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魔術師涼平の明日はどっちだ!  作者: 西門
第八章 魔術師達の闘争
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第74話 反撃

「やっべえなあ」


 俺は、一ヶ所に留まらず、建物の間をランダムに移動しながら、焚書部隊の後方めがけ魔法を放つ。

 すでに付近で火災を免れている建物は皆無だ。


 炎が起こす上昇気流が天幕の建材や布の欠片を燃えたまま巻き上げ、逆に地上へと落ちてくる。そんな危険な場所にいながら、俺の動きは鈍らない。


 逆にボーリングのピンが倒れる様に吹き飛ぶ焚書部隊は、必死で応戦しようとするが俺のフード姿を捕捉できずにいる。


 白天馬の付与効果で軽量化し、〔韋駄天〕の魔法で加速した俺にとって、部隊が照準から詠唱完了に必要とするタイムラグは、回避行動を行うに充分な時間だ。


 蛇の舌の様に伸びてくる焔を巧みに避けながら、ステップを変えてリズムが読まれない様、走り続ける。

 相手から見れば、残像を追いかけて火炎魔法を放っているのと同じ。ただでさえ追跡が困難だというのに、燃える天幕で視線を遮ぎられると、完全にお手上げだった。


〔級長津彦〕(シナツヒコ)


 俺は露店の隙間から風属性の魔法を再び詠唱。右目は炎の照り返しに負けず、それ自体が煌々と輝いている。

 八百万の神々の中で、風神と称えられる御名を唱えながら掌を手首のスナップだけで素早く横に振る。


 はっきりいってこの程度だと風神を使う意味など無いが、詠唱速度短縮の利点は移動攻撃には相性が良いのだ。

 五爪の真空刃が鋭く空気を切り裂き、こちらに向かう炎の蛇達を微塵に切断しながら術者達に襲い掛かる。


 だが、強固な魔法障壁を講じていた焚書部隊に損害は出ない。お遊び程度の攻撃をしている俺は、もちろん承知の上だった。

 それでも魔法障壁の吸収上限ばかりか、反発上限さえも越えた強力な衝撃に、体勢を崩して地面に転がる。


 ただこんなイタチゴッコが続くわけもなく、部隊後方は編成を重層、扇状に展開し、火炎攻撃を線から面の防御形態に切り替える。

 これなら照準せずとも、俺自身が攻撃範囲に飛び込めば、容易に焼く尽くせるからだ。


「やっぱそう来るよな」


 どうせギリアムが何とかするだろうと、俺は時間稼ぎを意図して攻撃していた。

 俺達は別にどちらの味方でもない。巻き込まれたから文字通り火の粉を払っているだけだ。

 人の命を軽く扱うタチの悪さなら、ブラックマーケットも五十歩百歩なのだから。


「まあ、魔術師は皆そんな傾向あるけどな」


 神々さえも素材の一つと考える輩に、人命の価値を求める事は滑稽なのかもしれない。

 

 俺は案外早く対応した部隊の評価を少し上げつつ、姿を消した使い魔の心理を図る。

 今や溶鉱炉から噴出す熱波に炙られる様な戦場。燃え盛る建物はまるで魔女裁判の火刑の山だ。


 大空洞の天井は決して低くないが、密閉されたに等しい空間の温度は、火勢に応じて上昇を続けるしかない。美雨のご機嫌は確実に最悪に向かっているはずだった。


「やっべえなあ」


 そこへ美雨の式神の一人が何処からとも無く現れ、俺の懸念を裏打ちする如く楽しげに手振りで伝える。


「みゅう様きれた」


 俺は逆ギレの美雨を想像して、灼熱の中に居ながら冷や汗が出てくる。


「マキ、師匠はマジギレしてたか?」


 恐る恐る確認すると、幸い式神(マキ)は首を振り「ちょっとだけ」という様に小さく笑った。




  ◆ ◆ ◆




 美雨は涼平と式神を上空から見下ろすように、空洞の天井付近に漂っていた。ただしその身は美貌の姿を保っておらず、水蒸気の粒子レベルになっている。


 先ほどの魔法効果の衝突の際、発生した水蒸気爆発に乗じて自らをその霧の中に溶け込ませたのだ。もちろん涼平の戦闘状況は逐一把握しており、式も付けている。だから彼にまだまだ余裕があるのも承知していた。


 それでも美雨は思う。人の姿を保っている時には抑えられる感情が、人外に変化すると抑制しがたくなるのは、(あやかし)らしい反動なのかと。


 彼女は主の意図を理解していたが、煩わしい赤の火虫共を許す気は無かった。なぜなら奴らは主を襲ったのだ。使い魔には充分な攻撃理由だ。


 彼女は自らの力の源である泉水とその水脈から魔力を汲み上げると、魔術式に注ぎ込み、唇を実体化して詠唱する。

 

 氷よ、針となって降り注げ!

 glacies……acus……circumfundo!


 突如地下空洞の天井一面に大きな氷柱(つらら)が形成される。まるで太目の針が刺さった剣山を逆さにしたかの光景だ。

 しかも一本の長さが電柱二本分、太さが十本分もあるそれは、べきりと根本で危険な音をたてると、天幕群へ次々に落下し始めた。


 自由落下の速度で突き刺さる氷針柱(アイシクルニードル)は、建物を火災ごと押しつぶす。

 これには魔術による加速が加わっていないため、完全な物理攻撃であり、ここまで数が多いと焚書部隊の魔法障壁ではとても防げない大質量になる。


 焚書部隊は素早く編成を変え、自らに損害が及ぶ範囲に集中して落下する標的に火炎魔法による迎撃を行った。

 涼平と交戦中の小隊も各自が詠唱する炎蛇の舌(ファイアヴァイパー)を何十本と束ね、上位魔術の炎投槍(フレイムジャベリン)を高速で発射する。


 涼平と違い回避をしない氷の塊は、まともに高密度の火焔攻撃を受け、瞬間的に蒸発して爆発を起こした。

 千名を越える部隊の火炎迎撃と、際限なく降り注ぐ巨大な氷柱の攻防は、延々と繰り返されるが、互いに決着はつかない。


「荒っぽいのう。ラベール嬢は」


 ギリアムは詠唱を中断し上空を見ながら呆れる。

 焚書部隊が氷柱を迎撃している間は、むしろ彼等の近くに居たほうが安全と判断し、先ほどの場所に隠れたままだ。


「魔法の規模が大きすぎる」


 普通、氷針柱の魔法なら、鉛筆程度の大きさだ。それが砂漠でこれとは桁違いの魔力だとギリアムが舌を巻いていると、大音声ととも大きなものが落下する振動が伝わる。


 老魔術師が振り返る先の景色は、噴砂巨人ガッシュサンドゴーレムの頭がえぐり取られ、その巨体が崩壊していく途中だった。


依り代(コイン)を氷柱で打ち壊したんじゃな」


 そうなれば、ゴーレムは形を維持できない。しかし一体どうすれば、あの大味な魔法でそんなピンポイント攻撃が可能なのか、老練な魔術師にも皆目見当がつかなかった。

 ただ、直感は偶然でないと告げる。


「さすが、といいたいが、これでは計画に影響がでるかもしれん」


 ギリアムは周囲を窺いながら、部隊後方に移動を始める。涼平達と合流してやりすぎない様に伝える必要がでてきたのだ。

 美雨の氷柱と焚書部隊の火炎の衝突で一時に発生した大量の水蒸気が、空洞全体の湿度を急速に高め、湯気で満たしていく。


 まるで温泉近くのじとりと濡れた空気の様だ。その湿った大気は建物の火災による上昇気流で天井付近に溜まり、冷やされて濃い霧の塊になると、いつしか水滴となり落下しだした。


「ラベール嬢は地下に雨を降らすか。大したもんじゃ」


 ギリアムの呟きは、段々激しくなる雨足にまぎれる。予想外の降雨に、空洞内の全てが濡れていく。

 おかげで建物の火勢は収まりだした。老人は足元が緩みつつあることに舌打ちして早足になる。


「あまり時間がないようじゃな」


 美雨と焚書部隊の交戦は停止していた。

 部隊もまさか地下空洞内に雨が降るとは予測してなかった様子で、その赤い衣裳も濡れるに任せたままだ。


 砂漠の利点である火属性魔法も、効率が落ちている。戦術の建て直しのためか、彼等攻撃を止め、隊の編成をしなおしている事が空中の美雨から見て取れた。


 美雨の方も不足しがちな水分を直接形成し、雨として降らし続けていた。

 最初から部隊に大量の水を浴びせて火を消しても良かったのだが、あえて彼女は奴らに氷柱に攻撃される恐怖と迎撃結果が降雨を呼び鎮火につながる徒労感を味あわせたかったのだ。


「さて、最後は主にまとめて退治してもらいましょう」


 美雨は離れた場所から近づくギリアムがいま少し距離がある点を確認し、彼の到着より先に主の傍に実体化するため、意識を涼平に振り向けた。




  ◆ ◆ ◆




「おかえり」


 俺は使い魔がすぐ後ろに現れた気配に気づき、濡れた手を軽くあげて迎える。

 彼女はゆっくりと歩を進めると、俺の隣に立って微笑む。


「やっと、涼しくなりましたね」


 その表情には清々しい輝きがあった。

 確かに周りの全ては雨に覆われている。焼けた木組みも水で冷やされ、焦げる匂いとともに白煙を上げるだけで最発火する様子もない。

 大空洞の火災は下火になり、ほっておけば間もなく鎮火するだろう。


「意地悪だね、美雨さんは」


 俺は氷針柱を使った理由を推測して、彼女をからかった。


「あれだけ火に炙られれば、少しは仕返しをしてもかまいません」


 やっぱりワザとだ。


 少々逆ギレしていたという式神の評価は正しいと、俺は一人ごちる。


「それより、そろそろ地上に帰りたいので、あとは主お願いします」


「いや、そう言われても」


 涼平が文句をいいかけると、美雨はすかさず言葉を重ねた。


「ぐずぐずしていると、ギリアムが来てしまいます」


 そうなれば、またギリアムの指示に従う形になる。ブラックマーケットの構成員の意向に。

 今回の騒ぎの後、色々知った私達を老人や結社がどう扱うか分からないのであれば、解決できる脅威から片付けるべきだ、彼女の要旨はそういう事だった。


「ま、爺さんもブラックマーケットの人間だしな」


 完全に信用する事など出来ない以上、こちらが主導権を握っておくにこしたことはないと俺も判断する。ギリアムや闇市結社のメンバーの位置は美雨が教えてくれた。


 俺の右目が光りだし、瞳の中の虹彩が螺旋を描きながら呪文を高速構築する。

 もし詠唱すれば二分以上かかる、高密度の魔術式だ。頷きながら美雨に依頼した。


「じゃあ、照準(ロックオン)協力よろしく」


 ギリアムがその光を見たのは、焼け落ちた大きな天幕を通り直ぎ、俺達が居ると踏んだ場所に近づいた頃だと思う。


 紫電の柱が立ち上がり、天井にぶつかって引き裂かれた轟雷が大空洞全体を震撼させた。

 まるで千本もの光の鞭を一斉にしならせ、地上の猛獣達を弾き飛ばす勢いの激しい稲妻。


 思わず耳を塞いだ老人が、くわんくわんと鼓膜の中で鐘が鳴り止まぬまま、急いで柱の発生場所まで近づく様子を、俺達魔術師の師弟はのんびりと見ていた。


「なんじゃ、さっきの雷光は!?」


 雷独特の匂いが留まる場所は、ここが落雷地だと誤解されるように地面も焦げ付いている。

 その中心に位置する俺達に老人は噛み付かんばかりに尋ねた。


 しかし俺はしれっと答えるだけだ。


「師匠の魔法はすごいだろ」


 俺が指差す先は、少し離れた位置で編成中だった焚書部隊の小隊だ。

 ギリアムが眼をこらすと、全員が倒れ伏して微動だにしていなかった。


 予感がして老魔術師が辺りを見回すと、先ほどの雷撃に対して反応すべき敵からの攻撃は無かった。

 視線を壁沿いに向けてみるが、複数の高見櫓に陣取る赤い群れに動きはない。

 いや、全ての焚書部隊が沈黙しているのだ。


「雨に濡れたから、感電し易かったみたいだぜ」


 飄々と解説する俺を見つめながら、ギリアムが素早く思考を回転させているのがわかった。

 部隊の装備には当然魔法障壁も付与されていたはずだ。にもかかわず電撃で気絶とは、先ほどの魔法の威力には空恐ろしい物があるという事が理解できたはずだ。


「わしはなぜ無事なんじゃ?」


 殲滅系魔法なら、範囲内全てに影響するはずだと問い掛けるギリアムに、美雨が答える。


「魔法を詠唱する前に対象固定するのは常識でしょう?」


「そ、それはそうじゃが……この空洞内には焚書部隊以外に、ベアの様な闇市場の構成員もそれなりの数が行動中だったはずじゃ。

 それを敵対者だけ千人規模で対象固定して一撃で倒すなど、尋常の魔術師を遙かに超える能力というしかないぞ」


 二の句が告げられずにいるギリアムに、美雨がのんびりと依頼する。


「さあ、ここに万能薬がないなら、そろそろ上に送ってほしいわ」


 その表情は穏やかだったが、見せ付けられた魔術師の実力に、老人は突然背筋が寒くなった如く体を震わせる。

 彼女が味方に見えた噴砂巨人を赤子の手をひねる如く潰したのも、どちらが強者か立場をはっきりさせるためだと、ギリアムはたった今気づいたらしい。


 俺達はギリアムにこう伝えたのだ。

 所属する結社に異世界品の調達先を明かせば俺達は困るが、その場合約束を違えたギリアムの運命も明らかだと。つまりこれは依頼の形をとった要求なのだった。


「わかった、わかった。そもそも、わしがここに来たがったわけではないじゃろうが」


 ギリアムが両手をあげてぼやく姿に、俺達も緊張を解いた。

 ここはブラックマーケットのど真ん中だ。地の利は彼等にある以上、早く撤収するに越したことは無いしな。


「あいつらはどうするんだ?」


 俺が尋ねると、ギリアムは興味の無い顔で答えた。


「ま、それはこの件の担当班がきめることじゃな」


 老人は話題をかえるべく、腕を上げてさっきまで歩いていた通路を指し示す。

 天幕が燃え落ちた焼け跡は、空襲後の町の様に、見通しが良くなっていたので、彼らはそちらに向かって歩き出した。

 十字路の所に来ると、ギリアムが告げる。


「地上でやったように、魔法陣の移転呪文を唱えるがいい」


 足元には何の図柄も無かったが、眼の前で老魔術師が消えた事で、隠し魔法陣が描かれているとわかった。


「じゃあ、帰りも呪文斉唱で行きましょう」


 美雨の言葉に、俺は無言で手をつなぎ、行きと同じ行為を繰り返した。


 ここから去った俺達は知らないが、しばらくすると、闇市場の構成員も撤退した。

 構成員は意識不明の焚書部隊をそれ以上傷つけず、大空洞には焚書部隊以外の人気が居なくなった。


 彼等の何人かは、ようやく意識は回復したものの、体が痺れて満足に動けない者ばかりだ。また未だに気絶状態の者も多い。


 彼等がこれからの対応を指揮官に確認していると、地の底から響くような重々しい破砕音が聞こえ、それが徐々に大きくなる。

 そして見上げた顔にぱらはらと砂粒が落下してくる。それは段々と激しくなり、先ほどの雨を遙かに凌ぐ勢いで降り積もっていく。

 天井や壁面に大きな亀裂が走り、床面は液状化した砂がそこかしこに溢れ変える。


 もしここに美雨がいれば、直ぐに事態を把握しただろう。

 砂漠の地下深くに作られた大空洞を維持するために、長年に渡り強化された天井や壁面の結束魔法がその役割を終え、急速に解除(ディスペル)されているのだと。


 今や破壊の振動は全てを揺るがし、立ち上がる事はおろか、その場に留まることすら不可能な状態だ。

 そして頭上に堆積する、何万トンもの砂を支える天井の付与魔法が完全に消失した瞬間、この市場とそこに残る人間がどうなるかは、想像するまでもなく明らかだった。



 






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