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魔術師涼平の明日はどっちだ!  作者: 西門
第八章 魔術師達の闘争
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第88話 お小言と式神治療

 俺がバザール会場に戻った時、犯罪組織の襲撃事件は収束に向かっていた。


「焦げくせえなあ」

 

 遠くから漂う油の燃える匂いに、俺は鼻の頭を軽くつまもうとして止めた。

 その横にはアスレイが目を閉じぐったりと座り込んでいる。首には降伏を意味する痣が刻まれており、勝者の命令なくして動くことは出来ない。また、五感に制限をかけ、なにも分からない状態になっている。


 そんな二人の砂地の足元では転移魔法陣が消えていくところだった。

 決闘による勝負が付いた時点で、俺達は元の場所に再転送されたのだ。


 避難が完了したのか、天幕や通路の近くに人気は無かった。

 それでもバザールの景色を見れば、結果は一目瞭然。

 紅蓮の炎にまかれた地下の大空洞とは異なり、この天幕や建物には被害が皆無だ。


 犯罪組織との戦いは、予想通り魔術師側の勝利だな。

 だからこそ、あんな時にもかかわらず決闘なんてマネをしたんだけどな。


 上空から見れば、ドーナツ菓子に群がった蟻の大群が、殺虫剤で根こそぎにされた姿に似ていただろう。

 中心が崩落したバザール会場の外延部は、犯罪集団の砲撃を受け若干は破壊、焼失していた。

 しかしそれはバザール側にとって予測の内であり、中核部分は防御担当魔術師の防御障壁により無傷。


 攻撃部隊の魔術師や魔法剣士の活躍により、AI搭載の無人戦闘兵器は、目的地にたどり着くことなく黒く燃え尽きて、墜落あるいは擱座していた。


「おかえりなさい」


 ふいに後ろから聞こえた声に振り向くと、どこから現れたのか、師匠がにこやかに俺を見ていた。


「ただいま」


 俺は右手をあげて返事を返すが、その掌には切断された左手を握ったままだ。

 一応コッチの切り口も魔法布で縛ってあるので、血が流れ落ちる事はない。


 まあ、このせいで臭くても鼻をつまめなかったんだよな。

 くすりとしかけて左腕の痛みで顔がゆがみそうになるが、もちろんそぶりは見せない。


「戦闘はバザール側の圧勝です」


 そんな俺を見ても美雨さんは笑みを浮かべたままで、話しかけてくる。


「闇市場の計画通りってわけだ。爺さんは?」


「事後処理と傭兵代の回収にバザールの本部テントへ」

 

 淡々と戦果を報告する美雨さん。そのほんわかとした雰囲気は、とても激しい戦闘後の姿とは思えない。まるで楽しい観劇を堪能したといった風情だ。


「さすがだね」


 俺が大げさに笑いながら爺さんと美雨さんを賞賛すると、彼女は微笑みを深くしながら近寄って来た。

 だがその目に宿る物騒な光に気づき、俺は腕の激痛とは違う理由で顔に汗を浮かべる。

 

「無様ですね」

 

 美雨は笑みを浮かべたまま俺を酷評する。

 頬を引きつらせた俺に「座って下さい」と促し彼女自身も側に跪く。

 止血布を解くと同時に、美雨は魔術によって腕を水の膜で覆うと水を等圧にして出血を防止した。

 俺は右手で持った左手首を斬られた腕の切断面を合わせて、後の治療は美雨に任す。


「油断したよ」


「知ってます」


 こっちの言い訳を斬り捨て、彼女は治癒効果のある泉水の膜で指先から肩までをコーティングしつつ固定する。腕に巻かれたちくわの様な水の直径は三〇センチぐらいだ。

 その魔法水のおかげで痛みが麻痺してきた事に安堵しながら、俺は相槌を打った。


「そりゃ、そうか。アスレイとの戦闘中もペットボトルの水使ってたし」

 

 そんな俺の軽口を無視して、美雨は治療に集中している様だ。傷口に顔を向けたまま、呪文を唱えている。

 いつの間にか腕の水膜の外側に、美雨の眷属である青狐のマキと同僚の式神がへばりつき、四肢や尻尾、ヒゲの動きで会話を交わしつつこちらへ視線を送ってきた。

 

 マキ達の会話を俺なりに推測する事は可能だ。長い付き合いなので、殆ど当たりのはず。

 ちなみに八匹の各コメントを要約するとこんな感じになる。


「また特攻馬鹿の体直すのかよ、マキ」


「うん。いつもいつも美雨様に心配かける困ったさんだね」


「も少し頭を使って戦えと。経験から学べないのかと」


「……いっそ死ねばいいのに」


「ヒーちゃんナイスアイデア。確かに馬鹿は死ななきゃ直らないカラねえ」


「でもそんなの美雨様が許すワケないじゃん」


「ジゴクに落ちても襟首掴んでコッチに引きずり戻されるよ、きっと」


「お馬鹿さんとは大違い。美雨様凛々しくてステキだわあ」


 美雨が仕える主人の俺に対してヒドイ発言だが、この式神は美雨のしもべであって、俺とは契約していないし、忠誠も誓わせていないのでしょうがないのだ。

 現実の耳に聞こえるのは、美雨が小さくつぶやく式神達への指示だけだし、これからも分からなかった振りをしておく。


「マキとジョーは神経系、コトとヒーは骨格、レキとウタは血管と筋肉、レンとサンは造血とバックアップをお願い」


 彼女の簡潔な命令でマキ達は一斉に水の中に潜り、尻尾の先を傷口に滑り込ませる。

 むず痒い様な感覚から、俺は体の中でナノレベルの修復が始まった事を理解した。


「助かったよ、美雨さん。それ……で……」


 先手必勝とばかりにお礼を言う俺に顔を上げた美雨さん。その極低温の瞳が、続けようとした俺の台詞を凍りつかせた。

 だが、彼女は怒っているんじゃない。

 今も眼の奥底に広がる夜の海は、激した感情を黒い底下に沈めているが、鏡の水面ではその残滓が光の粒を弾いている。


 俺は、その瞳に惹きつけられながら、罪悪感で一杯になり謝罪した。


「ごめん。心配かけた」


 美雨は、しばらく俺の顔をみつめ、ほうっとため息をつく。


「主がトリ頭なのは、いつもどおりですから」

  

 それでこの話はおしまい……かどうかは分からないが、美雨は話題を変えてくれた。


「でも、八大龍王を呼び出すとは思いませんでした」


「時間なかったしな」


 俺はアスレイの状況を含め、この選択肢を取った事を説明した。


「つまりアスレイの命のせいで主の腕が切られたわけですね」


 美雨はその点が大いに不満らしく、放って置くと速攻で犯罪魔術師をあの世に蹴り出しそうだったので、そこは主の権威で止めさせた。

 いや、正確に言うと「せっかく救ったんだから」と渋々勘弁してもらった。


「ではこの事は妥協しますが……主、おそらく里緒さんの封印が解けますよ」


 美雨は、中学生の時に〔八岐大蛇〕を使った際、封印した幼馴染の記憶が、同じ召喚魔術を再度使用した事で開放されると告げてきた。

 二度と呼ばぬつもりで、層海龍王に願った封印だったが、世の中予想のつかぬ事ばかりだ。

 

「ただし、今回は覚悟の上で、わがまま姫との約束を優先したんだけどな」


 俺は開き直った気分で、使い魔に宣言する。


「やっぱ逃げてちゃ駄目だと思うんだ」


「雨の中で、相手が風邪引くまで口説きまくった人は余裕ですね」


 あっさりと認めたのがつまらなかったのか、彼女は昨晩の酒席ネタを再利用してきた。

 本当の事は絶対池から見ていたくせに。


「美雨さーん、それはあんまりだって」


 たちまち守りの立場になった俺へ満足そうに笑い返し、美雨は「少し静かにしてください」と忠告する。

 そして親愛なる使い魔はありがたい助言を俺にくれた。


「里緒さんの追及に耐えられる様、早く身体を治療しないといけませんからね」








今回で一旦、バザール会場から離れます。

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