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22 速さ



 明け方、いきなり目が覚めた。

私は布団の中で少し転がってから起き上がり、ソラリスを見た。

音も立てずに、すやすやという擬音がよくあてはまりそうな寝方をしている。

天使のようだ。

可愛い。

ほっぺをふにふにしてやりたい衝動に駆られたが、こんな時間に起こしてしまうのは申し訳ないのでやめておく。

窓の外には澄んだ空気と、細い光をうけてうっすら輝く淡い霧があたりを覆っている。

綺麗だなーとか思いながらそれを眺めた後、自分の制服に着替えパジャマを畳んでベットに置いた。

それから、ジルに貰った日記帳を制服の胸ポケットにしまい、部屋を出た。


 キッチンには誰もいなかった。

ジャックはまたどこかへ出かけているようだ。

まだ明け方だし、仕事が終わっていないのだろう。

昨日は酔っぱらっていたりしたけど、体調は大丈夫だったのかな。

そんなことを考えながら、外に出てひんやりとした空気を肺に満たすように吸い込んだ。

うん、いい気分。


 それから家の裏の井戸に行って、レバーを上下させながら桶に水をためた。

その水で顔を洗い、歯を磨いて、家の中へと戻る。

学校はないし、ソラリスも起きてこないのでやることがない。

おだやかでのんびりしているけど、退屈な感じもする。

せめて文字が読めれば本を読んだりして時間をつぶせるのだが。

まあのんびりしているのは嫌いじゃないからいいけど。


 それでも一時間が経つとさすがに退屈だった。

まだまだソラリスが起きてくるような時間ではない。

少し考えて、外に行くことにした。

髪のことがあるので、ジャックにはあまり出歩かないようにと言われていたけれど、時間も早いし、この村の人は私のことを知っているので大丈夫だろう。

そう考えて家を出た。


 軽く家の周りを歩いていると、隣の家のおばちゃんが外で花に水をやっていた。

魔法で。

どうなっているのかはよく分からないけれど、おばちゃんが手を上げると同時に井戸から水が吹き上がり、雨のように広がって落ちていく。

楽しそうだ。


 「あら、ナユさん。」

おばちゃんは私に気付いて笑いかけてきた。

「おはよう。」

「おはよう。ずいぶん早いのね。ソラリスちゃんはまだ寝てるのかしら。」

「うん。おばちゃんも魔法使えるんだね。」

私は花を指さして言った。

するとおばちゃんは照れたように、

「水の魔法しか使えないのよ。」

と笑った。

私からしてみれば十分すごいんだけど。


 そのままおばちゃんとお喋りしていると、「あれ!?ナユ!」と後ろから声をかけられた。

振り返るとそこにはジャックがいた。

「あれ、お帰り。」

「あ、ただいま。っと、おはようございますドーラさん。」

ジャックはおばちゃんに気付いて挨拶をした。ふうん、ドーラさんっていうんだ。

「お疲れさま。ジャック。」

ドーラおばちゃんはそう言って微笑んだ。

笑顔が可愛いおばちゃんである。


 「どうして外に?」

「ああ、ごめん。暇だったから、出てきちゃった。」

私の言葉にジャックは呆れたように苦笑した。

「ここらへんだったら安全かもしれないけど、帽子だけは被っておいてね。」

「うん、ごめん。」

私は素直に謝って、ジャックが腰に引っ掛けていた帽子を借りて被った。

「散歩してたの?」

「んー、散歩っていうのもあったけど、走れる場所を探してた。」

「走る?」

一応陸上部なので、一日一時間以上は足を動かしていないと落ち着かない。

実はこの世界に来てからずっとむずむずしていたのだ。

しかし、この世界で走るには、力加減が分からない。

早く慣れておきたいというのもあった。

「だったら、裏の平地がいいかもれない。おいでよ。」

ジャックは微笑んで手招きをした。

付き合ってくれるのか。

疲れているのに私に付き合おうとしてくれているジャックに感謝する。

おばちゃんに手を振って別れて、ジャックの後を追った。


 家の裏を抜けて、少し進んだところに、なかなか広めの広場があった。

芝生が青々と敷き詰められていた。

手入れはされているようで、遊ぶのには適した場所だ。

ジャックは座ってみているね、と言って適当な場所に腰を下ろした。

ジャージが欲しいなぁとか思いながら、ジャックから少し離れた位置に移動する。

まずは軽く走ってみることにした。


 そういえばジャックに私の走りを見せるのは初めてだな、と思いながらその場で軽く跳ねる。

思ったよりも高く跳んでしまうので、リズムがとりにくい。

慣れるのには時間がかかりそうだ。

足ならしも兼ねて、軽く駆け足位の調子で走ってみた。

5、6歩進んで振り返ってみると、もう50メートルくらいは進んでいた。

なにこれ怖い。

「速いね。」

手を打って褒めてくれるジャック。

あ、やっぱり速かったのね、今の。

褒められると、もっと速いのを見せたくなる。

「次は本気で走ってみる。」

ジャックにそう言って、クラウチングスタートの型をとる。

「本気って?」

ジャックがそう言った瞬間に、私は地面を蹴った。

風船が割れるような、自分でもびっくりするくらい大きな音が響いて、弾丸のように突き進むのを体の横で渦をまく風で感じていた。

その勢いのまま地面に右足をつき、続けて左足を前に出して加速する。

このままだと広場を出てしまいそうだったので、左足を地面につけて踏ん張る。

芝生が若干抉れて、自分の勢いを殺すのがなかなか大変だったものの、くるりと回転して勢いを逃がして急停止した。

後から追ってきた風に帽子をとられる。

二歩しか走ってないけど、すごい進んでいる。

すげー、気持ちいい。

「んー!」

軽く反って腰を柔らかくしたところでジャックをみると、目を見張って立ち上がっていた。

大分遠くにいる。


 数歩先に落ちた帽子を拾って、軽く払ってもう一度かぶり直す。

私は小走りでジャックの元へ行き、ジャックの隣に腰を下ろした。

ジャックは座らないで、口をぽかんと開けたまま私を見ていた。

あれ、すごすぎた?

確かに、自分でもびっくりするくらい速いからな、今の私は。

「ナユの世界の人はみんな、足が速いの?」

ジャックは未だに驚いた様子で訊いてきた。

「ううん。ジルの馬車を引いていた馬の方が断然速いよ。」

「じゃあ、ナユの足が速いんだ?」

「いや、まあ速い方ではあったけど、大して変わらないよ。」

「……この世界に来て、足が速くなったってことは聴いてたけど…。ここまでだとは思わなかった。」

ジャックはそう言ってから笑った。

「すごいね、ナユ。」

「…ありがとう。」

素直に褒められるのはなんだかむず痒い。

照れながらジャックを見ると、ふと厳しい表情をしていた。

「どうかした?」

「いや、ちょっとね。…その速さは…、いや、かっこいいなって思っただけで。」

慌てて笑うもジャックの言葉の端には何かを訝しむような響きがあった。

その言葉がどこか引っかかったけど、気にしないことにした。

あと少し走ったら帰ろう。





実際にどれくらいの速さなんでしょう?

私がジャックの立場だったら消えた!って思うかもしれないですね。

めっちゃ速いんだろうなーっていうイメージ。

足が速いのは羨ましいです。

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