14 談話
「へえ。そんなことがあったの。だから警備隊とかが慌ただしかったんだねー。」
ジャックはポトフをゆっくりと器の中でかき混ぜながら言う。
帰って来てからすぐに、ソラリスは今日あったことを夕飯の支度を終えていたジャックに語りまくったのだ。
ジャックは感心したように笑って、それから手を止めた。
「ごめんね、僕のせいで。」
申し訳なさそうにするジャック。
「言っておくけど。」
私は嘆息して、スプーンでジャックを指す。
「あれがジャックの所為だって言うなら、捕まりかけたソラリスの所為でもあったし、気の荒い私の所為でもあるから。」
私の言葉に、いきなり名前を出されたソラリスはびくりと肩を揺らす。
「もちろん、ソラリスの所為なんかでは絶対にないし。ソラリスの所為じゃないんだから、ジャックの所為とかでもないんだよ。」
自分でも若干言ってることがめちゃくちゃだなぁ、と思っていた。
でも、本当に。あの場にいなかったジャックの所為になんてできるもんか。
ソラリスは私の言葉に、にこりと笑って頷く。
「そうかもね。ありがとう。」
ジャックもにっこりと笑う。相変わらずイケメンである。
「まぁ、私の所為ではあるかもしれないけど。」
私は今日のことを思い浮かべながら苦笑する。
「まさか。それこそ馬鹿な話さ。ナユはまたソラリスを助けてくれただろう?」
「うん!かっこよかった、おねえちゃん!」
ありがと、と素直に礼を言ってくるこの兄妹を見るとなんだか、ひねくれてる私は少しくすぐったさを感じる。
それから夕飯を食べ終えた私たちはこの世界と私のいた世界の話をお互いにしあって盛り上がった。
知らない世界というのは面白いもので。
私のいた世界と似ているところもあれば、全然違うところもある。
夢みたいな世界だな、と思った。
もしかしたら私のみている夢なんじゃないかな、とか思ったけど、こんなに食べ物がおいしい世界が夢なわけない。
それからソラリスと一緒にベットに入って、意識を閉ざした。
長かった一日が終わる。
― 二日目終了 ―
翌日。目が覚めると、玄関から人の気配がした。
気になって見に行ってみようと、ベットから降りる。
眠っているソラリスをそっと撫でて、部屋を出る。
もう日は昇っていて、部屋の中は十分に明るい。
部屋を出ると、帰って来たらしいジャックと、何故か一緒に入って来たヴァシュカに会った。
「あれ、どうしたの。ヴァシュカ?」
私に気付いたヴァシュカは微笑んで、羽織っていたマントを脱ぐ。
「ああ、お茶に誘われてな。」
「仕事?」
私の質問に、ジャックはそうだよ、と答えながらポットでお湯を沸かし始める。
魔法で出来ているらしい鍋置きみたいなやつに乗せるだけでお湯が沸くらしい。
不思議だ。それ自体は全然熱くないんだけどなぁ。
「こんな時間までお仕事してるんだね。」
「最近ちょっと治安が悪いからね。人手も足りないし。」
「ふぅん。大変そうだね。」
私はヴァシュカが椅子に座ったのをみて、向かいに座る。
ナユも飲む?と聞かれたので、お願いした。
「お仕事、手伝おうか?」
と言ったら、
「そこまで心強い言葉はないな。」
ヴァシュカに笑って返された。
「女の子に危険なことはさせられないよ。」
ジャックは良い香りのする温かいお茶を差し出しながら苦笑した。
ヴァシュカも、ジャックからお茶を受け取りながら気持ちだけ貰っておこう、と笑った。
そういえば、少し気になっていたことがある。
「ジャックとヴァシュカって、仲良いんだね。」
私がそういうと、二人は同時に微笑んだ。
「そうだね。ヴァシュカにはちっさいころからお世話になってるからね。」
「俺もだ。ジャックは付き合いが結構長いな。」
本当に仲が良いんだなー。
「そういえば、二人はいくつなの?」
以前から気になっていたけれど。
「19」
ジャック。
「24」
ヴァシュカ。
「…大人だね…。」
「そうか?」
分かってはいたけれど、年上さんでした。
それから、三人でお茶を飲みながらしばらく話した。
二人とも落ち着いている人だから、大人っぽさがすごく感じられる。
クラスの男子と比べてみると、余計にそう思う。
あいつらも数年したらこういう感じになってくれるのだろうか。
…ないだろうなぁ。
「ねえ、ナユの家族はどういう人たちなの?」
ジャックが、マグカップの中から私に視線を移して訊いてきた。
「そういえば、訊いたことがないな。そっちの話しは。」
ヴァシュカも興味深そうに言う。
「んー。別に…。普通の人だよ。」
私はマグカップを持ち上げて短く答える。
「訊かれるの嫌な話だった?」
私のそっけない態度を勘違いしたのか、ジャックが申し訳なさそうに言ってくる。
「いやいや、全然。ただ、本当にふっつーなんだよね。どんな人って訊かれても…。ありきたりな一般家庭を思い浮かべて、って感じなの。」
「ほう。父母と暮らしているのか?」
「ん?…いや。」
私は頭の隅に浮かんだアホ面を思い浮かべて、若干言葉を濁す。
私の反応に何かを悟ったらしいジャックが、
「兄妹とかいるんだ?」
と、微笑んで言ってきた。
「まぁ…兄貴が、ねえ。」
「へえ、兄か。ジャックと同じだな。」
ヴァシュカがそんなことを言う。
「まさか。全然そんなことないよ。兄貴がジャックみたいな人だったら私はもっと可愛く育ってたね。きっと。」
幼い頃に兄貴を殴ったり蹴ったりした記憶が思い起こされる。
ん。思い出してみると私の気性が荒いだけで、兄貴の影響はなんら受けていない気もする。
まあいいや。言わないでおこう。
ジャックとヴァシュカは私の話しの何が面白かったのか、すごい笑顔だ。
なんか馬鹿にされてる感じがする。
「兄のことを好いているのだな。」
ヴァシュカがさらりとそんなことを言い放つ。
はああ!?いやいや。まさか。嫌いじゃないけど好きじゃないよ。あんなの。
「でも良い人なんでしょう?」
ジャックの言葉に、玄関で子猫と戯れていた兄貴を思い出した。
私はまさか、と苦笑してお茶を飲み干す。
甘く温かいお茶は、私の頬を火照らせていた。