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魔術師涼平の明日はどっちだ!  作者: 西門
第八章 魔術師達の闘争
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第84話 限界

 俺は馬の腹を蹴り加速させると、身を伏せて突進する。

 荒れた地面から跳ね上がった石くれが、後方に飛び散る。

 そして敵と交錯する直前、馬を高く跳躍させた。


 そのままなら、青銅馬の脚力は重騎士の巨体すら飛び越えただろう。

 だが騎士は得物の大戦斧を両の腕で振りかぶり、縦一文字に斬り下ろした。


 暴刃が奔る。

 跳ね飛んだ勢いのまま、馬の下半身が空中で二つに割れていく。


 横倒しになった馬の頭部を踏み潰して魔法具を壊し、巨鬼は辺りを見回した。


 俺はその様子を空のさらに高い位置から観察する。

 馬を騎士を越えるために操った際、俺は〔迦楼羅〕で再飛翔していた。

 

 弓兵を倒した今、俺の飛行を阻む者はいない。

 騎士を置き去りに、速度を緩めずアスレイの位置まで飛び込むと、右目を光らせながら魔術師の近くに走りこむ。


 アスレイが焦って呪文を詠唱し、周辺の地面が光った。

 ヤツの周りに防御結界が構築されていく。


 俺は二メーターと離れていない場所で立ち止まる。

 ここがヤツの防御結界の端だ。

 油汗で顔をてからせた相手に、俺は平板な声で伝えた。


「この程度の壁なら、俺の解除魔術で一発だぞ」


 俺の評価を聞いたアスレイは、ねばついた汗を滴らせる。

 それでも諦め悪く、俺に嗤いかけた。


「無いよりマシだ」


「そうかな?」


 そう言いいながら、俺も結界呪文の鍵語を唱える。


「〔賽〕」


 即結界完成。

 同時に、背後で金属的な衝撃音が大きく響く。


 俺を追走した重騎士が、今まさに俺の張った防御壁へと、巨大な斧を叩きつけたのだ。

 その破壊的な攻撃を、俺の結界は見事に防いでいた。


「そんな馬鹿なっ!?」


 騎士による一撃逆転の当てがはずれ、失望で顔を歪める相手。

 繰り返し巨鬼が斧で殴りつけても、アスレイとは比較にならぬ強度で魔法と物理防御を講じた結界は、震えることすらなかった。


 ヤツの結界に顔を寄せ、俺は脅すように笑う。

 これで詰みだ。


 後は魔術師に負けを認めさせれば、決闘は終了する。

 散々嫌な思いをさせられたコイツをどうするかは、師匠と相談する事にしよう。


 すると意地悪い笑顔に怯えたのか、アスレイは魔力をふり絞って、己の結界を強化しやがった。


 無駄な話だな。 

 こんなぐらいなら、大して変わらねえよ。


 ところが俺が解除呪文を使うため唇を開けたとたん、アスレイの態度が一変した。

 顔面が蒼白になり胸を押さえて苦しみ出したのだ。


「がっががが、ぐるじ……」


 口から舌をだらんと出し、涙を流しながら小さく痙攣を繰り返す。

 血走った目の瞳孔は、ヤツの苦しみが演技ではないと俺に伝えてくる。


「おい、どうした!?」


 俺の問いに答えられず、もがいて身体を引きつらせるだけだ。


「お前、まさか」


 俺は右目を使ってアスレイの状態を確認する事にした。


「……やはり魔力の過剰使用か」


 魔術師の体内に魔力が残っておらず、その欠乏状態は内臓へ急激な異常反応を起こしていた。

 昔、無茶な魔術の修練をした時、俺も似た経験があったから、突然の発症にもすぐ思い当たったのだ。

 

 まあ、俺には美雨さんがいて、治癒してくれたけどな。

 長時間のお小言付きで。


 俺は原因について、素早く考えをめぐらす。

 後ろでは、重騎士が俺の結界を破壊しようと、より激しく攻撃を加え続ける。


 その衝撃が伝播し、内部に伝わる騒音は、結界を通しても遮断できない程だ。

 おかげでおれは思考に集中できない。


 ……あれ?


「おい、なんでお前の式神は止まらねんだよ?」


 俺は相手の結界に張り付き、アスレイに大声で尋ねる。

 だが、激痛のためか、俺の質問が耳に入った様子はない。


 ちっ。今コイツの結界を強制解除すると、反動で心臓が止まるかもしれねえし。

 止まってもかまわねえといいたいトコだが、な。

 ……くそっ。変な約束しちまったな。


 俺はドンドンとヤツの障壁を叩き、アスレイの注意を引く。

 ようやく顔だけはこちらを向いたので、大声で怒鳴った。


「式神の活動を止めろ!」


 最初は意味が分からないのか反応が無かったが、何度か繰り返す内に通じたらしい。

 しかし体をさいなむ痛みに苦しみながらも、ヤツは質問に答える事をためらう。


 活動停止したら俺に敗れるとでも思っているのか?

 ここまできて馬鹿じゃねえの?


「式神止めねえと死ぬぞっ」


 その瞬間、俺の言いたい事が理解できたのだろう。

 アスレイは明らかに恐慌に陥った顔で、こちらに這いずってくる。


「そうだよ! お前の魔力を吸い取ってんだよっ」


 使い魔や式神は、魔術師の願い・命令によって、その存在を維持している。

 そして、その繋がりの基本は、魔術師の魔力だ。

 

 子供の頃、美雨さんが異世界の青狐を救う手段として、俺の魔力を欲したのもそうだ。

 本来世界に在らざるモノの存在を維持するために、常にその繋がりが必要なのだ。


 そして、式神達を活動させるためには、常に魔術師の魔力を送り続けねばならない。

 しかも支配隷属させる眷属の地力に比例して、その維持魔力も膨大なものになるのだ。


 はっきり言って、魔法兵三体という式神は、アスレイには荷が重かったんだろうぜ。

 なんとか維持していたが、無理矢理強め様とした、さっきの結界呪文が引き金になったか。


 さっき移動速度向上の魔術を使用しなかったのも、魔力不足で発動に失敗したのかもしれない。

 敵の攻め足が遅い事について、さっき俺がいだいた疑問は解けた。


「早く止めないと、お前の体が耐えられ無くなるぞ!」


 こっちの声を聞く間にも、アスレイの顔は土気色になってくる。

 アスレイは満足に動かない口元を蛙の様にひくつかせ、涎を垂らしながら伝えてきた。


「て、敵をたおさ、ないと駄、目だ」


 搾り出すようにそう言うと、アスレイは意識を失った。


 条件を聞いた俺は、助けようと思った相手の首を締め上げたくなる。


 俺はひとしきり愚痴ると、ゆっくりと背中の敵へ向き直った。

 プレートアーマーで完全装備の暴力の塊。

 凶悪造型の肩当からガントレットの先で、破壊の嵐を巻き起こす戦斧を握り締め、俺を見下ろす。


 大角の生えた兜はフルフェイスで顔は見えない。

 しかし眼があるはずの暗い奥から、一切の抵抗の意志を折る殺意が溢れる。

 その迫力は、ただの重騎士であるはずがなかった。


凶戦士(バーサーカー)か」


 さっきの二体とは桁違いの魔法兵に、俺の背中に戦慄が走る。

 そしてやれやれと首を振った。


 ……約束守るのも結構大変だぜ、わがまま姫。


 俺はどこか楽しげに巨鬼の仮面を見上げると、右目の輝きを増すと同時に防御結界を解いた。



 



 



 

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