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魔術師涼平の明日はどっちだ!  作者: 西門
第八章 魔術師達の闘争
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第75話 混乱

 魔法学舎は前述の通り、二十四時間講義のカリュクラムが組まれていて、世界各国から通う学生は時差に関係なく魔術の知識や実技を学べる。

 だがそのために、教える側は昼夜の講義シフト調整が必要だ。


 教師も自分の国からきているので、ある程度は科目のバランスを平均化できるが、どうしても合わせきれない場合、魔法学舎のある国の教師がその隙間を埋める事になる。

 しかし誰でも普通の生活時間で暮らしたいわけで、深夜や早朝の講義は常に教師間で押し付け合いとなっているのが現実だった。


 倫敦の夏の午後は、乾燥した空気が気持ちよい。ただし、それも程度問題だ。

 最近の異常な渇き具合は逆に喉に影響が出ていて、魔法学舎の教室にはセントラルヒーティングと同様の付与魔法が講じられるほどになっていた。


 それでも講義の開始時間になったキングスロードの全教室は生徒で一杯だったが、ある講義室には担当教授が現れず、事務室に問合せが入っていた。


「教授、もう次の講義の時間ですよ? ランゼット教授」


 ビクトリアン風の三人掛けソファで、意外にも仔犬に似た愛らしいいびきをかく教授は、事務員の呼びかけにも一向に眼をさます気配が無い。


 低めだが語尾の丸い口調が可愛いスーに、再びため息交じりの声と共に肩を揺らされる。ようやくランゼットは眼を開け、いつの間にやらソファでうたた寝をしていた事に気づいた。


「ひどいわよお、スー。まだ寝たばっかりだったのに」


 髪に寝癖をつけて起き上がり、欠伸をする彼女は茹ですぎたパスタの様にどこか弛緩した表情をしている。


「昨日から夜通しびっしり担当講義が入ってたのよ。絶対教授会の嫌がらせなんだわ。私のビボーに嫉妬してるんだって」


 適当ないい訳をしてをまた寝ようとする彼女から、スーは枕代わりのクッションを取り上げる。


「二時間は熟睡していらしたんですから、仮眠には充分です」


 献身的な事務員は教授の体勢を起こし、絹の生地にしっかり付いた教授のよだれをレースのハンカチでふき取る。そして「報告があります」と一枚の画像用紙を渡した。


「なあに? このドーナツみたいな画像」


 金の髪を手櫛で雑に整えると、ランゼットは寝ぼけ眼で興味なさげに一瞥した。

 目じりには涙が浮かび、話を聞く事すら億劫そうだ。


「ドーナツではなく、天幕群と穴です。魔術師のバザール会場です」


「はあ!?」


 頓狂な声を上げ、ランゼットはまじまじと写真を見直した。


 スーによると、魔術師のバザールを監視していた衛星が、十分程まえから会場上空を覆う砂嵐が解除されて来た事に気づき画像を撮影した。

 するとバザール会場の中心半径一キロにわたって大規模な陥没が発見されたのだ。深さは平均二十メーターも沈んだらしい。


「この穴の位置って、あれ?」


「はい、イベント用転移魔法陣が描かれていた場所です」


 ランゼットとスーは、顔を見合わせる。

 報告によれば、幸い主催結社のS&Eが崩落前に異常振動を感じて転移魔法陣を使用不可にしたので、転移中の被害者は出なかったらしい。だが二人とも楽観論を信じてなどいない。


「そんな都合の良い話があるもんですか。実際どれだけ行方不明者が出ているんだか」


 すでに失われただろう犠牲者を思い、ランゼットとスーは瞑目した。

 そして砂漠のど真ん中で取り残された人々も気が気でないはずだ、とランゼットは懸念する。


 砂嵐が止んだということは、侵入を防止する迷路の魔法効果も無くなっただろう。

 そうなればこのバザールの魔法具を狙って周囲をうろついていた犯罪集団にとって、このバザールは格好の標的になりえるのだから。


 本来魔術師達の力は強大だ。しかし今回はあくまでイベントの為に集ったのであり、戦闘を目的としていないため、大した魔法具も持っていない。しかも、万単位の人間を守りながら戦うことは困難だ。

 一方犯罪組織は、銃器で武装し統率の取れた機械化部隊を投入するはずで、その実力を低く見積もる事は出来ないのだ。


「主催の魔法結社S&Eからこっちへ救助要請は来ているの?」


「いえ、まだです」


「S&Eめ、面子にこだわっている場合じゃないでしょうに!」


「陥没直前の情報によれば、闇市場と焚書部隊がこの件に関わっていると。ただし未確認です」


 ランゼットはぎょっとした顔で振り返る。

 スーもその二つの結社の闘争の激化について情報収集と分析を繰り返していたので、教授の顔が引きつった理由は理解していた。


「最悪の組み合わせじゃないの」


 ランゼットは額に手をやりながらその影響を想像する。

 魔術師勢力でも抗争の激しい悪徳街の住人と神典原理派がぶつかれば、大量の血を見ずに済むわけが無い。


 魔法学舎は全ての勢力に対し中立を宣言しており、表立っては孤高の立場を貫いていた。

 所詮、禁忌魔法や商品を取り扱う闇市場も、排他的純粋主義を謳う焚書部隊も魔法学舎とは相容れなかった。

 しかし対抗する勢力の中でも両者は群を抜いて面倒くさい相手なので、学舎が事を荒立てるほどの強行策を取る事は稀だった。


「それでもこれはやりすぎでしょう? 一体何が原因なの?」


 画像写真をヒラヒラ振りながら呆れる教授とは対照的に、スーは冷静な態度を崩さない。今自分に求められてる事を意識し、機械の如く報告する。


「これも未確認ですが、どうやら万能薬(エリクシール)の争奪が理由との事です」


 事務員の台詞に、一瞬呆けた顔をしたランゼットは、疑り深そうな光を目に宿す。


「……本物?」


 そんな彼女にいつの間にか注いだ紅茶のカップを渡そうとしながら、スーはさらりとコメントした。


「信じているからこうなったのではないでしょうか?」


馬鹿じゃないの(イデオット)!?」


 ランゼットはソファの前に置かれたテーブルを拳で殴りつける。そのまま押付けていたが、噛み付く様な顔で分析した。


「闇市場は当然高値で売り買いしたい。焚書部隊は神の御心に沿わない堕天使の品など許せないって事ね」


 そしてカップを受け取るとぐいと飲み、そのまま持ちながら、部屋の中を縄張りを確認するように歩き出す。

 眉を寄せた教授がゆっくりと無言でうろつく姿は、獣が喉奥で唸る剣呑さを漂わせていた。

 その姿を見ながら、スーは自分が命じられた続きの指示を教授にどう伝えるか内心悩んでいたが、顔には出さない。


 その代わり、スーは今回の件についてキングスロード魔法学舎としての対処方法を提案する。


「ピラーミデ魔法学舎に抗議しますか?」


 怒りの勢いで頷きかけたランゼットだったが、途中で動きを止めた。


「焚書部隊が秘密裏に組織した手駒(ポーン)なんて、ローマの教授達は絶対に認めないわよ」


 手振りも加えその案を否定すると、ランゼットは情報の出所を問いただす。


「やたらと未確認な情報提供者(ソース)は誰?」


「三枚舌です」


 事務員は情報源への苛立ちを隠して報告するが、教授も同じ思いだったのか苦々しげな顔つきになった。


「あいつか。知ってて今まで隠してたわね」


 ランゼットは舌打ちしつつ、怒りに駆られる気持ちを抑えている。

 世界中にいる情報提供者は魔法学舎と正式契約をした工作員ではない。

 入手した情報を「善意で」知らせてくれるのであって、内容の正誤について責任を問われないのだ。


 そんな中でも「三枚舌」と呼ばれる提供者の情報は貴重で、大局的には確度も高い。しかし連絡時期や内容を、三枚舌自身に都合良く調整して送って来る事も、二人には経験上わかっていた。


「とにかく、追加情報を収集して。あと講義は誰かに代わってもらって」


 事務員に命じて足音高く教授室から出ようとするランゼットに、スーは息を吸い、覚悟を決めて言葉を発する。自分のこめかみに汗が流れている事にも気づかない。


「どこへ行かれるのですか?」


「緊急対策会議が開催されるでしょう?」


 事務員の台詞に、扉に手を当てながら立ち止まり、教授は当然とばかりに問い返す。


「はい」


「じゃあ、その部屋を教えて」


 単純な質問に対しての返答は、ランゼットの動きを硬直させるものだった。


「ランゼット教授は担当講義終了しだいで結構だそうです」


 教授は目の前にいる事務員を、虎ならぬ獅子の尾を踏んだ愚か者として睨みつける。


「こんな緊急事態に講義なんてやってられないわよ」


 睨まれた側は総毛立ち、いやな汗で体中が湿りだす。声を荒げてはいないが、教授の怒りが部屋中に満ちてくるのが分かる。

 それでも、スーは事務員として自分に命じられた仕事を実行しなければならない。


「まず義務を果たして頂きたいとの事です」


「そんなふざけた事言うのは教授会?」


 今や爛々と輝くランゼットの瞳は、スーを通して仮想敵の教授達を認定した事を示していた。

 しかし戦闘態勢に移行しかけた彼女に、冷水を浴びせるような事務員の言葉が突き刺さる。


円卓会議(ラウンドテーブル)です」


 普段豊か過ぎるほどの教授の表情が一瞬にして失せる。

 だが彼女の全身からは、誇りを傷つけられた激しい怒りが渦巻き、蜃気楼の様に立ち上がった。


 金髪が憤激のあまり広がった錯覚に陥り、スーはその怒りにおののくと、無意識に後ずさる。

 そして彼女を暴発させぬ様小声で尋ねた。


「どうされますか?」


 その問いで我に返ったのか、ランゼットは深呼吸を二回繰り返す。するとさっきの憤慨が嘘の如く、落ち着いた態度になり、頷きながら返答した。


「……オニール先生の顔を潰すわけにはいかないわ」


 弟子の評判は師匠の名声に繋がる。安易な嫌がらせぐらいで喚いていては、相手につけこまれるだけだ。

 そう思ったランゼットは口元を引き締めると、机に魔道書を取りに帰り、担当の講義室へ足早に急いだ。


 歩幅も広く無言で進んでいく教授に、小柄なスーは駆け足に近い状態でついて行くしかない。

 ランゼットの矜持を傷つけた事にスーが落ち込んでいると、背中越しに声が聞こえた。


「怖がらせてごめんね」


 不意に途中の廊下でぼそりと謝罪するランゼット。スーは場所も考えず涙が出そうになる。


「どうせ、日和見グラムでしょ。こんな嫌な伝令を命じたのは」


 スーが口を開こうとする気配を感じたのか、彼女は振り返らず軽く手を上げて制し、言葉を継いだ。


「上司批判しなくていいわよ」


 その口調には棘が無かったので、スーは深く安堵した。


「とにかく、今からの講義終了までに、可能な限りの情報を集めてちょうだい」


 そう言うと、彼女は講義室に入っていった。


 講義時間中に円卓会議の賢者達は、詳細な情報を得るだろう。このままではランゼットは、学舎内の情報戦で対立者達に遅れをとる。


 教授の後姿を見つめながら、スーは倫理委員会第三部会に所属する専門家の面子にかけて、愛する教授が有利になる様な情報収集に全力を尽くすと決めた。


 授業中は静粛にという規則に従い、廊下を早足で歩いていたスーは、いつしか本気で走り出し、第三部会の勤務室へと駆け込んでいったのだった。









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