15 ジル
日が真上に近い辺りまで昇ってくると、ジャックは寝息をたて始めてしまった。
それに気付いて、ヴァシュカと顔を見合わせて微笑んだ。
夜に寝ていないのだからそりゃあ眠いよな。
私はジャックの寝室から毛布を取って来て、椅子ですやすやと眠るジャックにかけてあげた。
ジャックは痩せてるから、やろうと思えばお姫様だっこで部屋まで連れていけると思うんだけど、それだと多分起きてしまうので。ジャックが自分から起きてベットに向かうまではこのままにしておこう。
ヴァシュカはそれを見届けると「じゃあ俺も失礼する。」と笑って、マントを羽織る。
「ごちそうさま。」
そう言うと玄関に向かう。
私も外まで見送ろうとついて行く。
扉を開けて外に出ると、ヴァシュカがくるりと振り返った。
「今日は楽しい話をありがとう。俺もこんな妹がいたら楽しかっただろうな、と思ったよ。」
そう言ってにっこり笑うと、私の頭を優しく撫でた。
私は少し照れくさくなって、曖昧に笑う。
そんなこと言われたことないから、すごい嬉しい。
私のお姉さまになって!とか言われたことはあるけど…。
ヴァシュカがロッティを撫でて、軽やかに跨るのを見届けて。
「何見てんじゃオラ、小娘コラ、ご主人はあたいのもんじゃオラ、ヒヒーン」みたいな顔で睨んでくるロッティに苦笑いする。
手綱を器用に操って、ロッティを反転させるヴァシュカにじゃあね、と手を振る。
ヴァシュカは振り返らずに、片手を軽く上げて蹄の音と共に遠のいていった。
かっこいいなぁ。
家に戻ると、ソラリスが椅子に座っていた。
「おはよう。」
と声をかけると。
「あっ、おはよう!おねえちゃん!」
安心したような顔を浮かべるソラリス。
そのまま私に抱きついてくる。
「な、なに?」
どうした?って訊いてみると。
なんでも、朝起きたら私がいなくてものすごく慌てたらしく、キッチンに来てみても誰もいなかったから私がいなくなってしまったと思ったらしい。
元の世界に帰ってしまったのではないかと。
それは悪いことをしたねえ、と頭を撫でると、ソラリスは柔らかく微笑んで私から離れた。
「おにいちゃん寝ちゃったんだね。」
ソラリスは椅子に座り直して言う。
「うん。疲れてたんじゃないの。」
「多分そろそろ起きるよ。」
ソラリスはぐてー、と机に突っ伏して言う。
え?さっき寝たばっかなのに?
どういうことか訊こうとしてジャックに顔を向けると、
「うわっ!」
「わあ!?」
いきなり飛び上がるようにして起き上がった。
同時に椅子を倒して、がったーん!うわぁ!きゃあ!ごめん!みたいになる。
「ごっ、ごめん!寝ちゃった…っ!あ、と。朝ごはん作らないと…。」
慌てて髪をくしゃくしゃやって椅子を元に戻す。
すごいびっくりした。
もう昼食の時間帯だけど、朝食の用意をし始めたジャック。
「なんでわかんの…?」
私はソラリスに目を向ける。
ソラリスは机の上に残っていたマグカップをいじくりながら、
「おにいちゃんのことは大抵分かるよー。」
とか適当に答えた。
そういうものか?私兄貴の行動とか全然分かんないのだけれども。
二人の仲の良さを痛感させられた。
朝食(昼食)を済ませると、ジャックは一休みすると自室に戻っていった。
私はソラリスとキッチンで絵本を読んだり、ソラリスの髪を結ったりしていた。
絵本は有名な白雪姫とかシンデレラみたいなのもあるにはあるけれど、どちらかというと「魔法が使えなくなってしまったら」という感じのお話が多かった。
確かに、普段から魔法を使える人からしてみればそういう話の方がわくわくするのかもしれない。
まあ全部が全部そういうものじゃないのだけども。
すごく強い大賢者のお話とか、小人のお姫様の話しとかは絵本が無いのでソラリスに語ってもらった。
その間にソラリスの美しい蒼い髪を三つ編みにしたりツインテールにしたりして遊んでいた。
さらっさらで、一本一本から光があふれているような綺麗な髪は触るとひんやりしていて、いじるのがすごく楽しい。
「ソラリスは肌も白いし、髪も綺麗で顔も可愛いから、将来はきっとモテるね。」
ってソラリスに言ったら、嬉しそうに笑った。
その姿がもう可愛くて、思わずぎゅーっと抱きしめてしまった。
そんなことを3,40分くらいしてると、ジャックが起きてきた。
うるさかったかな?と思ったら、ソラリスが「おにいちゃんはいつもこんな感じだよ。」と言ってきた。
え、いつもそんなちょっとしか寝てないの。
「え、あー…。でも、仮眠時間あるからね。」
ジャックは微笑んでそう言った。
仮眠て。そんなちょっとしか寝てないんだなぁ。
「でも夕方仕事に行く前とか、ちょくちょく寝てるんだよ。」
そう言うジャックをみて、大変なんだな…としみじみ思った。
それから今度はジャックも混ぜて、私のいた世界の童話を聞かせてあげた。
人魚姫の話しでは「え、そっちの世界に人魚いないの?」と驚かれて驚愕した。え、いるの?!
「姿はめったに現さないけど、いるよ。僕の知り合いにも二人いるね。」
ジャックがそんなことを言う。
人魚の知り合い…。
想像すればすさまじい話だ。
そこに。ノックの音が響く。
ジャックが立ち上がって玄関へ向かう。
玄関といってもキッチンと玄関の間には太い柱が一本あるだけで、ここからでも玄関の様子がうかがえる。
「はい?」
扉を開けたジャックは、客人を見て目を見開いた。
「ジル…様?」
ジル?
お客さんは、背の高い美青年だった。
銀の短髪に、透き通るような青い瞳。
纏っている空気が他の人と違う感じ。
後ろに可愛らしい少女と体格の良い男が立っているのが見える。
純白のさらさらした髪と、紫色の瞳をした少女。
真っ青な髪と瞳を持った、顎にひげを蓄えた男。
その三人。
ジルというのは、あの美青年のことだろう。
ジルはジャックに微笑みかけて、私に目を向けた。
「昨日、ルマーレに出ていた部下から、黒髪の勇敢な女性の話を聞いてね。
どうやらその方はジャック、君の妹であるソラリス殿と一緒にいらしたらしく。
それでこうして訪ねたわけだが、あの話は真実のようだね。」
ジルの言葉に、ジャックは慌てて私に目を向ける。
その顔には焦りが見えた。
私は立ち上がって玄関へ向かう。
「…っ。」
ジャックは何か言おうとするが、言葉が見つからなかったらしく、下唇を噛んで押し黙った。
「えーっと。」
私はジルを正面にして、それから言葉を探す。
「ひとまず…どちらさまで?」
とりあえず何者なのか、それが知りたい。
ジルは微笑んで、軽く頭を下げる。
銀色の髪が、光に反射してきらきらと眩しい。
「失礼。わたしはセノルーン公国第二王子、ジル・D・ローレヴァンツと申す者です。」
彼はそう言って、顔をあげると私の手をとった。
王子…。
前に、ヴァシュカが言っていたことを思い出す。
黒目、黒髪。その私に、彼は何の用だろう。
「黒き御髪を携えた姫君がこちらにいらっしゃると伺いましたので、足を運ばせて頂いた所存です。」
丁寧にそう言って、片膝をつく。
「想像以上に美しいお方だ。是非ともお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
透き通るような青い瞳は、私を真っ直ぐに見詰めている。
この国には色男しかいないのではないかと疑ってしまうくらいに、彼も格好良い。
「あー、えっと。ごめん。名前聞き取れなかった。もう一回。」
ジルは私の言葉にきょとんと目を丸くして、それからくすりと笑う。
背後からジャックの笑い声が微かに聞こえた。
「ジル、で良いですよ。して、貴殿のお名前は?」
「あ。七夕、です。」
私は名前をきちんと聞き取らなかった罪悪感を感じながら名乗る。
「ナユウ様ですか。」
「あっ、ナユでいいよ。」
私のことをナユウと呼ぶ人はほとんどいないし。
本当、なんなの。なゆーって…。
「でしたら、そのように御呼びしましょう。ナユ殿。」
ジルはそう言って艶やかに笑った。
その笑みが妙に色っぽくて、かっこいいなぁ…と見惚れてしまった。
「ちっ…。」
気のせいか、どこかからか舌打ちが聞こえたような…。
私の肩に、手が置かれる。
背後に立っていたジャックが、私を支えるように肩に手を添えていた。
「んで、今日はどのようなご用件で?」
ジャックはジルを見下ろして、言う。
ジルは軽くジャックを人睨みすると、すっと立ち上がった。
「本日は、ナユ様を食事に誘いに来たのです。今晩、是非ご一緒してください。」
「お断りします。」
「君には訊いていないよ、ジャック。」
ジャックとジルはどちらも劣ることのない美しい笑みで話す。
美青年二人に、何故か挟まれて会話されている私からすれば居心地がわるい。
「ジル殿下。ナユは今晩わたし共と夕食を共にする予定なのです。」
「そうか、それではキャンセルして頂こう。」
にっこりと微笑んではいるものの、険悪なムードは増していくばかり。
何、この二人仲悪いの?
何だか長くなりそうだったので、
「じゃあ、三人で食べようか!」
なんて言ってみたら、ジャックの笑顔が引きつったのが分かった。
今回は二話に分けることができず、大分長くなってしまいましたが、
さらっと読んでもらって大丈夫です!
そして、新キャラを登場させてみました。
第二王子ジルくんです。よろしくしてやってください!