26 王族の魔法
「冷静なのですね。」
冷静?馬鹿なこと言わないでほしい。
冷静な訳がない。
動揺しまくってる。
でも、絶望はしてない。
フォンが語ったのは、昔の話。
昔の人は帰れなかったけど、帰ろうとして帰れなかったわけじゃない。
それに、存在しか分からないという一人。
その人はもしかしたら帰ったのかもしれない。
諦める訳にはいかないでしょう。
ちっちゃい親友のれらがいる。
乱暴だけど頼れる巡がいる。
ハムスターよりも可愛い上南がいる。
天然で優しいお母さんがいる。
適当だけど正しいお父さんがいる。
ウザいけど嫌いになれない兄貴がいる。
あっちの世界にも大切な人がいるから。
帰らないと。
心配してくれてるかは分かんないけど、会わないと私が悲しくなっちゃうから。
諦めるなんて、絶対できない。
お母さんとか、私を追ってこっちに来ちゃうかもしれないし。
ないなら作ればいいんだよ。
帰り道くらい。
生きてりゃ大抵のことはどうにかなる、ってお父さんの言葉。
お父さんは間違ったことを言わない。
だから絶対何とかなる。大丈夫。
探すのは大変そうだけど。
絶対帰るから。待ってて、みんな。
私はあっちの世界のことを、誰に説明したことよりもくわしくフォンに話した。
フォンは熱心にぐいぐい聴いて来た。
私はただの一般人だから機械のことを詳しく話せと言われてもわからないのに。
持ってきてもらった温かい蜂蜜入りのホットミルクを飲みながら、フォンとしばらく話をした。
私と私の世界にものすごい興味を持ったらしくて、帰る方法を探すことへの協力は惜しまないと言われた。
ここまで研究熱心で、異世界のことを知ってたようなフォンが協力してくれるのはなんともありがたい。
フォンと話したことを日記帳に書いて、ホットミルクの影響か、睡魔が誘惑してきたので帰ることにした。
「それ、拝見させて下さい。」
「日記?」
私はフォンに日記帳を手渡した。
「面白い作りですね。ベースは普遍的な魔法なのに、ブレンドされている魔法が斬新です。作り手はローレヴァンツの者ですか。」
ローレヴァンツ…。ジルの名前がそんな感じだったかな。
「分かるの?」
「勿論。こちらの魔法にはDの紋章が入ってますから。この魔法を作れるのは王族だけでしょう。美麗な魔法です。大切に所持しておくことを推奨します。」
「うん。」
フォンはほんの少し笑った。
表情が動かない、ってのは確かになーって思っていたけれど、こうして笑顔を見ると本当に可愛い。
フォンは表紙に映すのは勿体ない、と言って日記帳の表紙の内側に羽ペンで何かの模様をすごい速さで書き始めた。
細かくて複雑な模様を、これほどの短時間でここまで綺麗に書けるものかと感激していたら、ジルのことを思い出した。
私が異世界から来たんだと伝えたほんの数時間後だ、あの日記をもらったのは。
つまり、あの表紙の魔法もジルがフォンと同じようにこれくらいの速さで書いていたということなのだろうか。
書き終わったのを見計らって、その話をすると、
「ジル・D・ローレヴァンツ…。現第二王子だったと記憶していますが、彼はなかなかの技量を所持しているようですね。これを短時間で書き上げたというのは驚きです。」
と言ってきた。
表情は変わらなかったけどけっこう驚いたらしくて、その後もジルを何度か褒めていた。
ジルすげー。
「内側には通信の魔法を込めさせていただきました。御用の際はそちらに連絡致します。」
フォンが日記帳に書いてた模様はやっぱり魔法だったらしくて、タイミングがよければ私からも話かけられるとか。
魔法っていうのは便利なものだ。
「あ、そういえば。」
私は紹介状を渡していなかったことを思い出して、内ポケットから紹介状を出して今更だけどフォンに手渡した。
フォンはそれを受け取って差出人の名前を少し見る。
「この方がどなたなのか存じ上げません。」
そう言って軽く手を振ると紹介状が蒼い炎を上げて燃えていった。
意味なかったな、あれ。
ちょっと思ったけれど、深く考えると切なくなりそうだったので別にいいかと思うことにした。
フォンは眠るから、と告げて上の部屋へ戻って行った。
階段を上がって行くフォンに礼を言って家を出ると、いつの間にか雨が降っていたらしかった。
地面がぬかるんでいる。どうやら雨が降ってから結構経っていたらしい。
そんなに話していたつもりはないんだけど。
というか。
「ヴァシュカ…?」
「ああ、戻ったか。」
外には、ヴァシュカがいた。
「え、何でここに…。」
「いや、ここに向かったと聴いたのでな。帰りが遅くなると大変だろうと思ったので迎えに来たんだが。問題なければ乗って行け。」
ヴァシュカは乗っていたロッティの背を叩いて微笑んだ。
ずぶ濡れである。
私がフォンに会えなくて諦めて帰ってたらどうしてたんだろうか。
「ああ、そういえばそうだな。しかし、すぐに諦めて帰るような奴じゃないだろう。」
ヴァシュカはそう言っていたずらっぽく笑った。
「これ、濡れないようにかぶっておけ。」
ヴァシュカに手を引いてもらってロッティに乗ると、ヴァシュカは黒いマントを差し出してきた。
「なんでヴァシュカこれ被ってなかったの?」
「一つしかなかったからな。」
「風邪引いちゃうよ。」
「それは困るな。早く帰ろう。」
何でもない事のように言って笑うヴァシュカ。
私はそんなヴァシュカに何度もお礼を言った。
「いいんだ。ついでに来ただけなんだから。」
ついででそこまで濡れるわけがないのに。
少し大きめなマントを広げて、すっぽりとかぶる。
それからだいぶ余った端っこをヴァシュカに被せた。
「俺は別にいい。」
とか言って掃おうとするヴァシュカを無視して、二人でマントに包まれる。
優しいヴァシュカに癒されて、どこかホッとして、眠くなってきた。
私はヴァシュカにくっつきながら、マントの中の暗闇で意識を落とした。
- 四日目終了 -
ヴァシュカを登場させたかったんです。
イケメンが雨の中待っててくれたら幸せですね。
ナユちゃんは幸せ者です(笑)
四日目が終了したので、次回から五日目が始まります!