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38 惑わす色



 生きることがとっても簡単だった私の世界。

むしろ生きないことの方がずっとむずかしかった。

そんな世界。

その世界で生きてきた私は、命の危険に接することがこれほどまでに恐ろしいとは思わなかった。

いや、日本だったからか。

他の国では、きっとこういう思いをしていた人もいたんだ。

それでも。


 町の中間あたりまで来たところで、建物の陰で少し休憩をとった。

いつもなら疲れていないはずなんだけど、精神的にきてる所為か、少し息が切れ始めていた。

「おねえちゃん、大丈夫?」

「だったらいいね。」

私は軽く苦笑して答えた。

ソラリスは俯いてしまう。

ごめんね。

でも、全然大丈夫じゃないし…。


 「おい。」

声をかけられ、とっさにその場から離れる。

離れたところにいるのは、青い髪のおじさん。

セノルーンの人だ。

「生き残りか。良かった。もう大丈夫だ、一緒に行こう。」

おじさんは、優しく笑って言った。

私は安心して、泣きそうになった。

このまま二人で逃げ続けるのは辛かったから。

近寄ってくるおじさんに、図書館に行くことを伝えようとしたら、


 「おねえちゃんダメッ!逃げて!」


ソラリスが叫んだ。

ソラリスの叫びを聴いた瞬間、おじさんは手にしていた槍をこっちに突き出してきた。

私はそれを後ろに跳んで避ける。


 「黒髪の女ってのは本当だったんだな、へえ。」

おじさんはにやにやしながらそう言って、槍をくるくると手の中で回す。

続けて攻撃してこようとするおじさんに、足で抉った地面の砂を上手く浴びせかける。

「!」

砂が目に入ることを恐れて目を瞑る馬鹿なおじさんの腹部を思い切り蹴り飛ばす。

力を入れてなかったおじさんはそのまま無様に後ろにふっとぶ。

それを見てから、ソラリスを抱え直してまた走り出した。


 どうして。

「おねえちゃん、青い髪の人が全員【一角獣(ユニコーン)】だったらこんな印いらないんだよ。」

ソラリスが首の魔方陣に手をかざして浮き上がらせて、私を咎めるように言った。

「ジル殿下だって髪は銀色だよ。髪だけで判断しないで。」

そうか、そんなことも、前に言っていたっけ。

「私たちの所属を確かめないで近付いてくる人も、自分の所属を明かさないで近付いてくる人も、敵だと思ったほうがいい。」

冷静にそう言うソラリス。

ここは、経験者だからこその冷静さか。


 図書館が見えてきたところで、そこから進めなくなった。

図書館付近は戦争の真っ最中で、一段と激しい戦いが繰り広げられていた。

魔法の攻防戦が始まっている。

家や草むらに火が移って燃え上がっている。

どうやって行こうか…。

そんなことを考えて家の陰に隠れて様子を窺っていると、


 「伏せて!!!」


 大きな声がこっちに向けて飛んできた。

この声は。

私はソラリスの頭を抱えて、かぶさるようにしてうずくまった。

傍にあった家の中で何かが爆発して、爆風や何かの破片が頭上を駆け抜けていく。

ぱらぱらと崩れた外壁の破片がたくさん降りかかる。

音が収まってきた辺りで顔を上げると、こちらに駆け寄ってくるジャックがいた。


 「ナユ!ソラリス!」

「「ジャック!」」

偽物かと疑うまでもなく、ジャックだ。

「良かった、無事だった。」

ジャックはそう言うと、身を低くして辺りを窺った。

周りに何もないことを確認すると警戒を辺りにむけたまま、私たちに向き直る。


 よくみると、ジャックは傷だらけだった。

右腕は大分ひどく焼けていて、腹部からは大目に失血している。

左足には大きな切り傷がある。

額からも血が出ている。

私は急いでネクタイを外し、破って広げると、ジャックの特別大きな腹の傷を抑えるようにして巻いた。

制服のピンバッチタイプの校章を外して、ネクタイを止めるのに使った。

それからブレザーを脱いで、袖を千切る。

そっちも破って広げて、左足の傷に巻いて結んであげた。

「ありがと。」

ジャックはやさしく笑う。

私はその笑顔に泣きそうになった。

それから反対の袖も千切って額に巻く。

火傷は大きくて、上手く覆えそうにない。

ブレザーの背を開いて止血帯を作ろうと考えていたら、「僕はもう大丈夫。」とジャックに止められた。


 「支部の中は今のところ安全だけど、これからどうなるかは分からないよ。」

ジャックはそう言って、図書館に目を向けた。

「こっちよりも、ヴァシュカとジル殿下が対応している城に行った方がいいかもしれない。」

腹をネクタイの上から押さえながら、早口で話すジャック。

「あそこはまだここほど激しくなってない。抜け道から行くといいよ。」

腰の短剣を引き抜いて、構えるジャック。

「ナユが見つかるのはやばい。」

「私?」

ジャックは戦場に向けていた目を私に戻した。

「他の国に君の存在がばれたみたいだ。ルマーレの騒ぎの所為かはわからないけれど。黒髪っていうのは、最強の魔女である『黒魔女』と連想しやすいワードだからね。狙われる可能性が高い。黒髪の女を探していると、【青龍(ドラゴン)】の連中が騒いでいた。」

『黒魔女』。

ジルが前に言っていた言葉。

いや、でもちょっと待って。


 「早く逃げないと見つかったら大変だ。実はさっきからナユたちの安否が心配だったんだ。連中の探しているものはナユみたいだから。」

待って。

じゃあ、

じゃあ。

「この戦争は…。」


 私が原因で起こったものなのか。


 私の所為で沢山の人が死んで。

沢山の人が傷ついて。

ソラリスが危険な目にあったのも。

ジャックがこんなに怪我をしたのも。

ドーラおばさんが死んだのも。

私の…?


 「!! ち、違うよ、ナユ!もともとこの世界ではこういう戦争が何度も起こっていたんだ。起こったからナユが探されてるんであって、ナユを探すために起こった戦争じゃないんだよ。」

ジャックの言葉が痛い。

私はこうして庇われて、守られて。

沢山の人を傷つけていくのか。


 私はこうして、自分がこの世界にとっての異物だったということを思い出す。




不穏な分子は一人の少女を取り巻いて世界に広がっていく。


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