第79話 決闘
「決闘とはまた、自分の立場がわかってないんじゃな」
ギリアムはアスレイの犯した犯罪を知ったためか、唖然としながら感想を述べる。
老人の声に被せるように、怒号が響く。強風で遮られながらもその音量は大したものだ。
身動きが出来ぬアスレイにとっては、抵抗の意志を示す行動なのだろう。
「うるせえ! 魔術師には決闘をする権利があるはずだっ」
狡猾な魔術師は、第三者の老人の否定的な見解に苛つき、自分の持つ権利を主張した。
砂のついた顔がしわの部分だけスジとなり、ひび割れた仮面を被ったアスレイは、唾を飛ばしながら決闘の台詞を三人への罵倒と一緒に喚き続ける。
「魔法学舎で学ばなかったのか。最近の奴は権利ばかり主張しおって」
ギリアムは流石にムッとしながらアスレイに告げた。
「よいか? 決闘とは確かに、対立する者同士が雌雄を決する場合に行う行為じゃ。魔術師の間でもそれは変わらぬ。最近は魔術師の方が良く口にする言葉かもしれん。それでも滅多に行われる事などないがな」
そこで老魔術師は殴りつけるように言葉を放つ。
「じゃが、それはお前の様な犯罪者を救済するためではないわ!」
魔術師の犯罪については、通常の警察の力では抑止にならないため、過去から魔法学舎による対処が行われてきた。
ようやく魔術師の存在が社会的に認知されると共に、警察組織内にも魔術師による犯罪を取り締まる担当部署が設置されたが、その規模は大きくない。
科学的な捜査を魔術的な手段で偏向されてしまうので、犯罪者の特定が困難なのだ。実際、警察側が行っているのは、魔術師の痕跡があるかを判断するところまで。そこから先は魔法学舎に一任するというのが相互の密約だった。
「あなたにはハーストビルから重矯正指導がでています。素直に学舎の檻の中で反省したらどうですか?」
フードの陰に表情を隠し、平板な声音で美雨がアスレイの未来を示すが、聞き入れはしない。アスレイは脳裏に刻み込む様に三人を凝視しながら、どろりと言葉を吐き出す。
それは粘ついた劇薬から立ち上る瘴気だ。
「絶対逃げ出してやる。そしたら二度と捕まらねえ。学舎にも警察にもな。そして長い長い時が過ぎて、お前らが忘れた頃に後ろからズブリと殺してやるぜ」
犯罪魔術師を警察が逮捕するのは容易でない。
銃器に魔法が付与できない現状では、魔術師に対抗すれば損害が大きすぎる。
対策は警察機構が魔術師か魔法剣士を組織内に受け入れる事だが、上層部の抵抗が強く遅々として進まないのが現状だ。
一方魔術師達は、国家の組織に所属する事については、過去に魔女裁判など弾圧の歴史もあったので、非常に消極的であった。さらに神さえも実験材料の高位魔術師にとっては、道徳や愛国心に訴えても関心を引くことは少ないのだ。
また魔法学舎も、もし罪を犯した魔術師が、裁判で自己弁護や減刑の為に魔術の秘匿情報を取引として明かす可能性を避けるため、警察に逮捕されることは望まなかった。
だから魔術犯罪者は賞金首として報奨金をかけ、魔法学舎による捕縛を推奨。学舎自身も倫理委員会によって抹殺する手段まで持っている。
一般社会にとっても言葉は悪いが、暴力団の抗争と似た扱いなのだ。魔術師の間で問題解決が図られる場合、一般市民に甚大な影響が出ない限り見てみぬ振りだ。
魔術師の社会的地位が低いのも、本来の影響力の大きさを知られぬため、歴史的にあえてそうしてきた面が強かった。
だからこそ魔術学舎は、この世界に足を踏み入れる者に対して、厳格なほどの覚悟を求める。
「そして、お前らの周りの奴らもだ。あの糞ガキも、俺のカマイタチを無駄使いさせた女もみんな殺してお宝を奪ってやる。最後に嗤うのは俺だ」
復讐の言葉を続けるアスレイへ返事をせず、俺はこの魔術師が吹き付ける毒の中身を量っていた。
そしてはっきり告げる。
「いいぜ。その決闘受けるぜ」
策にはまった俺をあざ笑うアスレイとは別に、俺の回答に声を上げたのは、ギリアムだった。
「待つんじゃ! こんな馬鹿者のいう事を真に受けんでもええ。どうせ口だけで何も出来はせんのじゃ」
ギリアムには悪いが、俺はへっへと嗤うアスレイの表情を一笑に付す事は出来ないと感じる。
四年前に魔法学舎から指名手配を受けながらも、今まで逃げ遂せてきた実力からすれば、仲間の存在も分からない以上、脱獄の恐れは皆無とは言えない。
「弟子に勝手をさせてもいいのか?」
老魔術師の言葉に黙ったままの俺に苛立ったのか、今度は師匠の美雨に向かって問い掛ける。
普通なら、犯罪魔術師は拘束して学舎に引き渡せばいいだけだ。あえて決闘を受けるのは、みすみす相手に逃れる機会を与える事になってしまうのだから。
だが、いつもなら弟子の暴走をたしなめる美雨が、沈黙を保ったままの様子に、どこか違和感を感じたのか、ギリアムの追求は尻すぼみになった。
決闘が認められた理由は、魔術が自らの存在に深く関わっているからだ。
魔術とは魔力を使った精神による世界への干渉であり、そのため自己存在への高密度な自信が必要とされる。自らの術式への確信が無ければ、大いなる世界や因果への干渉などおよびもつかない。
そんな長い魔術研究を経ても、精霊や魔力はまだ原理の分からぬ点が多い。
だが、度重なる失敗と想像できない程の犠牲に怯むことなく、経験学的に今の魔術は発展してきた。
そのため、自ら危険を冒さぬ輩は「口ばかりの理論家」として魔術師の世界では尊敬される事は少ない。そんな彼等は極めつけの実証主義者と現場職人の集まりと言っても良い。
そして残念ながら魔術への互いの思い入れは議論では終わらないこともある。その差を許容できない場合、自らの正しさを証明する場が魔術師同士の決闘なのだ。
本当は、理論は理論としてもっと積極的に検討するべきなのだが、驚いた事にこの現代にあっても、思想的には中世の徒弟制に毛が生えた程度の岩の様な保守的意識が跋扈している。
もちろんその理由には互いの自尊心や、秘密主義が深く関わるのだが。知識に対する貪欲さは、魔術師の性であり、その反動で出来ない事を語って敬意や地位を得ようとする同輩への視線は厳しかった。
魔術師の格言には「使えぬ魔術を語るべからず」という警句があるぐらいだ。
だが、魔法学舎も安易な決闘を推奨してはいない。そこで思いなおすように、敗者への罰則は途方も無い物になっている。
決闘に負けた場合、勝った側の意志に従う事が求められ、強制的に弟子にされてしまう。
しかもこの場合は、通常の師弟契約とは異なり、一生隷属を求められる。つまりは奴隷になるのだ。
俺もアスレイの考えは読めている。このまま捕縛されるぐらいなら、決闘によって逆転するという苦し紛れの一手なのだろう。俺とてこんな浅はかな交渉に乗りたくなど無い。
ハーストビル魔法学舎の檻が中々の拘束力を持つ事も、自分がそこの学生の頃何度か放り込まれて体験済みだ。だが俺自身が間も無くこの世界からいなくなる以上、少しの不安の芽も摘み取って、委員長や桜の安全を確保しておきたかった。
「爺さん、立会人を頼む」
俺は決闘の手順に従って、立会人を指名する。アスレイも頷き同意した。
ギリアムは再び美雨を見やるが、彼女は石像と化した様に無反応だ。
「おい、本当にやるのか?」
ギリアムは「取り消すなら最後の機会じゃぞ」と俺に尋ねる。
わるいけど、俺の答えはひるがえらない。
「寝首を掻かれるのは好きじゃないからな」
やれやれと首を振り、老人は決闘の契約を行うため、呪文の詠唱を開始するのだった。