第82話 騎馬との戦い
槍騎兵は怒涛の勢いで俺に接近してくる。
まだ少し距離はあるが、それでも後退りたくなる。
まるで大排気量のバイクの乗り手が俺を轢き潰そうと迫ってくる様だ。
「ほんと、北神一刀流はいかがわしいな」
俺は小学生の頃空き地で良くやった訓練を思い出して苦笑する。
ただし、あの時は軽快なオフローダー相手だった。
「まずは長篠合戦に倣うとするかな」
俺は牽制のための魔法詠唱を行う。
飛礫よ、旋風に乗り矢の如く攻めよ!
lapis……turbo……aggredior……sagitta……!
地面の砂塵とともに地面から浮き上がった石くれ達は、俺の指で目標を示した瞬間弾丸となり飛んで行く。その先にはもちろん騎馬兵がいた。
大きさも不ぞろいで缶コーヒー程度だが、この速度で当たれば、人間なら一撃で骨が折れるだろう。
場所が悪ければ命も危うい。
風は魔術で起こしたが、石は自然物。今は慣性法則で命中しているので、物理攻撃のはずだ。
これなら魔法障壁による防御は出来ない。
そんな石弾が人馬共に激しくぶつかっているというのに、効果が感じられない。
人馬に命中した石は跳ね返るか、砕けてしまった。
走る敵は盾で防ぎもせず進んでくるが、その姿は見るからに平気な様子だった。
三段撃ちどころか、百発ぐらいは当たっているんだけどなあ。
身体へ物理防御も付与されてるってか。
「歴史どおりにはいかないな」
俺が嘆く間にも、青銅の騎士は、砂を蹴立てて接近してくる。
さっきより速度が増しているぐらいだった。
もしかして怒ってんのか?
式神は使い魔の様に、主人が意識を乗っ取れるほどの知能を有してはいないが、知性が全くないわけじゃないからな。
ともかく俺はダメージの有無には構わず、その周辺の石を砂とともに巻き上げ、どんどん発射していく。
それは槍騎兵から見れば、小さい竜巻から石が打ち出される様に見えたかもしれない。
俺の姿を捕らえにくくはなったハズだ。
だが、俺の魔力で居場所がわかるのだろう。
敵は構わず突進し、俺に向かってランスをごうっと突き出す。
穂先を魔法光が包み槍自体が一筋の輝きとなって竜巻を貫く。
「〔名居〕!」
渦の中心へと突き刺さる槍をからくもかわすと、右目を光らせ、俺は叫んだ。
小さな地鳴り。竜巻を中心に地面が網の目上にヒビ割れ一斉に崩れると四方に飛び出した。
槍騎兵もその範囲の中にいたが、流石に上手く石をかわして無傷。
だがそれら岩石の先端は鋭くとがり、一抱えもある岩の群は歩く事すら困難だ。
さっきまでほぼ平らだった地上は、大小の尖った瓦礫であたりを埋め尽くされた。
当然急に不安定になった事で馬の足元が危うくなり、進行速度が衰える。
「〔迦楼羅〕」
俺は続いて鍵語を唱え、竜巻から飛び出すと、右目の残像光を残しながら空中へと飛翔する。
空に上がった俺は、右手に見えた騎兵に向かい旋回しながら突っ込んでいく。
「織田が武田の騎馬軍団を迎え撃ったのも、水を張った田んぼって説を知ってるか?」
石弾ははったりだった。
小地震で敵の機動力を奪うのが目的だ。
あと竜巻は、無詠唱という奥の手に気づかせたく無いというのもある。
砂塵で隠された俺の姿は、詠唱の有無ついて騎士にもアスレイにも見えないはずだった。
「でも、こっからはガチ喧嘩だ」
俺は上空で、こちらを見上げる槍騎兵に銀の短剣を向けた。
この角度ってのは槍の使い手といえど経験不足なはずだ。
遠くを見回すと、魔法弓兵とアスレイ、あともう一体がこちらに接近してくるのが見えた。
おお、焦ってる。焦ってる。
「悪いが待たないぜ」
俺は手早く目の前の一体を手早く片付けるため、ほぼ真上から逆落としに急降下を開始。
騎士も馬上で可能な限り槍を上に向けるが、さすがに慣れないのか、穂先に必殺の迫力が欠ける。
「〔火之迦具土〕」
俺はミスリル聖剣の内側へと開闢の炎を限界まで宿らせた。
灼熱の剣芯に破魔の力が満ちる。
今の俺は、敵の魔法弓兵が放った鉄の矢を、はるかに上回る会敵速度で落下している。
唇をかみ締め、紅の箒星となって地上の敵へと真っ逆さまに突撃する。
彼我の差が無くなる刹那。
迎撃のため、青銅の騎士がその膂力の全てで突き上げた剛槍を、髪の毛一本分で回避。
だが魔法の穂先がかすった肩からは、血が噴出した。
交錯の直前、槍と反対の腕で盾を構え、俺を弾き飛ばそうとする騎士にかまわず、身体ごと雪崩落ちる様に急加速する。
そして短剣で盾を突き通すと、俺は狙いあたわず、敵の眉間へ刃先を全力でぶつけた。
五行相剋。火剋金。
原初の劫火は、魔法強化された金属をも溶かす。
神の火によって磨かれた炎剣に貫かれ、式の核となる魔法具ごと、青銅騎士の頭は吹き飛んだ。
俺は、馬のわき腹を脚で蹴って角度を少しだけ斜めに変えると、瓦礫の中を転げまわりながら着地する。
一撃必殺を狙っていたので、式神を仕留めるまでは、落下速度を緩めるわけにはいかなかったのだ。
頭を失った騎士は、穴の開いた盾を離し、ゆっくりと倒れて馬から落ちていく。
音を立てて地上に落下した後、動く様子はない。
一方青銅馬は、騎士の消失にも驚かず、その場に突っ立ったままの状態だった。
俺は、反撃が無い事を確認すると、ゆっくりと立ち上がる。
尖った岩の欠片で皮膚を切られた痛みに耐えながら、唾と一緒に口内にたまった血を吐いた。
「騎馬には樹上より襲撃せよ……か」
バイクから逃げ回ったあげく、木に登って逆襲していた訓練。
「これって武士道的にはどうなんだ?」
まあ、北神一刀流の真実は、正々堂々とは程遠いからいいのかもなあ。
宗家の龍真なら「勝てばいいんじゃね」的発言をするだろう。
いや、そんな言い方はしないけどさ。
傷ついた肩の具合を確かめようとした俺は、握った短剣を見て顔をしかめる。
ミスリルの刃が、中ほどから融解していたのだ。
これでは、武器としては使えないし、他の武器への変化も出来ない。
「ミスリルも金属だしな。迦具土の焔で研げばこうなっても仕方がないか」
俺は役目を果たした銀剣に魔力を送り、指輪に戻した。
「結構、手間かけて作ったのになあ」
ため息を付く俺の視線の先には、ようやくここまで来たらしい、アスレイと二体の魔法兵の姿が、小豆ほどの大きさとなって見えていた。