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魔術師涼平の明日はどっちだ!  作者: 西門
第八章 魔術師達の闘争
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第87話 決着

 俺が鍵語を発したとたん、左手から爆発するように血が噴き出した。

 手首を止血していた魔法布が弾けとぶ。

 このままだと出血多量でこっちの命も危うい。


「いつまで寝てんだよ!」


 俺は怒鳴り、足元の血溜まりへ命じるが如く地面を強く踏みならした。

 すると応えに周囲の空気がぶるりと震え、大地に吸い込まれつつあった赤い液体が除々に渦を巻く。

 そして複雑な紋様を描いた同心円が急速に拡大する。


 鉄錆の匂いがする赤い筋が凶戦士に接近すると、ヤツは少し後退した。

 多分強力な魔力を放つ血の魔法陣を警戒したのだろう。


 ようやく拡大を止めた魔法陣の大きさは直径二十メーター程。

 大地に記された網目状の線は今や不規則に脈動する血管だ。その間隔がどんどん短縮するにつれ陣が大きく蠢きながら膨張し、ついにドーム状の中央部が爆ぜた。


 垂直に吹き上がる、極太で真っ赤な噴水。

 勢いはそのままに螺旋を描きながら登り続け、上空で太いしめ縄が分かれるように八つに分岐する。


 その先端には龍の顎門。血の奔流で構成された胴体は、時折鱗光がきらめく。

 単なる光の反射ではない。鱗一枚へ綿密かつ微小な呪文が刻印された事による魔力光だった。


八岐大蛇(ヤマタノオロチ)


 魔術師である事を隠していた俺が、初めて里緒の前で使った魔術だ。あの時から使う事は無かった。

 己の血で行う神代の古代種召喚術。

 そして俺が初めて敵を屠った魔術でもある。


「嫌な事思い出させやがって」


 俺は膝をついて、左手の切断面を地上の魔法陣に押し付ける。その方が痛みもましなのと、なにより出血で立っているのが辛いのだ。

 天空から流れ落ちる赤き滝の姿は、余りにも人外に過ぎて見る者に森羅万象への畏怖を呼び起こす。


 人の子の手に負えるモノではないそれを制御するために、俺は集中力の全てを注ぎ込む。

 地上から生えた世界樹の如く天空を覆う八面の暴龍に、俺は単純な命令を下した。


「蹂躙せよ」


 意を得た八岐大蛇は、巨大な体からは思いもよらぬ速度で凶戦士に迫る。

 俺の片手を刈り取った戦斧を構え、闇の眼より今までで最高の殺意を吹き上げる戦士。

 その殺意に恐怖は混ざっていない。あるとすれば強敵への歓喜だろう。


「悪かったな、力不足で」


 なんとなくヤツの感情が伝わってきて、俺は死闘の途中にもかかわらず悔しくなる。

 単騎での戦いならば、ヤツは魔法学舎の精鋭と渡り合えたかもしれない。

 だが、天変地異と同列の存在を前にすれば、木っ端と同じでしかない。


 地面にぶつかるほどの低空に駆け下りてきた龍の牙と凶戦士の戦斧が交差する。

 赤い奔流に押し流される人型。

 そして俺の眼前を真紅の弾丸列車が通り過ぎた後には、青銅の巨鬼の姿は何処にもなかった。

 俺の視線の先には、破砕した斧の刃先が大地に散らばっているだけだ。


 あっけない結末。だが俺はふと気配を感じて地上から顔を上げる。

 空中では俺を覆いつくす様にその身をもたげ、龍王共が八対の眼光でこちらを睨みつけていた。

 視線の奥で荘厳、冷徹、嘲笑、残虐、など様々な光がちらつく。


「召喚者よ」


 八柱の龍神のひとつが俺を呼ぶ。その重厚な声には聞き覚えがあった。

 俺は疎遠だった知人と再会した気安さで返事をする。


「ああ、玄海龍王か。久しぶり」


「変わらぬ傲岸不遜ぶりだな。久しいと言われても、我らには瞬く間ですらなかったがな」


 並んだ牙が剥き出しになる。恐ろしげだが、多分ニヤついたのだと俺は想像した。

 八龍の中で人の世にいささか興味をしめす玄海龍王は、諧謔をも理解するからだ。

 ま、確かに人の百年など彼等には一瞬以下だけどな。


「そうなんだけどさ。とにかく助かったよ」


 墨石の瞳を宿す龍に、召喚に応じてくれた御礼を述べる俺。

 そこへ別の龍神が軽侮と共に不満を突きつける。


「ことのは、では足りぬな。おぬしの血でもな。礼となればいにしえより(にえ)であろう。物知らずめが」


 俺はあえて笑顔を浮かべそちらへ回答を返す。


「前にも言ったけどな、珠海龍王。今はそんな時代じゃねえんだよ」


「先頃より悪いわ。此度はあかがねの人形を喰ろうたのみじゃ。全く足りぬぞ」


 珠海龍王は結界中のアスレイを見やる。その視線が剣呑にならぬ内に、俺は契約を確認した。


「珠海龍王、今回は俺の血だけで満足してもらう」


 残虐を嗜好する白眼の龍が、俺の警告に大きな顔をこちらの面前まで近づける。

 銀の瞳孔が縦に割れた瞳で、嘲弄ぎみに溶岩が奥に流れる喉から、活火山の白煙さながらの熱い息を吐いた。


「おう。言いおるわ。先頃は血の涙を流しながら助けを求めた癖にの。我らがあの場で多くの贄を喰らわねば、おぬしらは生きて居らぬはず。人の子とは忘恩の徒であることよ」


 俺は自然そのものと変わらない圧倒的存在に気圧されぬ様、心を保つ。もはや精一杯我を張っているのと大して変わらないが。


「あの時の事は感謝している。だが、俺の血を対価に召喚に応じた以上、契約は守れ」


「足りぬ分は、あの時の童女(わらわめ)でも……」


 蔑みの台詞を続けようとした珠海龍王が沈黙した。

 俺がぐいと龍の鼻先を掴んだからだ。

 もちろん俺が力の限り握り締めた所で、龍神の体に素手で傷などつけられない。

 ただ俺の五指から伝わる感情に、この暴龍を黙らせる何かがあったのだろう。


「珠海、そこまでにしておけ。召喚者の命に従うが契約ぞ」

 

 玄海龍王はそう発しながら、俺を見下ろし忠告した。


「召喚者よ。おぬしも童子のままではいかぬ」


 玄海龍王の言に白眼の龍もそれ以上の異は唱えなかった。

 召喚者の命令が絶対なのは珠海龍王も承知の上だから、俺を挑発して反応を楽しみたかっただけに違いない。

 それを理解しつつ許せない俺も、玄海龍王から「ガキだな」と言われてしまったわけだけど。


「我らは還るぞ」


「ああ、助かったよ」


 俺がもう一度御礼を言うと、黒い瞳の龍神はどこか楽しそうに返答する。


「かまわぬよ。我らもうつし世にこうも易々と来れるとは思わななんだ故にな。おぬしの血に感謝するのだな」


「出血多量で死にそうなんだけど」


 俺がそうボヤくと、何が面白かったのか、八龍が呵呵と大笑した。

 その八つの音声は、名刹の大鐘達の様に周囲へと響き渡る。

 そしてまだ笑いを堪えきれないような声音で、玄海龍王が俺に告げる。


「我らを呼ぶに己の血潮のみで済ます人の子が何をぬかすか。珠海の言葉を借りるなら、本来国一つ分の生贄が必要なのだぞ」


 そう言って八岐大蛇はもう一度大笑し、魔法陣へとその身を飛び込ませていく。

 全てが魔法陣に戻ると、円形の呪文図は一瞬にして乾燥し、赤い塵になって拡散した。

 赤く長大なくちなわは、来た時とは違い、あっさりとその姿を消失させたのだった。


 俺はあわてて再度左手を布で縛り止血すると、貧血ぎみではすまない体調を無視しながら、魔術師の結界によろよろと歩いていく。

 アスレイの表情はいまだ厳しいが、魔力を吸い上げられて死にかけていた先ほどに比べれば、小康状態を保っている。


「ご苦労さん」


 俺は結界の周りにいる地蔵の様な灼銅巨人八体に話しかける。

 ゴーレムたちは結界を囲む様に大極八卦陣を構成し、上空からエネルギー供給を行っている。


 このゴーレム達は元々アスレイの青銅馬だった。つまりアスレイから魔力を吸い上げていたわけだ。

 そして俺の下僕として再構築した際に、魔力の入出力のコントロールも奪ったので、今度は逆にこちらから魔力をアスレイに供給する事も可能になった。


 本当は凶戦士に張り付いて魔力を吸収して稼動不可にするつもりだった。

 ところがアスレイが瀕死になり、原因の魔力不足を埋めるため、俺からアスレイに供給を開始する必要が生じた。

 その際一瞬凶戦士から視線を外してしまったのだ。おかげで、珠海龍王の嫌味を聞くはめになっちまったし。


 もう少ししたらアスレイの症状も改善するだろう。そうしたらコイツの結界を解除して降伏させればいい。


 俺は、近くに腰をおろしながら気絶している馬鹿な魔術師をながめる。

 そして、血が足りないためのダルさを感じながら、のんびりとつぶやいた。


「わがまま姫、約束は守ったからな」








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