27 ヴァシュカ
目が覚めたのは、昼を少し過ぎたあたりだった。
私はソラリスのベットを独り占めしていた。
「おはよー、おねえちゃん!ご飯は?」
たまたま部屋に入って来たソラリスが、起き上がった私に気付いて話しかけてきた。
「ヴァシュカは?」
「ああ、おねえちゃんをここに送ってそのまま帰ったよ。」
ヴァシュカにはかなり迷惑をかけてしまったようだ。
「お礼しに行ってくる。」
「…じゃあ、お昼ご飯も持っていってあげてよ。」
ソラリスはキッチンに行って、サンドイッチをラッピングし始めた。
「いいの?」
「ヴァシュカおにいちゃんにもお世話になってるからね。」
そう言って優しく微笑んだ。
ソラリスは、偶にこうして大人っぽい表情をすることがある。
「ジャックが起きたらヴァシュカおにいちゃんのとこに行った、って伝えておくね。」
ピンク色のさらさらとした紙で包んだサンドイッチを二つよこして、ソラリスはにっこり笑った。
「ありがとう、ソラリス。」
私も感謝をこめて微笑んだ。ソラリスが作ってくれたサンドイッチを抱えて、壁に掛けられた帽子を借りて被る。
「ヴァシュカおにいちゃんも、か。」
「ん?」
何か言ったか?
「何でもないよ。ただ、」
ソラリスは微笑んで、
「おにいちゃんのライバルが増えるな、って思っただけ。」
そう言った。
ライバル?
ヴァシュカは自分の家じゃなく、自分で建てた町はずれの小屋を家として使っていることが多いのだそうだ。
ソラリスに口頭で道案内を聴いて制服に着替えてから家を出た。
近いからすぐ行けるよ、と言われて向かったヴァシュカの家にはすんなりついた。
村を出て、ルマーレ市場を抜けて、しばらく森の方へ歩いて行くとすぐについた。
山小屋みたいな小屋と、その隣にロッティの馬小屋があった。
本で見たきこりの小屋みたいだ。
扉の前まで近付いてみる。
ロッティに「何してんだコラご主人に何の用だコラ失せろコラヒヒーン」みたいな目で思いっきり睨まれながら、扉をノックしてみた。
少し待ってみたけど、返事が無い。
もう一度ノックしてみる。
やっぱり返事がない。
しかし、中で何やら音がした気がした。
私は良くないと分かっていたけれど、扉を開けてみることにした。
ぎぃいい、と木特有の音をたてて、案外軽く扉が開いた。
何で鍵かけないんだろう。
そーっと中を覗いてみる。
「ヴァシュカ!」
中で、ヴァシュカが倒れていた。
私は慌ててヴァシュカに駆け寄った。
「あ、ああ、すまない。立ちくらみしてしまって…。」
ヴァシュカは体を起こして眉間をこする。
顔が赤い。
もしかして、と思ってヴァシュカの額に手を添えてみた。
「昨日雨に打たれたから…!」
結構な高熱だった。
「いや、前から体調が優れなくて…。」
「そんな気遣わなくていいから!寝てて!」
「悪いな…。」
よろよろと立ち上がるヴァシュカを支えて、ベットまで連れて行く。
ヴァシュカをベットに寝かせて、布団をかけてあげる。
「ご飯は?食べた?」
「まだだが…。」
「サンドイッチ持ってきたんだけど、食べれる?」
「持ってきてくれたのか、わざわざ…。なら頂こうか…。」
「いやいや、無理しなくていいよ!食欲ないなら…。」
「じゃあ、半分だけもらおう。」
ヴァシュカは体を起こして、笑った。
大人だなぁ。
ヴァシュカはソラリスの作ったバケットのサンドイッチを半分きっちり食べた。
少しでも食事はしておいた方がいいので、これは良いことなんだけど、なんか無理やり食べさせちゃった感があって申し訳ない。
「悪いな。ありがとう。」
「いや、私が元凶なんだし。」
「だから違うと言ってるだろう。自己管理が出来なかった俺が悪いんだから。」
うう…。
いい人すぎるんじゃないの、ちょっと。
「薬とかないの?」
「あー…、あるな。昔魔法薬を作ってもらったんだ、確か。」
「どこ?あと、水も。」
「いや、大丈夫だぞ。あとは自分でやるから…。」
「私はやることがないのでだいじょーぶです。」
起き上がろうとするヴァシュカを制して、横にさせる。
ヴァシュカは苦笑いして、言われたとおりに横になる。
「薬はあの棚の二段目にある小瓶だ。水は外に汲み溜めておいたものを使うと良い。」
私は言われたとおりに部屋の隅にある棚の中から錠剤の入った小瓶を取り出した。
それから外に出て、ロッティの小屋の裏にある樽から、傍にあった桶に水を汲む。
綺麗な水なので、飲む分には問題なさそうだ。
桶を部屋の中に運び込んで、そこから整頓されたキッチンからとったコップに水をすくう。
薬の小瓶のコルクを引き抜く。
「何錠?」
「2錠頼む。」
軽く振って手のひらに薬を2錠出して、ヴァシュカを起こす。
水と薬を渡して、飲み終わるのを見届ける。
「じゃ、寝ててね!」
「あー…、じゃあ少し寝かせてもらおう。悪いな。」
「これくらいしか出来ないけど…。」
「いや、十分すぎるくらいだ。助かったよ。」
そう言って、私の頭を撫でるヴァシュカ。
人に頭を撫でてもらったのはけっこう久しぶりなことかもしれない。
そういえば昔、兄貴によく頭を撫でてもらったな。
そんなことを思い出してたら、なんだか泣きそうになった。
ヴァシュカは兄貴と年も近い。
だからかな。全然似てないはずなのに、兄貴を思い出す。
「ああ、うつしてしまうな。」
ヴァシュカは申し訳なさそうに手を引く。
ううん。
「ううん。」
「どうかしたのか?」
戻ろうとするヴァシュカの手を引き留める。
心配そうにしているヴァシュカの言葉に、声が出なくなって、ただただ首を横に振り続けた。
「どっか痛いのか?」違うよ。
「苦しかったりするのか?」違うよ。
「嫌なことがあったのか?」違う。
「悲しくなったのか?」違う。
「ここにいたくないか?」違う!
「何も責めないぞ?」違う!
「怒ったりしないぞ?」違うってば…!
「何か、あったのか?」
そう言って体を起こしたヴァシュカが、もう一度頭を撫でてくれた。
それが限界だった。
「うわっ、どうした!?」
涙があふれて止まらなかった。
ああ、そうか。
私は不安だったんだ。
帰れないことを告げられて。
そんな私をヴァシュカは助けてくれた。
暗闇の中、一人でずっと私を待っていてくれた。
あの時、ヴァシュカの姿を見て、私はすごく安心した。
誰かに傍にいてもらいたかったんだ。
そんな時に、ヴァシュカが来てくれた。
なんてありがたかったことだろう。
ありがとう、ヴァシュカ。
今までの話しですでになでなでシーンがあったらどうしましょう。
あんまり考えないでこの話を作ってるので、おかしなことになってるかもしれません。
その時は許してください・・・。
ヴァシュカは良い人です。こんなに良い人なのは反則ですね。
ソラリスは基本ジャックのことを「おにいちゃん♡」と呼んでますが、偶に「ジャック」と呼ぶことがあります。
一番最初もそうでしたね。
それでは、今回は長くなりました!
また次回!