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魔術師涼平の明日はどっちだ!  作者: 西門
第七章 古里の陰影
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第69話 暗闇の階段

 結局博士は太陽が西の峰に隠れるまで、神社内を歩き回った。

時折周囲を見回し、褪せた朱泥(しゅでい)色の社殿や長い樹齢を経た幹の太さにもかかわらず、若葉も茂る木々に頷いている。


 御山の霊性に関する質問も旺盛で、その精力的な行動には、案内する聡がやや疲労感を感じるほどだ。

 その後のジョージ博士と家族の対面は当初ぎこちなかったものの、博士の気さくな態度にやがて雰囲気も和んできた。


 家族にとっては、聡の身を賭した願いの後ろ盾と見なした学者を好ましく思えるはずがなかったが、それについて博士自身が聡の無茶を諌める様子が見られた事で、やや安心したと言える。

 家族全員と挨拶を交わしたあと、この居間には大爺と聡の父、そして楓が座っている。


「聡はまだ若い。だから少々焦りがみられるな」


 歯に衣着せぬジョージのコメントに聡も苦笑いだ。


「私の国亜米利加(アメリカ)はもちろん、魔術師の集中する欧州でも、神の顕現という大それた実験に成功した事はない。

 過去にあったという記録も肝心な詳細は曖昧模糊(あいまいもこ)としておるのだ」


 居間に腰を下ろした博士の前には、緑茶の香りが漂っている。楓がコーヒーでいいかと尋ねた所、日本茶を希望したので、楓は湯のみを置いて退出しかけたが、父にそくされて同席する形になった。


 その席上父から聡の願いについて問われた博士が、若い神主に冒頭の発言を行ったのだ。


「ご家族の心配はもっともな事だよ。魔法学とて科学と同じ。一歩一歩の積み重ねが今日の礎になっているのだ。

 進みが遅いからといって無理をすれば、全てを失ってしまうのだから」


 博士の諭すような口ぶりに同意する家族を見て、聡は形勢不利と感じたのかあいまいに頷いた。

 それからは互いにお茶を喫しながら、最近の魔法研究について雑談を交わす。

 その後食事を用意するのでここへ泊まる事を勧めた聡に、学者はすまなさそうに断った。


「ありがたい申し出だが、温泉に入りたくて宿に荷物を置いてきたんだ」と地元の大黒屋の名を告げる。


「気が回らずすいません」


 恐縮する彼に博士は笑って答えた。


「いやいや、世界中を旅行していると、ささいな楽しみを得る事には手回しが良くなるのさ」


 頼んだタクシーが鳥居の前まで来る時間を見越して、自宅の玄関まで家族皆が見送るなか、博士は辞去の挨拶をする。


「また、明日もお邪魔しますので」


 そこで楓の横に並んだ桜に気づき、彼は手を差し出す。


「よろしく頼みますよ、小さな淑女さん」


 桜も顔を会わせるのが三度となり、緊張を解いてその握手に応じる。


「お待ちしています」


 ジョージ博士は満足そうに首肯すると、暗い境内の中聡に古い懐中電灯で足元を照らされながら、階段を下って行った。


「思ったより常識人だったわね」


 楓の言葉に神主の父も安堵した表情で応じる。

 玄関の外は冬の空気で肌が凍る程だったが、長男への心配事が少しだけ軽くなったのか、父の表情は明るい。


「ああ。聡の事を追い詰めている元凶かと思っていたが、誤解だったな」


「兄さんはジョージ博士を尊敬しているみたいだし、彼が不可能と言えば、神降ろしなんてしないわよ」


 楓の言葉を遮るように、大爺が桜に問う。


「桜はあの男をどう思う?」


 突然大爺から聞かれた桜は面食らうが、素直に答えた。


「優しい、いい人だと思うよ」


 桜は子供扱いせず握手してくれた博士の手の感触を思い出しながらかじかみ出した手をこすり合わせる。


「とっても暖かい手で、柔らかくてまるで骨がないみたい」


 大爺は「そうか」と答えただけだ。


「お祖父さん、なにか気になる事があるの?」


 楓は大爺に尋ねる。隣の父も不審げだ。


「いや、なんでもない。そろそろ身体も冷えてきた。家に戻ろう」


 大爺は桜の背に手を回して、後ろを向かせると押し出すように、玄関から宅内へと帰っていった。

 楓と父は大爺の態度に釈然としない思いを抱いたが、首を竦め合って二人についていくのだった。




  ◆ ◆ ◆




「博士、私は諦めませんよ」


 鳥居まで帰りの階段を降る途中、聡は耐えられず自分の胸の内を語る。

 家族の前では我慢したが、聡は尊敬する博士に真剣に聞いて欲しかった。


 夜の杜では、聡の手にある旧式の電灯だけが、自分の姿を照らすが、あまり性能が良くないのか、黄色い光はぼんやりとして提灯の様だ。

 そしてその周囲は明かりに切り取られた部分を除き、漆黒の帳の中だ。


「聡、ここは夜でも烏が多いね」


 博士は不意に関係の無い話題をふる。

 それを聞いた若い神主ははっとしたが、あたりを見回すのは我慢できた。流石は高名な魔術師だと聡は舌を巻く。自分は全く気がつかなかった。


「どうだい、私はこれから宿で一杯やるつもりだが、君も付き合ってくれんかね?」


 楽しそうなジョージの提案に、聡は「いいですね、お供します」と返す。


「嬉しいね。でも私は酔うとだらしなく騒ぐから、その対策はしなきゃならんなあ」


 聡にも博士の言いたい事がわかった。ここには烏達がひそんでいる。

 大爺の式神が。そんな中で博士や聡が結界を張って会話を始めたら、怪しいに決まっている。

 大黒屋に行けば、客に迷惑をかけないという理由で、結界を展開して外部への音を遮断できるのだ。


「あまり深酒して大声を上げないでくださいよ」


 聡はわざと気安く忠告した。博士はニヤリと口角を上げると聡の背中をバンバン叩く。


「まあそう言わずに、頼んだよ」


 聡は思ったより強い衝撃につんのめり、階段から足を踏み外しそうになって焦る。

 そんな彼に笑いを深めた博士に苦笑を返し、聡は石段の感触を確かめた。

 同じ研究に携わる魔術師同士は、ゆっくりと下に向かって歩いていく。


 杜奥の枝から二人を見る式神の目には、彼等が微かな灯りを頼りに、暗い暗い闇の階段をひたすら降る亡者の様に見えた。




  ◆ ◆ ◆




「桜、お風呂沸いたわよー」


 階段の下から聞こえる母の声に、食後部屋で宿題をしていた桜は「はーい」と返事を返すと、書きかけの原稿用紙を本に挟んで閉じる。


 桜の部屋は四畳半の畳の部屋で、布団で眠る。

 可愛い花模様のカレンダーが鴨居の紐からぶら下がり、小さいクローゼットも白い兎のステンシル模様だ。

 カーテンも薄いオレンジで、古い和室の部屋をなんとか子供らしくという気配りが見え隠れする。


 だが、勉強机はいやにデザイン性の高い椅子とセットだ。

 母様が「正座は桜の脚の形が悪くなる」と主張したらしく、背筋や脚が正しい位置に来るように、科学的に考慮した高級な机と椅子らしい。


「桜が立ち歩きをするとすぐ、食堂の座卓も脚の高いテーブルになった」


 昔、聡兄が可笑しそうに教えてくれた。


「居間も和室から、洋風のソファに合う様に模様替えをしたんだよ」


 横にいた祖母も話に乗ってきた。


 桜は自分が母様や皆にどれだけ大切にされているのか、そんな話を聞く度感じて、心の奥から温泉が湧き出すように暖かい気持ちになるのだ。


 桜は閉じた本をもう一度手に取ると、自然に笑顔になる。

 今日は学校で冬休みの課題だった読書感想文を返して貰ったのだが、そこで桜の作文が広域地区の作文コンテストに、クラス代表として提出させる事になったと発表された。


 クラスの皆から拍手されて嬉しがる桜に、授業が終わった後、先生が声をかけた。


「桜さん、提出日までに誤字を直して、清書してきてね」


 そう先生に頼まれ、桜は意気揚々と帰宅するとすぐ家族に報告したのだった。


 大爺は「でかしたっ」と褒めてくれたし、お祖父さんも頭をなでてくれた。お祖母さんと母様は、お祝いに夕飯は好物のおでんを約束してくれたので、桜はとっても幸せだった。


 聡兄に伝えようと社務所で帰りを待っていたら、ジョージ博士といっしょに来たので、桜はようやく学者さんが来るのが今日だったと思い出した。


「私ってば、嬉しくて来客の事忘れてたなあ」


 その後は聡兄に作文の件を言い出す機会が無かった。

 そして今晩は博士の宿に泊まるらしい。ちょっと残念だったが「まあ、明日でもいいか」と考えて、「ガラスのうさぎ」と表紙に書かれた本を机に置くと、お風呂に入るために部屋からでる。


「おでん食べ過ぎたかな?」


 歩き出すとお腹の具合がどこかおかしい。

 今まで感じた事のない、妙な身体の感覚を訝しく思いながら、桜は太陽の様な明るい照明の下、母の居る一階へ向かった。










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