12 スイカとソブマ
幸せを願う蒼の炎で、仲間を弔った。
蒼い花がゆらりゆらりとかぜに弄ばれながら、さらさらと音をたてた。
悲しみが包む静かなその場所は、そこだけ時間が止まっているような感覚がした。
蒼の炎が全てを焼き尽くして、私たちは一人の仲間を見送った。
あの美しい炎は、棺と共に姿を消した。
後でヴァシュカが教えてくれたけど、蒼の炎で弔った者の魂は風に運ばれて墓に眠るのだと言い伝えられているそうだ。
クルネルとの別れを終えたら、その後は宴だった。
その後はみんなが笑顔で、悲しみなんて吹き飛んでしまうようだった。
盛り上がって、いろいろな物を食べて、お酒を飲んで、騒いで。
私も何度もお酒を勧められた。未成年です。
その宴は、昼を過ぎてもしばらく続くことになった。
その日の午後は、ソラリスの案内で街を回った。
制服に着替え直して、帽子を目深にかぶる。
物知りなフォンさんとやらに会いに行くのは明日とかにしようと思う。
ヴァシュカの話しだと、フォンさんは夜のごくわずかな時間しか起きていないらしい。
それも噂らしいけど。
聴いてはいたことだけれど。フォンさんに会うのは想像以上に難しいらしい。支部長さんの紹介状ごときで会ってもらえるものじゃないという話し。
何でも、国王や王子ですらなかなか会うことはできないそうだ。
昼間に窓から光が見えることもしばしばあって、その時をねらって訪ねに行く者も多いのだそうだけれど、反応が返ってくることはまずない、と。
まぁ二十年誰とも会ってないんだもんねえ…。
どうやって暮らしてんのか知らないけど。
「じゃあ、会えないかもしれないねー。」
と、ヴァシュカに言ったら。
「好奇心だけで生きているような人だから、興味をもってくれる可能性はあるかもしれない。」
と、返された。
まあ、とにかく。
今日はゆっくりと眠りたいので、明日だ。
よくよく考えてみると、学校がないので起きる時間が縛られてないのだ。
なんと快適な生活だろうか。
だからといって、このままここに住むのかと問われれば、答えはやっぱり決まっているけれど。
「おねえちゃん、ここがルマーレ市場だよ!」
ソラリスに連れられてきたのは、人がにぎわう市場だった。
私は市場なんて行ったことがなかったので、少し新鮮だった。
スーパーとかコンビニのないこの世界では、お肉はお肉の専門店で、雑貨はその種類によって違う店で、生活用魔法道具は魔法用具専門店で、という風にすべてがバラバラに売っている。
屋台のような物も多く並んでいて、あらゆる方向から鼻とお腹を刺激する誘惑の香りが漂ってくる。
そんな沢山の食べ物の中には、私のみたことのない食べ物も多くあって。
物珍しく見ていたら、物欲しそうな顔をしていると思われたのか、ソラリスが「何か食べる?」と聴いて来た。
なんだかくいしんぼうみたいだな、と恥ずかしくなりながら丁寧に断った。
そんな中、くだものらしきものを売っている屋台に目がついた。
その中に、スイカによく似た果物がある。
私はソラリスの服の裾を引っ張って、とてとてと先に行こうとする彼女を引きとめた。
「どうしたの、おねえちゃん?」
ソラリスは足を止めて、可愛らしく首をかしげる。
どれくらい可愛いかっていうと、いつの間にかおしるこの中で溺れてたペットのハムスターくらい可愛い。実際にそんな状況にあったら対処できないけど。
「ねえ、あれってスイカ?」
緑地に黒の縞模様が特徴的な無駄にでかいそれを指して言うと、ソラリスは不思議そうな顔ですいか?と反芻した。どうやら違うらしい。
「あれはソブマだよ。すごい甘くい果物だよ。おねえちゃんの世界では、スイカっていうの?」
そぶ…?変な名前だな。
「あー、うん。見た目はスイカなんだけど…。よく夏にスイカ割りっていう遊びをするんだよね…。」
「へぇー。おにいちゃんたちもよく剣技の鍛錬とかで使ってるよー。硬いし大きいから丁度いいんだって。片付けも楽だし。」
ふぅん。なるほどねえ。……ん?片付けが楽?
私がスイカ割りをやった時は、けっこう片付けるのに苦労したものだけど…。
「片付けは難しくない?水っぽいから…。」
「確かに水気は多いけど…、実が硬いからそうでもないよー?」
んん?
何か食い違いがあるぞ?
「ソブマって実が赤くて種が多くて…。」
「ううん。実は白いよ。種も大きいのが一個入ってるだけ!」
あらぁ。
「見た目が一緒でも中身は別物なんだな…。」
「おねえちゃんとこの…すいかは違うの?」
「うん。」
何だか面白いなぁ。
しかし見た目が同じで中身が違うものというのは興味が湧く。
「食べてみる?」
というソラリスの言葉に頷こうとしたとき。
がしゃん、と何かが崩れた音と女性の悲鳴が聞こえてきた。
何事かとソラリスを見ると、ソラリスは眉をひそめていた。
静かに私の手を握る。
どうしたの、と聴くよりも先に。
「おねえちゃん、逃げよう。」
ソラリスはそう言った。
「なに、なんで?」
「あれは、赤の国の奴らだよ。多分だけど…。」
なんだ。
赤い奴はろくでもないな。
「ジャックを出せ!」
半壊した屋台が立たせた砂埃の中から男の叫び声が聞こえてくる。
ジャック…?
「おにいちゃんは、立場上ああいうタチの悪い人によく喧嘩売られるんだ。あのお店の人には悪いけど…、わたしにはどうしようもないから。せめて見つかって人質にされちゃうのを避けなきゃ…。」
ソラリスの言葉からは、悔しそうな色が見えていた。
非力な自分を恨むかのように。私の手を握っていた手にチカラが入る。
そういうことなら、ソラリスを守らなければ。
ソラリスが踵を返すのに合わせて振り返る。
目の前には一人の男が立っていた。
「――――!!!」
息を呑むソラリス。
その男は燃えるような赤い瞳で、ソラリスを見下ろしていた。