日は挨拶できないまま行っちゃったから…。いろいろありがとうね。」
私はお辞儀をしてそう言った。
「そのことはもういいよ。」
ジルはやさしく笑ってそう言った。
その笑顔にどれだけ励まされたか。
ジルは知らないんだろうな。
私はジルの額の髪を掻き上げた。
「な、なに!?ナユ…、」
そして前にジルにされたのと同じように、額にキスをした。
「また会えますように、っておまじない。」
私はそう言って、驚いているジルに抱きついた。
誰よりも安心する、ジルの温度。
「何の解決にもならないんだけど、さ。」
「ナユ…?」
ジルが支えてくれてる手の温度が背中を通じて伝わってくる。
これで、覚悟ができた。
「私はこの国を出ようと思う。」
今のところ私の中の好感度はジルが一番高い…。(内緒ですよ笑)
なるべく、贔屓してジルを出し過ぎることのないように気を付けます。