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20 おまじない

 タイミングが悪い。

今この状況を、ジャックがどういう風に捉えたのかは、なんとなく分かる。

ジルもわかっているらしく、苦笑いを浮かべてジャックを見返した。


 「ナユの叫び声が聞こえました。殿下、ナユに何をしたんです?」

ジャックは千鳥足で、ふらふらと寄ってくる。

なんかめんどくさそうな予感。

「別に何もしてないですよ。ねえ、ナユ?」

ジルはにっこりと微笑んで言う。

まあ、何もなかったわけではないけど、何かされたわけでもないし。


 ジャックは苛立ったように舌打ちを漏らして、腰に手を回す。

ベルトに差した短剣を引き抜く。

「なんで呼び捨てなんですか。」

「聴きますが、その剣は私に向けたものですか?でしたら、相手になりますけど。」

ジルも言葉に敵意を込めて、刀身の黒い剣を握る。

あちゃあ。

なんか、やばい気がする。


 「まあまあ、落ち着いて、ジャック。」

私はこれ以上ヤバくなるのは嫌だなー、と思ったので二人の間に割って入る。

「ナユ…。」

「ジルと私はお友達になったよ。」

「だったら何で叫んで…」

「少年漫画!!!」

何かを言おうとするジャックの言葉を半ば強引に遮って言う。

「少年漫画、みたいなね。こっちにあるかは知らないけど。喧嘩して仲良くなるアレ。あーいう感じのが今さっきあったの。」

言ってることは大体間違ってない。

「それで、グットエンド!おっけ?」

「…そう、ナユが言うなら。」

ジャックは煮え切らない感じにそう言うと、臨戦体勢を解く。

 「いいから、その剣はしまって。」

私はジャックの手の中の短剣を示して言う。

それから。

「その隠してる方のナイフ…かな?それも出さないでよ。」

私の言葉に、ジャックは少し驚いたような顔をして、それから素直に短剣を腰のベルトに戻した。

実はけっこう前から気付いていた。

ジャックは二刀流だ。

それも、身のこなしからして相当実力のある剣士だ。

そんな彼がこんなところで暴れれば。

ぞっとする。


 デコットが戻って、私たちは帰り支度を始める。

明らかに何かあった惨状のテーブルを見て、苛立ちをもろに出したデコットに、ジャックは終始睨まれていた。

そして行きと同じように馬車に乗ってソラリスが待っている、おばちゃんの家へと向かう。


 「今はもう“夜”なんで、一応気を付けて下さいね。」

馬車の中で、ジルはそんな風に言った。

一応、ね。

私は座標の変化というものを改めて理解した。

行きと道が違う。

ただルートが違うのではない。

ずっと真っ直ぐな道だった。

その道を同じように真っ直ぐ走っているのに、行きと景色が違うのだ。

「へえ、」

面白い。

そう思ったけれど、不謹慎な気がしてその考えは捨てた。




 「今日は本当にありがとう。」

ジルは別れ際ににっこりと笑ってそう言った。

「こちらこそ!美味しいご飯、ごちそうさまでした。」

私も笑顔で返すと、ジルはさらに嬉しそうに微笑んだ。

「また何か、機会があれば。」

「うん。っわ!」

いきなり手を引かれて、馬車から強引に降ろされる。

飛び降りるような感じになり、浮遊感が足を包む。

落ちることを想定して受け身の体勢をとったところで、ジャックに柔らかく受け止められた。

「殿下、そろそろ戻らないと叱られるのではありませんか?」

ジャックはジルを真っ直ぐ見据えて言う。

ジルはそんなジャックを見てに、と微笑むと、

「そうですね、今日のところは。」

そう言って、馬車の扉を閉める。

そして窓から顔を出す。


 「ああ、そうだ、ナユ。」

ジルは服の内側から取り出した手帳らしき物を、私に差し出してきた。

「これ、使ってみて。」

「なに、これ?」

「日記帳だよ。」

「日記?」

受け取った手帳は、何やら細かい模様が刻み込まれていて、大きさの割には重い。

表面は革っぽい感じで、ひんやりとして気持ちが良い。

黒の革地に紫の模様。

そしてこの重厚感。

高そうだなー、と思いながら眺めまわしていると、

「答えは意外と近くにあったりするんだよ。」

ジルは半身を乗り出して微笑んだ。

「何気ないことでもいいから日記に書いておくと、あとでそれが意外なヒントになるかもしれない。役にはたたないかもしれないけどね。」

そこで、ジルが私が元の世界に戻る方法についての話をしていることに気付いた。

やっぱり優しいな、ジル。

「ありがとう。」

私が笑顔を返すと、ジルはちらりとジャックを盗み見て、何かを企むような笑みを浮かべた。


 「ナユ、ちょっとこっち来て。」

「え?あ、うん。」

私は言われたとおり馬車に一歩近づいた。

「その日記にはね、ちょっとしたおまじないをかけておいたんだ。」

ジルは私の頭を軽く撫でて、

「本当に困ったときに、その日記帳の最後のページを切り取ってみて。」

そう言って笑うと、私の前髪をすっと掻き上げて、額に唇を当てた。

「これは、また会えるように、っていうおまじない。」

そういっていたずらっ子のようにくすりと笑うと、馬車の中に体を引っ込めた。

出して下さい、と馬の手綱を操る大男に言った。そういえばあの人の名前はまだ知らないな。

男は言われたとおりに手綱をしならせる。

ジルは爽やかな笑顔で手を振ってきたので、私もそれに手を振りかえした。


 ジルにキスをされた額を軽く撫でて、相手は王子さまなんだよな、と改めて思った。

少し照れくさくなりながら、ふと振り返ると、ジャックが赤い顔で悔しそうに眉をひそめていた。

まだ酔ってんのかな。

ジャックはいつもにこにこしているイメージだったので、なんだか少し面白くなってしまった。


 苛立ってる時は暴れてもらえば良かったんだっけ?

私はお父さんの言葉を思い出しながら、ジャックを横目で見つめた。

苛立ってるっちゃあ苛立ってるけど、暴れたいわけじゃなさそうだな。この時間に暴れたら迷惑だろうし。

私は少し考えて、めんどくさくなったのでとりあえず抱きついてみた。

「んな!?」

ジャックは驚いたような声を上げると、銃を突き付けられた人みたいに両手を顔の横に挙げた。

そんな反応が面白くて、つい笑ってしまう。

「~~~っ!」

ジャックはそんな私を見て複雑な表情で目を逸らした。

顔がさっきよりも赤い。

「ソラリス、迎えに行こうか。」

そう言うと、小さくうん、という返事が返って来た。

お父さん、私は一応女に見られてるみたいだよ。





だいぶ間が空いてしまって申し訳ありませんでした。近頃ドタバタしていたのがそろそろ終わりそうなので、リズムよく続けて行きたいな、と思っています。

応援して下さっている方、これからもよろしくお願いします。



ジル編はここでひとまず、って感じです。

次の出番を早くしてあげたいな、ジルは。

ってことで、また次回!

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