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35 夜明けの遊び



  - 九日目終了 -



 昨日は、寝すぎたせいでふらついていたらジャックがわざわざ背負ってくれて、申し訳なさを感じながら家に戻った。

「どうしてずっと帰ってこなかったのー!」と、ソラリスにてっきり怒られるかと思っていたのだけれど、ソラリスの反応はかなりさっぱりしたものだった。


 「あ、おかえりー。お姉ちゃん起きれたんだね、良かったー。」

いつもと変わらぬ調子でそう言われたので、ちょっと構えていただけに、気のない返事を返すことになった。


 それから、ジャックの作ってくれたシチューをいただいた。

お母さんのシチューとは味が全然違ったけど、ジャックのシチューも同じくらい美味しかった。

ふかふかのパンを千切って食べていると、食事がなんだか懐かしく感じた。


 夕食を済ませた後は、この4日間で起こったことをざっと二人に話した。

フォンに聴いたことや、ヴァシュカの熱のこと、ティアのこと、精霊狩りのこと。

二人は最後まで何も言わずに、黙って静かにそれを聴いていた。


 「じゃあ、その精霊さんは何か知ってる感じなんだね。」

「うん。次の目標はティアを探すことかな。」

「手伝うよ。」

「ありがと、ジャック。」

当たり前のように手伝うと言ってくれたジャック。

本当に人が良い。

「でも、その精霊さんすごい魔力が強いんでしょ?」

「うん、多分。よく分からないけど、ジルが、ティアの魔力が自分より強いせいで“空間転移テレポート”が出来なかった、って。」

「ジル様より強いって相当だよ?」

「そうなの?」

「うん。ジル様は魔力とか魔法が他の人よりうんとすごいんだもん!」

ソラリスは、嬉しそうにそう話す。

分かってはいるけど、ジルは本当にすごい。

その話を聴くジャックがどこか不機嫌になっていたのはおそらく気のせいじゃないだろう。


 その後は日記帳に、溜まっていたこの何日間のことを記録した。

眠り過ぎたせいで、全然眠くならなかったので、寝ているソラリスの本棚から勝手に絵本を借りて読んだ。

文字は読めないけど、喋る本とか、動く本とかが多いので、私でも楽しんで読める。

その途中で気が付いたのだが、他の本とは明らかに違う、厚手の重そうな本があった。

古い本らしくて、あの古本屋に入った時のような独特の甘い香りのする茶色いハードカバーの本。

気になって手に持ってみると、やっぱりかなり重かった。

開いてみようとしたけれど、ページが張り付いてしまっているのか、(ひら)かず。

少しねばって、すぐにあきらめた。


 それからまた絵本を読む作業に戻ると、しばらくしてジャックが起きてきた。

「あれ、ナユ。寝ないの?」

「眠くないからね。仕事?」

「そう。」

ジャックは着替えて短剣を一本腰に差すと、外にはいかない方がいい、と私に念を押して出て行った。


 その後は適当に、お茶を入れようとして火がないことに気付き諦め、昼にソラリスが作ってくれたクルミのパウンドケーキの残りをもぐもぐと一人で食べたりしていた。


 そんなこんなで朝である。


 異世界に来てから10日。

少し慣れてきたような気もする。

奇妙な感覚と一緒に窓の外の景色が変わる瞬間を見るのも慣れてきた。


 私はジャックの言葉を申し訳なく思いつつも、朝だからいいやと思うことにして外に出た。

ジャックの帽子を被ってつんとした朝の空気を吸い込む。

車の排気ガスもエアコンの室外機も換気扇もないから、空気がとっても美味しい。

澄んだ空には雲がすいすいと流れていく。


 深呼吸しながらそれを眺めていると、隣の家のドーラおばさんが出てきた。

「あら、おはよう。最近見なかったけれど、大丈夫?」

「おはよう。大丈夫だよ。」

ドーラおばさんは、そう、と言って笑うと、花の手入れをし始めた。

いつもみたいに魔法で水をあげる。

私はジャックたちの家の屋根の日陰に座り込んでそれを眺めた。


 「魔法は使えないのよね。」

「うん。魔法って便利だね。」

「コツさえつかめればこれくらいは簡単なのよ。」

おばさんはそう言って霧のようなシャワーを浴びせてきた。

うわ。

でも、霧状なのであまり冷たくない。

むしろ気持ちが良い。


 おばさんが草むしりを始めたので、そのお手伝いをしながらいろいろ話した。

「私にはね、ナユさんと同じくらいの娘がいるのよ。」

「へえ。」

見たことないけど、そうなんだ。

「一緒には住んでないの。魔物討伐部隊っていうのに入っててね。」

「魔物討伐…?ジルが行ってるやつ?」

私の言葉に、おばさんは驚いたように一瞬固まって、それから笑った。

「え…ええ、そうよ。そういえばこの間馬車が来ていたわね。あれはジル殿下だったのね。そう、ジル殿下とお知り合いなの。」

どうやらジルと知り合いだということが驚きだったらしい。

「女の子にそんな危ない仕事はしてほしくないんだけど…。戦争にも駆り出されるようだし…。」

おばさんは、困ったように笑って言った。

娘さんのことを本当に心配しているのがわかった。


 草むしりを終えると、おばさんがお茶とお菓子をくれたのでごちそうになった。

おばさんが一生懸命世話をして育てた花を見ながらチョコレートのタルトをもぐもぐ食べてると、ジャックが帰って来た。

「あれ、ナユ。」

「あ。」

ジャックは私に気付くとすぐにこっちに歩み寄って来た。

「また君は…。外には出ない方が良いって言ったでしょー?」

呆れた風にそう言われた。

全くです。


 お菓子のおかわりを取りに行っていたおばさんが戻ってきて、「まあまあ。」となだめながら笑った。

それからジャックにもチョコレートタルトを渡すと、ジャックは呆れつつもそれを受け取って笑った。

「ありがとうございますドーラさん。すみません、わざわざ。」

「いいのよ、こういうものはみんなで食べたほうが美味しいでしょう。」

おばさんはそう言って、ソラリスちゃんにも、とさらにいくつかのタルトをジャックに渡した。

良い人だなぁ。

三人でお茶を飲んで、くだらない話で笑った。

のどかな朝にこんな美味しい物を食べて、幸せなんだろうな。

この世界は良いところだなと改めて思う。

なんて。


 この時は、忘れていたんだ。

何回もそういう目に合っているのに。

この世界の危険を、忘れていた。

私がこの世界にとって、本来あってはならない存在だということを。


 この日の夜まで、忘れていたんだ。




チョコレートタルトって美味しいのでしょうか・・・。興味はあるんですけど、食べたことがないんですよね。

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