33 王子
―――ナユ、聴こえてる?
聴こえてるよ。
―――良かった。じゃ、軽く今の状況を説明できる?
身体の状態とか、視覚と聴覚の感じとか。
熱いし…周りは良く見えない。声はもう全く聞こえないや。
―――毒か…。
正直、時間がない。
もうすぐ準備が整うから、すぐにそっちに行くよ。
それまで耐えられるね。
多分…。
―――多分、じゃなくて。耐えられるんだよ。
絶対、大丈夫だから。
あ、はは。
うん。そんな感じがしてきた。
ちょっと、やばいかもとか思ってたんだけど。大丈夫な気がする。
―――うん。
大丈夫だよ。ところで今どこに?
ヴァシュカの家…。家と言っても、住んでるだけの…。
―――ああ、分かった。ところでナユ。近くに魔力の大きな人がいるみたいだけど、その人は手の届く位置にいるのかな?
私は変な汗を感じながら、目をうっすらと開く。
ぼやけた視界のなかで二つの人影。
ティアは、私のすぐそばにいた。
光るように輝いている髪の毛がすぐ傍で揺れている。
いるよ、ジル。
―――そう。良かった。
ならその人の体のどこかに、触れてくれる?
私は言われた通りに、ぼんやりとした頭で手を動かして、床に流れる綺麗なティアの髪を一束すくった。
―――よし。準備が整った。
ジルの声が頭の奥で優しく響く。
その心地よさに目を閉じると、頭上から風が吹いた。
なんとなく安心して、そのまま意識を落とした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ねえ、お父さん。」
「なんだよ。」
「王子サマっていうのがもしいたらさ、姫サマをいつでも助けてくれるのかね。」
「そういうもんだろ、童話って。」
「童話の王子サマはタイミングよすぎだよ。姫が襲われんのを狙ってるみたいじゃん。」
「お前可愛くないな。」
「うるさいな。…でもさ、実際に姫サマがピンチになったときって、王子サマ寝てるかもしれないし、お風呂入ってるかもしれないじゃん。そういうときでも、助けに来てくれるのかね。」
「さあな。父さんは王子サマには会ったことねえから。まあでも、」
魔法でも使えたら助けに来てくれるのかもな。
懐かしい夢を見た。
気が付くと、私はベットの中にいた。
さわり心地の良い毛布に包まれている。
起き上がると、横から声がした。
「よ、」
よ?
振り向くと、ジルが涙目でこっちを見ていた。
「よかったぁああああ!」
そう言って嬉しそうに笑うジル。
「起きなかったから失敗しちゃったかと思ったよ。」
窓から光が入ってきている。
もう日が昇っていた。
場所は変わらずヴァシュカの家だ。
ヴァシュカとティアは見当たらないけど。
「いやぁ、もうぶっちゃけナユ助からないかと思ってた!」
「うわ、すごいぶっちゃけたね。」
「でも、死んでも助けようと思ってた。」
よく見ると、ジルは汚れていた。
頬にも何故か血がついている。
「ナユをゾンビにしてでも生き返らせてやろうと思ってた。」
「そんな怖いこと真顔で言わないでよ…。」
まだ頭がくらくらするけど、助かったのか。
「ありがとう、ジル。」
「うん。こちらこそ。」
こちらこそ?
「生きててくれて、ありがとう。」
「うわ、ちょ、泣かないでよ!」
額に手を当ててほっと息をつくジルの目からほろほろと雫が落ちる。
ぽつりぽつりと毛布にシミを作っていくジルの涙。
「俺さ、魔法には結構自信があったんだけど、今回は流石にやばいなって思った、本当は。」
大丈夫、大丈夫と私を励ましてくれたジル。
あれは、私だけに言ってたものじゃなかったってこと?
「助けられなかったらどうしよう、って。どうやって生き返らせようか、って。」
「うわぁ…。」
「黒魔術とか禁術あさって、なんとしてでも生かそう、って。」
ゾンビにしてでも、は冗談じゃないのね…。
「良かったぁ、助かって…。」
ふわ、と柔らかく微笑んで、ジルは言った。
本当に、ありがとうジル。
その反応的に、私死んでもおかしくなかったんだね。
帰れなくなっちゃうとこだった。
ほんとにありがとう。
「ねえジル。」
「うん?」
「ほっぺ、血ぃついてるけど…けが?」
「えっ、」
ジルは慌てて頬の血を拭う。
「ごめんごめん!気分悪いよね、血つけてる男なんて。」
申し訳なさそうにそう言うジルの言葉に、精霊狩りの人たちを撃ちぬいたヴァシュカのことをふと思い出した。
「ううん。大丈夫。」
ジルはベットの傍の椅子に座り直した。
「魔物討伐に行ってたんだ。」
「討伐?」
「そう。倒しに行ってたの。人に害を与える魔獣とか魔物とかを。」
へえ、そんなこともやってるんだ。
「その途中で、ナユからの危険信号が来て…。」
「は?」
「えっとね、命の危機が迫った時の危険信号があってね、」
「なんで?」
なんで、その危険信号とやらがジルにいくの?
「あっ、」
私の疑問にいきついたのか、やっちまった、みたいな顔をするジル。
可能性としては。
「…日記帳?」
「あ…あはは…。」
そういえば、ソラリスもフォンもこの日記帳の魔法をベタ褒めしてたけど、どういうものかは教えてもらってないもんな。
問い詰めてみると。
日記帳には私がピンチになったときに私とジルを強制リンクさせる魔法がかかっていたらしい。
持っているだけで、声や魔力の交換が出来るとか。
それから〈空間転移〉でここにきて、魔法を使ってティアと二人係で私の毒を抜いてくれたそうだ。
すごいなー。
「いや、まさかこんなに早くナユがピンチになると思ってなくて…。」
それは私も同じだよ。
「ごめんね。でも、かけておいて良かった。」
「うん。助けてもらったから、それはもういいよ。ありがと。」
そんな魔法がかかってたのか。ありがたい。
「魔物討伐中だったうえに、〈空間転移〉も上手く働かなくて…。遅くなっちゃってごめんね。」
「あ、その討伐は…大丈夫だったの?」
「うん。急いで倒したから。問題は〈空間転移〉かな…。大精霊に邪魔されてたみたい。」
ティアに?
「そう。〈空間転移〉の魔法ってのはね、自分より魔力の強い人が50メートル以内にいると相殺されて使えない。」
「それじゃあ…。」
「今回はね、大精霊の魔力をナユ経由で少しもらって、俺の魔力の底上げをしたんだよ。一時的に大精霊より魔力を強くした。」
あのときジルが言った「ティアに触れろ」っていうのはそういうことだったのか。
「すごいね、ジルは。」
ソラリスが「王子さま」をベタ褒めする訳がよく分かる。
「全然すごくなんてないよ。」
ジルはそう言うと軽く息をついた。
「一歩間違えたら、死んでた。〈空間転移〉はただでさえリスクが大きい。それを魔法陣を使わないで、大精霊の魔力だけを頼りにやったから。普段だったら無詠唱でもできるんだけど、今回ばかりはそうもいかなかったし…。」
「そんな危険なことさせちゃったんだ…。」
迷惑をかけたな…。
「それでもナユが助かった。」
ジルは笑顔でまっすぐ言った。
「俺が死ぬことより、そっちの方が大きいよ。」
そう言って嬉しそうに微笑む。
「何度でも言うけど、助かってよかった。」
私はジルに勢いよく抱きついた。
「わっ!」
「ありがと、ジル。」
ありがとう。
そうだ。お父さんは嘘をつかないんだ。
お父さんが言ってたとおりだった。
王子は本当に助けてくれた。
魔法を使って、助けてくれた。
バカな姫を、助けに来てくれた。
こんな私でも、助けに来てくれたよ。
どうでもいいけど、お父さんが半レギュラー化しそうですね。
なんか台詞が無駄にかっこいい感じであれですよね(笑)
兄ちゃんより目立ってしまうかも(笑)