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魔術師涼平の明日はどっちだ!  作者: 西門
第八章 魔術師達の闘争
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第73話 焚書部隊

 ギリアムの案内にしたがって、俺達は迷路の様な狭い路地を、露天の布の壁に肩をこすりながらすり抜ける。

 砂の巨人のインパクトは大きく、今や魔法攻撃のほとんどはそちらに集まっていた。


 巨人は召喚者の老魔術師とは別行動をとって、火災の被害範囲が広い地区へゆっくりとした速度で向かっている。

 その進路途中の天幕は、魔法の影響で砂により液状化に近い地面になって傾き倒壊する。


 しかし逆に大量の砂が可燃物にかかる事で、火の勢いは衰え、一種の消化活動になっていた。

焚書部隊(ビブリオコースト)は、せっかく延焼していた地域が鎮火し始めると、攻撃を二手に分け、巨人の足止めと無事な天幕群への放火を行う。


 部隊の一部は拠点の櫓からはなれ、市場の街区へと水平ぎみに火弾を打ちつつ進行を始めた。

 さらに櫓の三階部分からは後続部隊が現れ、展望台部分を通って市場へ展開するため階段を降っていく。


「そろそろ、宝探しの時間と言うわけじゃな」


 続々と増員されている様子と、攻撃音が変化した事を聞きつけ、ギリアムは嫌味を言う。

 それを耳にした俺は納得がいかない。市場側は反撃の機会に逃しつつある、と指摘した。


「爺さん、あの巨人で櫓をぶち壊したほうが早いだろ?」


「じゃから逸るな。細工は流々、仕上げを御覧(ごろう)じろってやつじゃ」


 そううそぶいて嗤う老人は、商人というより詐欺師の顔だった。


「でも、ギリアム。熱いのは嫌いなの」


 再び火の粉が空中に舞い上がりだす中、美雨は個人的な好みの主張をする。

 彼女は少し亜麻色がかった髪を梳きながらたまに頷いていた。俺にはその仕草が、彼女が式神とやり取りをする時の癖だと分かっている。


 そもそも黒蓮の天幕で、男のベタな賞賛を受け入れるように彼女が柄にも無く髪をいじったのは、式神達をマーケットに放った事を悟らせないための擬態だ。

 そして最初はこの地下市場の情報入手が式神達の目的だったが、今は索敵行動に切り替わっている。


 暑さについても、確かに美雨の言うとおりだと感じる。

 砂漠の太陽の熱光線とは違い差すような痛みは無いが、既に空洞内の熱は息苦しいほどになっており、美雨をげっそりさせるのだろう。


 燃え上がる天幕群から推定して、すでに市場の四割ほどは火災の損害を受けているかもしれない。そしてさらに被害は拡大し熱さも増す。

 このままいくと美雨がどうなるか予想できた俺は、ちょっと焦る。


「爺さん、ともかく早く脱出しないとな」


 そんな俺の気配りに気づかず、ギリアムは悪気の無い態度で、口だけで謝った。


「ラベール嬢にはすまん事をしたの。じゃが、さっきのベアの魔法が今一つだった様に、地下でも砂漠では水属性の相性は良くない。逆にあいつらの火属性は見ての通りじゃ」


 空洞の壁に配置された各高見櫓から扇状に広がる炎の部隊は、前に広がる建物や屋台を、燃やし尽くしながら中心へと進撃してくる。

 このままでは火の柵に追い立てられ、商人達は袋の鼠になってしまうだろう。


「あいつらも万能薬を狙っているのかよ!?」


 苛つきぎみの俺の問いに、美雨は手振りで落ち着いてとなだめ、結論だけ述べる。


「焚書部隊の目的は万能薬の破壊です」


「破壊……」


 俺はこの特異な結社の成り立ちを思い出しつつ、美雨の言う意味を考える。


「焚書部隊って数年前に忽然と現れた魔法結社だよね?」


 弟子の言葉に師匠は早足のまま、心得たとばかりに燃える路地の中で講義を始めた。美雨は、集中力はあるくせに飽きっぽい涼平を、普段から教育する機会は絶対に逃さない。


「通常魔法結社が結成される前段として、求心力のある魔術師を支持する集団が存在します。そして既存の結社に飲み込まれず生き残こり、独立勢力と認知される為に結社化を行うのです。

 そして中身の高潔粗暴の区別は別として、強い魔法結社を維持するには、代表格となる複数の魔術師の存在が欠かせません。

 もちろん構成員の開示はされませんが、闘争を繰り返す中で、おのずと名は知られてくるものです」


 実際地上のバザールを主催する大手魔法結社S&Eなどは、沢山の高位魔術師を抱えているよな、と俺も相槌を打つ。


「しかしこの焚書部隊には有名な魔術師がいません。聞いた事もない魔術師の名前が上がったと思えば、すぐに消えてしまいます」


 そこまで彼女が説明した所で、前を進んでいたギリアムが口を挟んだ。


「まるで金太郎飴の様に、赤地に白十字の衣装でかためたこの結社の集団は、当初奇妙なスローガンを唱えるだけで、他の結社との交渉や提携も行わんかったんじゃ。

 それゆえに魔術師の世界からは浮いた存在だったんじゃが、結成後何をする訳でもなかったため扱いも軽く煙の様なもんじゃった」


 俺は、老人の東洋知識はお菓子にも及ぶのかと感心しながら、その先を読んで言葉を返す。


「評価が一変したのは、バザール焼き討ち事件の時か」


 老人は忌々しげに頷く横で、美雨はなにやら呟き続けている。

 この大空洞の壁や天井が地獄の釜の様に赤々とした焔で煽られ、皆の体感温度も急上昇していく。


「一見普通のバザールに見えても、ブラックマーケットと影で提携する市場は案外多いんじゃ。

 一般主催結社も裏の魔法具販売の噂を聞きつけて客が増えれば恩の字、それなりに相互依存の形で見てみぬ振りをする場合が多いんじゃよ」


 そこで彼は歯が鳴るほどきつくかみ締める。


「ところが焚書部隊はそのバザールの一つに突如大挙して乗り込み、なんと市場へ無差別に攻撃魔法を乱射したんじゃ。

 あっという間に市場の建物や魔法具は全て灰燼に帰し、逃げ遅れた商人や客は業火の中、生ける松明じゃった。運の良い者も大勢が火傷を負った。

 不幸中の幸い、規模が小さかったため死亡者は数十人程度じゃったが、事前警告どころか問答無用の殲滅攻撃に他の魔法結社は驚愕し、慌ててこの結社について情報収集を開始したんじゃよ」



 焦げた枯れ枝の様な体と、焼けた人肉の匂いが充満する会場の光景が浮かび、俺は胸が悪くなる。

 ギリアムはかまわず話を続けた。


「ところが、調べてみると、本拠の連絡先所在地はダミー。馬鹿馬鹿しい話じゃが、焚書部隊の登録代表はそのバザール攻撃で死亡しておった。

 指紋から代表者と思われる死体は、首から上が完全に炭化、死霊術で情報を引き出す事も不可能な有様じゃ。極端な浄化思想を持つという以外、結局正体は今もって不明なんじゃ」


 そこから先は俺も知っている。

 焚書部隊の急襲攻撃は何度も繰り返され、その共通項がブラックマーケットに関係するバザールだと判明してからは、魔法結社は例え裏でもブラックマーケットに市場の軒を貸す事に渋り出した。


 この時点から焚書部隊は、ブラックマーケットに敵対結社の認定をされたのだった。


 そのまま三人は、黒煙と炎の巻き上がる片側の天幕群を通過しかける。

 突然、美雨が詠唱した魔術式を涼平の眼前に展開するのと、焼け落ちる天幕をつき抜けた太い炎の帯が、こちらへ襲い掛かるのは同時だった。

 

 水よ、渦巻く盾となれ!

 aqua……convolvere……scutum!


 彼女が宙に呼び出した円水盤の盾(ウォーターシールド)炎蛇の舌(ファイアヴァイパー)を遮ると、至近距離でぶつかった魔法同士は小さな水蒸気爆発を起こした。




  ◆ ◆ ◆




 衝撃とともに辺り一面が濛々とした白い霧に包まれる中、金属が擦れ合う音がして、焚書部隊の先行隊が何人か飛び出してきた。その後ろに何十人かの姿が見える。


「四十人か、小隊じゃな」


 反対側の天幕前に積まれた大きな木箱の陰から、ギリアムは老練な魔法具商人らしく素早く敵を数える。

 そして腰ベルトの後ろに差し込んであった、肘の長さの魔杖(ワンド)を抜き出し構えた。


 白煙にまぎれて二人も身を隠したはずだが、そうでなくとも老人に助けるつもりは無い。

 この場所に来る前に己の身は自ら守る様忠告したのは脅しではなく、それがここでのルールなのだ。

 先ほど砂の巨人を呼び出したのも、まずは敵の陽動が目的だ。


「それにしても、今日が実行日とはのう」


 ギリアムは内心で黒蓮の男に文句を言う。


「同じ“闇市場(ブラックマーケット)”の構成員じゃというのに、けち臭いことじゃ」


 闇市場は巨大な闇の魔法結社だ。一般人からは裏取引の市場を意味する広義のブラックマーケットと同一視されている。

 結社自身もあえて同じ名前を名乗って秘密結社という存在をあいまいにし、その規模を隠蔽しているが、実体は多国籍企業なみの規模を持つ魔法結社なのだ。


 そのブランチには様々な別の結社や組織がぶら下がっており、簡単に裾野は見えない。

 また、ブランチ自体が社会に対して個別能動的な活動を行っており、自分達が闇市場の眷属である事すら知らない場合も少なくない。


 ギリアムも焚書部隊へ反撃する計画がある事は以前から情報として入手していた。

 しかし、内容詳細および実行日は専従班機密で、いくら老舗の実力者でも、基本的に表社会中心担当の「ギリアム商会」店主には一切出てこない。


「敵を騙すには……」を徹底的に行っていたのだ。ギリアムも涼平達の事がなければ、地下にいく予定はなかったのだから。

 ただ備えはしていたので、驚きよりも「ついに来たか」と高ぶった気持ちを、涼平達に誤解させてしまったが。


 最初に老人が不穏な空気を感じたのは、最期に天幕へ転移した時、その先が真っ暗な部屋だった時。

 涼平達は盲目魔法に気をとられていたかもしれない。だが三人が部屋に転移した直後、確かに魔法陣に一時停止(ロック)がかかった。


 つまりここの転移魔法陣では二度と帰さないという事だ、とギリアムは黒蓮の意図に気づいた。


「逃げ込んでくるな、という事じゃな」と老人は魔杖トップに据付けた、琥珀色の水晶へ意識を集中しながら苦笑する。その後の会話で実行日が今日とわかった。


「しかし万能薬とは疑似餌としては嘘くさい。食いつかせるに、どんな色や匂いをつけたことやら」


すでに水蒸気の白い霧は消えかけ、逆に焚書部隊の火炎放射で至る所に黒煙交じりの火の手があがる。


「やつらめ、自分達は熱くないからやりたい放題じゃな」


 防火耐熱の付与魔法が施された彼等お揃いの衣装を睨みつけながら、老魔術師がどう始末するかと考えて居た時だ。

 焚書部隊の後列がいきなり乱れ出した。


「ほうほう。若人はやる気充分じゃ」


 ギリアムは楽しそうに笑うと、反撃じゃなと、魔術式の詠唱を始めた。








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