01 日常
4月13日
「なゆー。」
昼休み、私に話しかけてきたのは、友達の吹上れらだった。こいつも私に負けず劣らず変な名前。
ちなみに結構可愛い。ちっちゃくて。
「何?」
購買で買ってきたチュロスをかじりながら答える。
「昨日さぁ、めっちゃ可愛いレギンス売っててぇ。欲しいの二足あったんだけど…金なくてさぁ。ピンクと黒ですっごい迷ったんだよね~。」
「どっちにしたの?」迷いなく黒だろ。
「ピンク。」
「乙女だなぁ。」
そりゃ、れらだったら似合うだろうさ。
「れらねー、黒なゆにあげようと思ったんだけどー。」
「金なかったんだろ?今聞いたよ。」
「あははー。それもあるんだけどねー。
そういえばなゆってスカートとかあんま履かないなー、と思って。」
やめたんだよね、と微笑むれら。
微笑むれらって新らしい語尾みたいだな。
「履いてんじゃん。」
現在進行形で。
「制服じゃん!違くて、私服で!」
「あー…。」
スカート…持ってたっけ?兄貴にきもいって言われてから履いてない気がするなぁ。今思い出してもムカつく奴だよね、兄貴って。
スカートは、走る時にめくれるし、落ち着かない。私が帰りの電車に駆け込みしてる時にどんだけハゲおやじを敵に回していることか。ジャージなめんな。
「その下ジャーもどうかと思うよ?」
「何で。」
「女の子らしくない。」
「よく言われる。」
「もったいない。」
「それは言われないなぁ。」
下ジャーあったかいんだけどねえ。落ち着くし。
むう、と膨れるれらは可愛いとは思うけど私の心を痛ませるにはまだ足りない。
れらは、可愛い顔してるくせにご飯を食べるのがめっちゃ早かったりする。
だから既に、くっつけている机の上にれらの弁当箱は置かれていない。私も体育会系なので早い方なのだが、れらはそれ以上。まぁれらも一応運動部だけど。
なんだっけ?バレー部?背ぇちっちゃいのにえらいね。
「れらー、保健委員特別会議だってさー。」
教室の後ろのドアから、にゅっと背の高い少女が入って来た。
「お、なゆ良いの食べてんじゃん。一口ちょーだい。」
隣のクラスの山田巡。モデルばりの美少女である。性格もさっぱりしていて、同じクラスにはなったことないけど気が合う。同じ陸上部っていうのもあるか。巡は長距離だからあんま接触はないけど。
巡は私のチュロスを、一口で全て食べた。半分くらい残ってたのに。
「一口に気を遣わない奴はがめつい奴だと相場は決まっている。」
「うま。あたしもチュロス買って来よう。」
「私に一本。」
「覚えてたらね。」
「おめえ買ってくる気ねえだろ。」
あははと、憎たらしい笑みを浮かべる巡。れらを見習え。こいつはこんなにも可愛いぞ。わしゃわしゃ。
「わぁお。なゆに撫でられたぁ。」
「んじゃ、いってらっしゃいな。」
「はあい!」
元気なお返事よく出来ました。
「私には?」
「じゃあね。」
「地味に傷つく。」
巡は苦笑してから「分かったよ、チュロスね」と言って、れらを連れて出て行った。
はぁ…私のチュロス…。
「せんぱーい!」
「不合格。」
「何がっすか。」
「せんぱーい(↑)じゃなくて、せんぱーい(↓)の方が良い。」
「なんか気持ち悪いですよ。」
「よう言われる。」
放課後の部活。小走りで駆け寄ってきたちっさい上南を正面から抱きしめてうざがられる。
いつものことです。
いやぁ、しかし可愛いなぁ。こいつにせんぱーい(↓)なんて呼ばれたら返事しちゃうよ。
「何、どうした。」
「いや、今日のメニューを…ちょ、撫でないで下さい!」
「お前シャンプー何使ってんの。」
香り過ぎじゃね?
「いや…ちょ、なゆ先輩、うざいっす。」
「知ってるっす。」
「はい、メニューです。」
カミナが私の手を払いながら今日の練習内容が書かれたルーズリーフを渡してくる。いやぁ可愛いなぁ。ひょっとしたらハムスターよりも可愛いぞ。ハムスターとか実物見たことないけど。
ジャージの裾を直しながら、カミナはむすっとして「早く練習はじめますよ!」とかごろ寝している猫のくしゃみ並の可愛さを発揮してきた。可愛いわぁ。陸部入って良かったわぁ。
れらとは違う可愛さがあるね。まあジャンルが違うから比べたりはできないけど。
んで、部活動をいつものように終えて、途中まで友達と普通に帰宅を果たした。
「ただいまー。」
「おかえりー。」
兄貴が玄関に座ってた。
「…何してんの。」
「気分。」
…変な人。
そういえば巡、チュロス持ってこなかったな…あの野郎。
「兄貴、何やってんの。」
「何も。」
後ろをむいて、背を丸める兄貴の手元を覗きこむ。
「…エロ本は玄関で読むもんじゃねえぞ?」
「ちげえよ!」
「…ねこ?」
よく見ると、兄貴の腕の中には茶色いぶちのネコが抱かれていた。
「こねこじゃん。拾ったん?」
兄貴はバレター!みたいな顔で答えない。笑うけど馬鹿にしないって。
「…庭にいた。」
「ふうん?」
可愛いなぁ。こねことか。カミナと同じくらい可愛いじゃん。てか隠さなくてもいいのに。
しかし、あの兄貴が猫とかうける。
「だから見せたくなかったのに。」
私が声を押し殺しながら笑いまくる姿を悔しそうに見つめる兄貴がなんだか可愛らしく見えた。
さて、トイレ。
先程から密かに催していた。
私は学校のトイレが死ぬほど嫌いだから、家に帰るまでトイレには行かない。
学校のトイレだけじゃなくて、家のトイレ以外は全部無理。
潔癖症とか、そういうんじゃないんだけど…。まぁこの話は少し下品なので置いとこう。
トイレは、使用中だった。
「……。」
小さく舌打ちして、
「誰系?」
と呼びかける。
「お母さん系ー!ごめんね、出るわ。」
また雑誌読んでたろ、こいつ。自室にすんなよ。
扉が重々しい音をたてる。
私は少し避けてお母さんが出てくるのを待つ。
「相変わらずたてつけ悪いわねー。」
お母さんはそう言いながら、雑誌を片手に出てきた。
「直さないとね。」
私は言って、入れ替わりに狭い空間に閉じ込められに行った。
閉じにくい扉を閉じて、鍵をかけようとした瞬間。
……は?
バッキィ…いってもうた。
ドアノブが、ポッキリ折れて、役目をなし終えた。
私を残して。
おい。おいおい。待てや。
え?出れなくね?これ。
捻んないと出れないんだよ?ウチのトイレ。
ぶ…無様だ。
「ちょお、ちょお誰か!」
…返事はない。
え、何で?
壁に耳を当ててみると、
『わっわっ!母ちゃんヤバい!漏らした漏らした!』
『あらあら…雑巾雑巾…。』
こ…この野郎…ねこちゃんめ…!
ひとまず騒動が収まるまで待っていようかと、溜息をついた瞬間。
トイレの水が流れた。
いや、水洗トイレだから水は流れるんだけど…このウチのトイレの水洗は手動で…。
私はその働きになんの助力もしていない。
気持ち悪!
とか、思っていたら。
いきなり風が吹いてきて…。え、風?
てゆうか…。
え、どこ此処?