13 英雄
「お前、ジャックの妹だな?」
その言葉で、私はこいつが敵だと分かった。
ソラリスの手を引いて、掴みかかろうとしてきた男から引きはがす。
「んだ…、てめぇ…!」
睨みつけてくる男を睨み返す。
周りの人たちは私たちから距離を置きながら心配そうにこちらを見詰めてくる。
「随分乱暴なことすんだね。今更ボクはロリコンなんですとか言っても信憑性ないよ?」
「ああ?」
私の言葉に、男は苛立ちをあらわにする。
短気すぎるだろ。そう思いながら、体格のいい男を睨む。
決して目をはなさないで、足に力を込めた。
「見つけたか。」
後ろから、4人の赤髪の男がやって来た。
ちっ。めんどくさい。
「その子供をよこせ!」
叫んで、飛びかかってくる男を避ける。
どこに?
上に。
私は力強く大地を蹴って飛び上がった。
「きゃあ、あ!」
悲鳴をあげるソラリスをしっかりと抱きしめる。
「ごめん、捕まってて。」
私の言葉にソラリスは顔から恐怖の色を消してこくりと頷く。
正直、自分でもここまで飛べるとは思わなかった。
この間の逃避行で自分でも驚くほど速く走れた足だからひょっとしたら、と思っただけである。
上昇は10メートルあたりで停止して、ゆっくりと降下する。
私は片手でソラリスを抱いて、もう片手で靴を脱ぐ。
持ってて、とソラリスに靴を渡し、スカートの裾を気にしながら意識を足元に向ける。
飛び上がった私の姿にぽかんと口を開けている五人の男の一人の顔に着地して、ふぎゅるっ、とか言ってる足元の男を押し倒す。
仲間の一人が柔らかい地面に半身を埋めたのを見た男たちは我に返ったように懐からナイフや鞭を取り出した。
そんな男たちの中で、一番近かった者の腹部を、思い切り蹴り飛ばす。
男は仲良子よしさせていた地と足を引きはがし、肉屋の屋台に背中からぶつかっていく。
そこでやっと現状の危険性を察知した馬鹿な男たちがまとめて襲いかかってくる。
前からナイフを突き出してきたひょろひょろした男の攻撃をしゃがんでかわし、後ろから殴りかかってきた体格の良い男とお見合いをさせる。
ひょろ男の突き出したナイフはこぶしにはじかれ、そのままくるくると回転して飛んでいく。
体格の良い男は慌てながらも勢いを殺しきれずにひょろ男を殴り飛ばした。
ソラリスから手を放し、仲間を殴って動揺した男の腕を掴んで、倒れた男の後ろから奇襲を仕掛けてきた男めがけて背負い投げをする。
体勢を崩していた男はいともたやすく投げられ。
鞭を振りかざしていた男は前の男に隠されていた視界からいきなり大男が降ってくる形になったので、対処の仕様もなく。自分に影を落とす大男を絶望的な表情で見上げていた。
どすん、と大きな音がして、二人まとめて倒れ込む。
頭を押さえながら真っ赤にした顔をあげる大男に、ソラリスを抱え直して駆け寄る。慌てて腰をあげようとした男の顎を吹き飛ばす勢いで蹴り飛ばした。
男はたまらず意識を飛ばす。
今日はなんだかいろんなものが飛んでいくなぁ、とか愉快に思った。
ふう、と緊張をといて、いつの間にか落としていたらしい帽子を慌てて拾ってかぶり直す。
髪を掻き上げて帽子の中に隠すも、もう遅いだろう。
やっちまったー、とか思いながら。伸びている男たち5人を見る。
あ。肉屋。
くるりと肉屋の屋台い向き直る。
「あー。ごめんなさい、お店。」
ビックリしたように、へたり込んでいるぽっちゃりしたおじさんにそう言うと、おじさんはにっこりと笑顔を浮かべた。
え?
「いやぁ、お嬢ちゃんすごいねえ!かっこよかったよ!」
おじさんは立ち上がりながらにこにこと微笑む。
「店のことは気にしないでくれ!あそこまでやっつけてくれるなんてなぁ!すっきりしたよ。いつも困っていたんだ。ジャックくんは駆けつけてこれるほど暇じゃないからね、耐えるしかなかったんだけど。」
いやぁ、感動した!と笑いながらこちらへ歩み寄って言うおじさん。なんか感謝されてるっぽい?
わぁあああ、と辺りから拍手喝采雨嵐。
おお、ヒーローみたいな状況になってる。
「いや、ソラリスを守ろうとしただけで…。」
ソラリスに目を向けると、涙目でぷるぷるしてた。
「わぁ!ごめん、怖かった?」
「んーん。だいじょぶ…。」
私はソラリスの背中をぽんぽんしながら、周りに集まってくる人たちに戸惑っていた。
市場にいた男の人たちは気絶した男たちを協力してがはがは笑いながら縛り上げる。
「お姉ちゃんすごいねえ!おばちゃんもう笑いが止まんないよ!赤の野郎どもは…、本当にもう…。」
「お嬢ちゃん俺の店の魚持っていきな!」
「もっと顔をよく見せとくれよ!」
とか言われてぎゅうぎゅう詰め寄ってくる人たちにたじたじになる。
「もう、狭いよ!おばちゃんたち、落ち着いて!離れて!」
ソラリスが大声で言う。
耳がキーンとする。いきなり耳元で叫ばないで…。
不意打ちを食らった形でくらくらする頭を押さえて、ソラリスの言葉で若干離れたおじさんおばさんたちに苦笑する。
ソラリスをそっとおろして、靴を受け取る。
足が汚れたので、帰るまではこのままでいよう。
目立ってしまったけれど、みんな避難して離れたところにいたということと、動きの速さと砂埃で私の顔はあまり見えなかったらしいので、なんか髪のことは意外と平気そうだ。
「おねえちゃんはわたしを二回も助けてくれたんだよ。」
何故か誇らしげなソラリスがにこにこしながらおばちゃんたちと会話していた。
「おねえちゃんはすごく足が速いんだ!」
「ソラリスちゃんの知り合いかい?」
「うん、昨日からウチに住んでるの。」
「へえ!今度ウチの野菜持ってったげるねえ。」
「ありがとう!」
みたいな会話。
結局、帰ったのは日が暮れる頃になってしまった。
帰り道、手をつないで帰る私とソラリスの反対の手には、果物やお肉がたくさん入った紙袋が抱えられていた。