第81話 アスレイの魔法兵
遠くで敵へと駆け出していく槍騎兵と、追い詰められて短剣を構える若造。
それを拡大の魔術で間近に観察しながら、アスレイはこれで詰みだと考えていた。
さっきは謝罪すれば除命すると言ったが、あんなものは嘘だ。
アスレイは、隷属した若造に盾に魔法学舎や警察の追跡をふりきり、その後チビガキの護符を奪わせた後で、二人とも始末するつもりだった。
彼自身はその間、隠れ家に身潜めていればいい。
「決闘の契約によれば、若造に何をしようが文句はねえはずだ。ガキがあの杜でくたばってたら、護符の行き先を探させりゃあいい」
すでに勝ったあとの計画を立てながら、近くの魔法兵達を見る。
五メーター前方には、さきほど魔法矢を立て続けに放ち、涼平を翻弄した弓兵がいた。
彼方で戦闘を続ける二者へ向け、弓を立てた状態で待機している。
そして別にもう一体、巨体に負けぬ大きな盾と戦斧を構えた青銅騎士。
アスレイを守るが如く、彼の斜め前に立っていた。
ここの地面は表面こそ砂地だが、すぐしたには岩盤のような硬さがある。きっと本当に岩の平原なのだろう。
そんな地面に足元が少しめり込むほどの斧騎士は、角兜を被っているためか、伝説上のオーガと見まごうシルエットだった。
この三体の魔法兵はお買い得だったと、アスレイは満足している。
だが最初に黒蓮の天幕の奥で見せられた魔法兵は、親指ぐらいの青銅の人形だった。
◆ ◆ ◆
「こんなもんで役に立つのかよ」
バザールの露天に飾られた、人間を越えるほどの魔法兵を見てきたアスレイには、ただの玩具しか思えない。
「むしろ、この商品の魅力はその携帯性です。起動呪文を唱えれば、元の大きさにもどるのですよ」
そう説明する黒蓮の商人の商品記録から、カマイタチなど足元にも及ばない戦闘能力を持っている事は、魔術師のアスレイにもすぐに理解できた。
背中の矢筒で鋼鉄の矢を自動作成するだけでなく、魔法矢で広域破壊も可能な弓兵。
サラブレッドを遙かに上回る速度の馬と、魔法による槍の伸長攻撃が可能な槍騎兵。
そして防御能力が特に高い、大盾とバトルアックスを構えるフルアーマーの騎士。
三体とも火炎、雷撃などの魔法攻撃効果を軽減し、ポケットの中へ隠す事も可能だ。
正直アスレイには、この魔法兵がお蔵入りの理由がわからない。
そして気になった訳ありの内容も、聞いてみれば大した問題ではなかった。
「この魔法兵達は起動後、敵を倒すまで攻撃をやめません。また、活動可能時間が短いので、維持呪文を定期的にかけてください」
商人の条件はこれだけだ。
アスレイは他にもないかとしつこく確認したが、「あとは通常の式神と同じです」との事だった。
アスレイは今すぐ購入したい気持ちを抑え、あえて慎重に検討する。
確かに維持の呪文をかけ続けるのは面倒だが、魔法が付与された魔法具には、そんな物はいくらでもある。
また「敵を倒す」目的にしか使えない式神は融通がきかず不便だとは思うが、その時アスレイは涼平を殺し、死霊術をかけるつもりだったので問題はなかった。
「これをくれ」
アスレイが商人の男にそう言うと、相手は値段の話をし出した。
最後はアスレイが折れる形になったが、なんとか交渉は締結され、人形はを手に入れた。
「かくしておける魔法兵など、なかなかありませんから、奥の手にお使いなるといいですよ」
何の奥の手かは省略する商人の勧めに、「わかってるぜ」と応えを返す。
アスレイにとっては、バザール終了後あの神社の杜へ強制的に戻されても、これで生き残る算段ができたのだ。
「まずは、あの黒い烏共を皆殺しにしてやるか」
ニヤニヤしながらそう思っていた。
◆ ◆ ◆
ところが、大規模魔法陣の崩落による避難行動中、図らずも涼平達に拘束されてしまった。
追い詰められらたアスレイは、決闘の賭けにでるしかなくなった。今考えればあの場の老人の言う通り、無茶な交渉だ。
「やはり、若いやつは知恵が足りねえ」
本当に愚かな若造が決闘を受けたおかげで、自分の勝ちは決まったのだ。
そして決闘開始直後、この閉鎖空間に転移したアスレイの行動は、できるかぎり涼平から離れることだった。
その時直ぐに剣で攻められたら、自分は負けていたかもしれない。
だが、若造は特に追う事もなく、アスレイが離れるに任せたままだった。
「あの馬鹿は、俺の事なめていやがったからな」
アスレイはそう毒づきながら、充分離れた場所で魔法兵を握って魔力を注いで、式神との回線を繋ぐ。そしてポケットから地上に投げ出した。
すると、魔法兵を中心に魔法陣が現れ、人形だった彼等は、あっという間にアスレイを上回る大きさへと変化したのだ。
「敵は、アイツだ。死なせぬ程度に痛めつけろ。ただし、俺の守護が第一優先だ」
三体に命令を出すと、俺はゆっくりと若造に向かって歩き出した。
弓兵が矢をつがえる。射程距離に入ったのだろう。
放たれた剛針は、人間には真似できない速度で標的に向かう。
殺すなと命じてあるから四肢を狙ったのだろうが、さすがにそれは若造にかわされた。
鋼鉄の矢は岩地に深く突き刺さる。あの勢いで鏃が腕や脚に当たれば、その部分ごと千切れてしまうだろう。
「まあ、すぐに獲物に当たっても、狩りは面白くないしな」
熟練の狩人の様に、アスレイは余裕をもって獲物へと向かう。
若造も魔術で加速している様だが、弓兵の魔法矢に阻まれ、こちらに接近する事すら出来ないらしい。
アスレイは、あの若い魔術師との戦いで初めて完全なる優位に立ち、体中が暗い喜びに満ちていた。
「死なない何程度に何度も痛めつけてやる。死に掛けたらポーションで少しだけ回復してやるぜ」
アスレイは、自白の屈辱を何十倍にして返すつもりだった。
魔法兵にも致命傷は自分の指示がない限り与えるな、と命令してあるから大丈夫なはずだ。
ただし最終的には命を奪わねば、魔法兵が元の小さな人形に戻ることはない。
だがそれについてアスレイには魔術師としての予測があった。
「若造が痛みに耐えかねて俺の《奴隷》になれば、魔法兵が倒すべき《敵》はいなくなるはずだぜ」
「予測が外れても最初の計画どおり、死霊術を使えばいいしな」と窪んだまなこに鬼火を灯してあざけった。