17 成年と未成年
あけましておめでとうございます!
この作品をここまで読んで下さった方、本当にありがとうございます!
長期連載の予定ですので、これからもよろしくお願いします!
ぐだることも多いと思いますが、今年もよろしくお願いします。
館の中はすごく広くて、回るのだけで結構時間がかかった。
それでも、見ているだけで面白いものだ。
暖炉のある部屋や、屋根裏部屋、図書館みたいな書庫に、グランドピアノが置かれたホール。
どれもこれもびっくりするくらいのスケールで、思わず大きなふかふかベットとかで飛び跳ねてしまった。
ジャックは私の隣を歩きながら、常に辺りを慎重に警戒していた。
自分では周りに気付かれないようにしているようだけど、ぴりぴりとした緊張がダイレクトに伝わってくるので、まるで意味ないことのように思われる。
まあ、警戒する気持ちもよく分かるけど。
同じく白い少女も私とジャックに注意をはらい続けていた。
素人の私でも分かるくらい、立ち姿に、歩き姿に隙が無い。
こんなに小さいのに王子の側近をしているというのも頷けた。
「そういえば、名前は?」
私は会ってから一言も声を発していない少女に訊いてみる。
少女は私にまっすぐ視線を返してくれるものの、質問には答えない。
「彼女は、デコットといいます。こう見えて優秀でしてね。わたしの従者の中では1,2を争うほどの実力の持ち主ですよ。」
ジルが、答えない少女の代わりに私の質問に返答した。
少女―――デコットはいかにも形だけ、といった風に軽いお辞儀をした。
これほど美しい少女が、無表情でいるというのは勿体ない気がする。
笑顔が見てみたいものだ。きっと映えるに違いないのに。
艶やかに、艶やかな純白の髪。
白の。
白―――天使。
生きた殺戮兵器。
ヴァシュカの言葉が思い出された。
一目見た時から、疑問に思っていた。
青の国セノルーンの人間であるジャックやソラリスたちの青い髪。
銀の国ログダリアの血を受け継いだジルの銀の髪。
それぞれ髪の色、もしくは目の色にその国の特徴が出ていた。
それではデコットは?
紫の瞳に白の髪。
紫。
白。
白の国。ライトフェザー。
天使の国。
まさかとは思うが、デコットは。
しかし、今は訊くべきときではない気がする。
私はデコットに軽く笑いかけて、視線を外す。
そこで、ジルが手を叩いた。
「大体見て回りましたね。どうでしたか、ナユ殿。」
「うん。楽しかったよ、ありがとう。」
私は廊下をジルの後に進み、壁に掛けられた絵画等を眺めながら答える。
「ではそろそろ、食事に致しましょうか。」
ジルはにっこりと微笑んで、背後のデコットに厨房への伝言を頼む。
デコットはこくりと頷いて、音も立てずに走り去って行った。
それから私たちは、最初に入った食堂までやってきた。
長い机の端に、私とジルが向き合うようにして座る。
そして、私の隣にジャックが腰掛ける。
メイドさんたちや、従者の男とデコットは壁に沿って立ったまま。
長机を使っているのは私たち三人だけ。
なんだかもったいない気さえしてくる。
ナプキンをかけて、机の上に目を向ける。目の前に置かれたいくつかのナイフやフォーク、スプーンが不安を誘った。
私の家は普通の家庭だったので、マナーなんぞ分からないのだが。
そんな私の緊張を察したのか、
「ナユ、あんまり深く考えなくていいんだよ。」
ジャックがそう言って、食器の使い方を軽く教えてくれる。ありがたい。
「ナユ殿、ワインはお飲みになられますか?」
いきなり、ジルがそんなことを言ってきた。
ジルの背後には、ワインの瓶を大切そうに抱えた執事っぽい人がいつの間にやら控えている。
勿論、ワインなんて飲んだことがない。
「未成年だから…、飲まない。」
ワインなんて未知の世界すぎる。
飲んでみたい気持ちもないではないのだけど…、昔お母さんに「ワインを飲むのは働いて一円の重さを知ってからよ!」って言われたからなぁ。
ジルは、そうですかと頷いて、私の隣のジャックに微笑みかける。
「ジャック、君は飲みますね?」
ジャックも未成年なのでは?
「いや…この国は16から成人なんだよ。」
へえ、じゃあ私もこの国では未成年じゃないんだ。
私の疑問に答えながら、渋い顔をするジャック。
視線はジルの指し示すワインに。
引きつった笑みを浮かべて、明らかにワインに苦手意識があることがうかがえる。
うちのお父さんもワインが苦手な人だったので、何もおかしくはないと思うのだけれど。
「あれ。お酒は飲めないんですっけ?」
ジルの微笑みに、ジャックは引きつった笑いを返す。
「い、いいえぇ、大丈夫ですよ。いただきます。」
ジャックの返事にジルは満足したように笑うと、執事らしき人にジャックにワインをささげるように言う。
グラスに注がれていくワインを苦々しい表情で見るジャック。
そんなに嫌なら断ればいいのに?
私のグラスにはオレンジジュースが注がれ、それを見たジルが自分のワインの入ったグラスを掲げる。
私とジャックもそれに続き、礼と共に一口飲んだ。
普通のオレンジジュースだけれど、なかなか美味しい。
濃くて。
グラスを置いて、目の前に置かれた高級料理にわくわくしながらジャックをみると。
グラスを持ったまま机に突っ伏していた。
「え、えええ!?」
私は驚いてジャックの肩を揺するも、反応は返ってこない。
「あははは。」
ジルがおかしそうに笑う。
「え、なんか入れた?」
私の問いに、ジルはくつくつと笑いながら首を横に振る。
「いや…、ジャックは昔からお酒に弱いんですよ。一口でも飲むと、そうなります。ちょっとしたいたずらのつもりだったんですがね。」
手をひらひらと振って、悪気が無かったことを主張する。
「いや、絶対嘘でしょ…。」
「あはは、流石に分かります?」
ジルはにこ、と深みのある笑みを浮かべる。
ワインのグラスをくるくると回して、もう一度口に含む。
「セノルーンでは、お酒が飲めることは大人の証なんです。ジャックはもう成人しているのでね、お酒が飲めないことは彼にとって恥ずべきことなのでしょう。」
「それで、ジャックが飲んでこうなるってわかってて勧めたんだね。」
「はい。すみません。」
ジルは素直に認めて、ワインのグラスを置く。
何のために。
…それはもう、分かりきっている。
「ナユ殿と二人で話すために、ですね。そう構えなくても良いですから。」
ジルはそう言ってくすりと笑った。