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19 想いの言葉



 ――お兄さんの、生まれなかった過去に?



 私は驚きながらも、訳を聴いた。

ジルは当たり前のように語り出す。


「兄は、生まれつき体が弱いんです。それでも第一王子なので、王位を継ぐのは彼なんです。

「私は何をしても継げないんですよ?

「それなのに床に伏したままの彼は王位を継承します。

「私は城下を頻繁に視察に行ったり、

「よりよい政治にするためにと国民の意見を聴いたり、

「国民のために村と村を行き来しやすい橋を建設したり、

「貧しい人々にパンを与えたり、

「足の不自由なご老人を魔法で支えて歩きやすいようにしたり、

「いろいろなことを国民の為に実行しているのに

「認められることはないんです。

「これは不公平ですよね。

「私は自らが政治を動かす権限を持って、この国を今よりもっと豊かにしたいんです。

「そのためには兄の存在が壁になるんですよ。

「殺すわけにはいきません。

「この国の次期王ですから。

「ならば、存在を最初からなかったことにすればいいんじゃないでしょうか。

「そう考え付いたわけですよ。」


 あくまでも笑顔で。

ジルは語った。

饒舌に。軽快に。

誕生日ケーキのろうそくの火を消す直前の子供のように。

無邪気に、邪気に満ちた夢を語った。


 「ジル、それは人の上に立つ者の言葉じゃないよ。」

私はジルの青い目を見詰めて、言う。

「ええ、この話を他の人に語れば死刑かもしれませんね。」

ジルは私の目を見つめ返して笑う。

静かに立ち上がって、腰に刺していた剣を鞘からするりと抜く。

黒い刀身が光を吸い込んで鈍く輝く。


 「で、『黒魔女』かもしれない(、、、、、、)私を脅迫?」

私も同じようにゆっくりと立ち上がる。

右手にフォークを握って、椅子を引く。

「不器用なもの、でっ」

ジルは、跳ねるように机に飛び乗った。

剣が黒い線を虚空に描く。


 残像が目でとらえきれないほどに素早く放たれたそれは、かつて苺のムースケーキがのっていた皿を音もなく分裂させた。

跳ねた皿の断片から、切れ味の鋭さを感じさせる。


 「答えて下さい。あなたは『黒魔女』ですか?」

白いテーブルクロスに皺ができる。

あのお皿、高そうだったのに。

そんなことを頭の隅で考えながら、私はゆっくりと首を傾げる。


 「答えるのならば、『黒魔女』ではないよ。」

私はジルを見上げて、伝わるように、

「応えるのならば、私はジルの敵じゃあ、ないよ。」

応えるのならば。その縋る様な願いに、応えるのなら。

ゆっくりと。

しっかりと。

伝わるように。

言葉を紡ぐ。


 昔お父さんが言っていた。

-男はみーんな本当は弱虫なんだけどねえ。いつかお酒を酌み交わすときがきたら、ナユにもそれが嫌ってほど分かる時がくるさ。

そんなことを。

そういうときは、どうしたらいいのか。

お父さんは、私の頭を撫でて、

-放っときゃあいいんだよ。悲しんでたら話聴いてやりゃあいいし、苛立ってんなら暴れさせてやりゃあいい。好きにさせときな。

なんて、優しく言ってきた。

ぶっきらぼうな言い方だったけど、お父さんは間違ったことを言う人じゃないし。


 ジルは、男の子だからなぁ。

でも本当に、優しい子なんだ。

ここまで来る過程だけでも、よくわかる。

「食事」として話に誘ってくれたこと。

お城ではなく別荘を選んでくれたこと。

私に合わせて予定を考えてくれたこと。

ジャックを眠らせるのに薬ではなくお酒を使ったこと。

ご飯を食べ終わるまで話を切り出さないでいてくれたこと。

国民の為にいろいろなことをしていたこと。

私ではなく、お皿を切ったこと。

殺意もない攻撃をし、今も攻撃をしてこないこと。

それだけ分かれば、彼が良い人だってことぐらい、私にも分かる。


 「お兄さんは好き?」

「何を…。」

私の質問にジルが訝しげに眉をひそめる。

「私にもね、兄貴がいるんだ。」

兄貴を思い出して、少し不愉快になる。

「なんもいいとこないくせに、たまに優しいんだよね。」

「……。」

「それに、全然力ないくせに、守ってくれたりすんの。」

「そんな話はどうでも…!」

「同じでしょ、ジルも。」

私の言葉にジルは何かを言い返そうとして、言葉が出てこないのか、悔しそうに唇を噛む。


 「兄ちゃん、好きなんだろ?」


 ジルは軽く唸って、どか、とテーブルに座り込む。

「好きですよ!尊敬してますし、性格的にも好きな個所が多々ありますよ、そりゃあ!自慢の兄ですよ。」

「じゃあ…。」

「でも!彼の弟であることが辛いんですよ…。比べられるとか、王位を継げないとか、そういうんじゃなくて…。」


 「俺よりずっとすごい兄ちゃんが体の所為で失望されているのを見るのが辛いんですよ。」


ジルの、本音。

今日会ったばかりの私に。

私に希望を見つけて、縋るように、吐露する。

長年願った願いを。


 「俺が兄ちゃんの代わりに体が弱ければ、何の問題もなかったのに…。

「俺が何か言われることも、

「兄が失望されることも、

「無かったのかもしれませんけれど…。

「俺は国の為に動くことが好きで

「正直王位も欲しい。

「兄ちゃんの代わりに動けなくなるってことはやっぱりできなくて

「私が国を変える未来にも夢みちゃって…。

「だったら兄ちゃんが最初からいなかったことにすれば

「誰も、俺も、苦しまなくて、済むから。」


 私にはジルの気持ちなんて分からない。

慰めたりなんてできない。

だけど。

「じゃあ王位継承なんて面倒なこと兄ちゃんにまかせちゃえよ。」

私の言葉に、ジルは噛みつくように顔をあげる。

「簡単に言うなよ!」

吠える。


 「どうしてあんたがこんなにうごけて、お兄ちゃんは動けないの、って言われる俺の身にもなってみてよ!」

吠える。

「あんたなんか生まれてこなければよかったのに、って言われる俺の身にもなってみてよ!」

吠える。

「なんで先に生まれてきてしまったのか、って言われる兄ちゃんの身にもなってみてよ!」

吠える。


 「知らねえよ!」

私は思いっきり、空気の振動が伝わるほど大きく、叫んだ。

「あんたらの家庭事情なんて知らないね!」

叫ぶ。

「兄ちゃん王子にして椅子に座らせときゃあいいじゃん!」

叫ぶ。

「王さまじゃなくたって国ぐれえ動かせるだろうがよ!今ジルが国民の為にってほざいてやってることはなんなんだよ!」

叫ぶ。

「二人で国作ってきゃあいいだろ!他人の言葉なんかいちいち気にしてんじゃねえよ!」

叫んだ。

力の限り。

さっきあれだけ吠えまくっていたジルが驚いたように黙り込んでいる。

むしろ若干引いてる。


 でも。

何かは変わったと思う。

ジルの中の何かが。


 -悲しんでて、怒ってるときは?

お父さんに聴いた話の続き。

-苦しんでるときは?

そんな私の質問に、お父さんはめんどくさそうに、

-あ?そんなん、抱きしめてやったらいいんじゃね?男は単純らしいからなぁ。女の子に抱きしめたら元気出んだろ。

なんて、いい加減なことを言っていた。

だけど、

お父さんは間違ったことは言わないから。


 若干引いているけれど。

それでもいいんじゃないかな。

私だって一応女の子なんだからさ。

机の上で呆けているジルの首に腕を回す。

丁度私と同じくらいの高さにあるジルの肩に腕を乗せて、ついでに体重もかける。

「私はジルと兄ちゃんの家庭事情なんて何も知らないから。なんも知らないから何にも言わないよ。」

伝わるように。

想いが、伝わるように。

この優しい青年が、私はすごく好きだから。


 「なんの助けにもなれないけど、味方ではいてあげるよ。美味しい夕飯を一緒にした仲だし、ね。」


 味方ってのは、意外と心強いものなんだよ、ジル。

「あ…、あははは。」

ジルは気の抜けたような笑い声を出した。

「あっはははっはは。冷静になってみたら、なんですか、この状況。」

くつくつと、笑う。

「私はナユ殿に何言ってるんですかね。」

「いいよ、その適当な敬語は。タメでしゃべって。」

「ははは、なんか折角の希望が駄目になったのに、どうでもよくなってきた。すごいな、ナユは。」

「え。私なんもしてないけど。」

「何もしてないと思っているのがもうすごいよ。器のでかさを感じるね。」

ジルは肩を揺らして笑う。

楽しそうで何よりである。

あらためてお父さんの偉大さを知ったなぁ。


 ジルは私の背に手を回して、そっと支えるように添える。

「俺、黒好きなんだ。兄ちゃんが作ってくれたこの刀と同じ色だし。」

「へえ。」

「綺麗な髪だな。」

「ありがと。」

そう言って、私たちは離れた。


 顔を見ると、ジルは普通に笑ってて。

「酔ったからって人に叫ぶなんてね。女性には紳士で通したかったんだけど。」

冗談っぽく、ジルは言う。

「いいんじゃないの。私、この国の人じゃないし。」

「女の子はみんな女の子だよ。」

「はいはい。」

「俺がさっき言ったことは、内緒ね?」

「あんなの誰も信じてくれないよ。」

信じてくれないようなことを言ってもしかたがない。

「ありがと。」

ジャックは傍にあった刀身の黒い剣を手に取る。


 そこに。

「何をする気ですか、殿下?」

右側の扉の方から、声がかかる。

そして、タイミング悪く、赤い顔をしたジャックが入って来た。


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