36 平和を壊す、
その日は本当に、何もなく終わるはずだった。
昼ごはんを食べて、ソラリスと遊ぶ。
じゃんけんとか、アルプス一万尺とかを教えてあげるとソラリスは感心したようにそれを覚えて、楽しそうに遊んでいた。
じゃんけん知らなくて何かの取り合いになったときどうするんだろうか。
それからソラリスの魔法を見せてもらった。
ソラリスは白い大きめの紙に、羽ペンで大きな陣を描く。
「すごい魔法はつかえないんだけど。」
ソラリスはそう言って、書きあがった陣に手を置いて、口の中で何かをぽそぽそと呟く。
すると、紙がひとりでにくしゃくしゃと丸まって鳥になった。
紙の鳥はそのまま羽ばたいて、部屋の中を飛び回る。
「うわ…!」
すごい。
「覚えちゃえば、これくらいすごいことでもないよ!」
腕に止まった鳥を捕まえてくしゅりと紙くずに戻しながら言うソラリス。
ちょっと残酷…。
そんなこんなでほのぼのな一日がすぎた。
特に何もしていない、平和な一日。
夜が来て、ジャックお手製のクリームパスタと、デザートとしてヨーグルトにドーラおばさんに貰ったクランベリージャムをかけて食べた。
今日は美味しいものをたくさん食べてしまったな…。
その後ジャックは「今日は仕事がいつもより早いんだ」と言って、夕飯の片付けを終えてさっさと出かけていった。
私は日記に今日の出来事を記して、いつのまにかテーブルで寝ていたソラリスをベットに移す。
寝てるソラリスも可愛い。天使のようだ。
ソラリスの寝顔で和んでから、私も寝る準備を始めた。
台所の机に置きっぱなしにしていた日記帳を懐に入れる。
そのときだった。
轟音と共に世界が揺れる。
窓ガラスが派手に割れて、ガラスが部屋に散らばる。
私は一瞬何が起こったのか分からず、床に散らばったガラスに目を落として数秒呆気にとられた。
しかし、すぐに危険な状況なのだということに気付き、慌ててソラリスの元に向かった。
ソラリスは音に驚いて起き上がって、部屋に入る私を見た。
「な、なに…、今の…?おねえちゃん?」
「分かんないけど…とりあえず逃げるよ。」
私は目をしばたかせて不安そうにしているソラリスを抱え上げる。
背後から誰かの声がする。
家に誰かが入って来たのだ。
急いで窓に駆け寄って、開け放つ。
窓枠に足をかけて、背後を振り返ることなく思い切り蹴った。
空中を駆け抜ける。
風が耳の横で渦をまく。
家から数十メートル離れたところで地に足をつき、更に地面を蹴って加速する。
それを数度繰り返し、一旦止まって息を整える。
ソラリスを見ると、ソラリスは不安そうに目を瞑って震えてた。
「きっと、もう大丈夫。」
私はそう言って、背後を振り返った。
何も追って来てはいなかった。
ただの荒野が広がっているだけだ。
トイレから出られなくなった私が最初にこの世界に来て立っていた、あの荒野に。
「な、に…これ…!」
私はもう一度前に向き直って驚愕した。
周りにあるのは死体ばかりだった。
世界は転がる。くるくると、ぐるぐると、終わりに向けて。
物語は急激に加速していく。