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魔術師涼平の明日はどっちだ!  作者: 西門
第七章 古里の陰影
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第68話 桜と聡と博士

 聡は神社の建物について異国からの訪問者に英語で説明を続けながら、社務所の脇で烏を腕に乗せて遊ぶ姪に気づいた。

 彼女も自分と来客に気づき、興味深げに見守っている。そんな桜に、彼はおいで、と仕草で呼び寄せる。


「博士、私の家族をご紹介します」


 それまで眼鏡を通して、拝殿を興味深げに見ていた樽の様な男は、若禰宜(わかねぎ)の声に近づいてくる少女へと焦点を合わせた。


 白いロングネックの長袖シャツと、赤いタータンチェックのジャンパースカートを着て、脚には黒のレギンスをはいた彼女は、肩に少しかかる黒髪を揺らしながら男の傍にやって来る。

 肥満でコートがはちきれんばかりに太った彼と違い、少女はすらりと健康的でその歩みも軽い。


「コンニチハ」


 聡が少女を紹介する前に、金髪がだいぶ後退した男は、片言の日本語で挨拶をする。

 すると少女は一礼して、英語で返答をしてきた。


「I am honored to meet you.(お会いできて光栄です)」


 男は首が無いような丸顔と顔半分を覆う髯を下に向けて、にこやかに質問する。


「Can you speak English?(英語が話せるのかい?)」


 太いが落ち着いた男の驚いた口調を聞いて、少女は恥ずかしげに返答した。


「Yes. I can speak only a little.(はい。少しだけ)」


「I am glad to hear it. (それはいい)」


 彼は壜底眼鏡をかけたおもてを破顔すると、手袋を取った右手を差し出す。


「My name is Mark George. I am glad also for me to meet you.

(私はマーク・ジョージ。こちらこそお会いできてうれしいよ)」


 少女はおずおずとその男の柔らかくて温かい手を握る。


「My name is Sakura. My best regards. (私は桜と申します。よろしくお願いします)」


 ジョージ博士はゆっくりと握手を交わすと、北極に住む子供好きな聖人の様に声をあげて笑った。


 幼い頃から桜に教えた英会話が役に立っている様子に、聡も満足して会話に参加する。


「良かったね。初めてで英語が通じて」


 彼女も外国の人相手に使った英語が最初から通じたのが嬉しくて、少し紅潮した顔になる。


「うん。聡兄のおかげだよ。ありがとう」


「初めてとは凄いね。発音も品が良くてしっかりしているよ」


 博士にも褒められてしまい、桜は腕を後ろで組みながらさらに照れる。そんな様子に微笑む学者へ、聡はどこか誇らしげに紹介した。


「博士、彼女は我が家の希望の星ですから」


「ほう、それは将来が楽しみな事だ」とジョージは両手を広げる。

 聡兄と学者の褒めごろしの会話の中、桜は嬉しさ以上に恥ずかしくてたまらない。


「私はそろそろ失礼します。どうかごゆっくり」と挨拶をして、走り出しそうになる気分を抑え社務所の後ろの杜へと逃げ込んだ。




  ◆ ◆ ◆




 桜が建物の陰からのぞくと、二人は境内から拝殿の方へと進んでいく。どうやら自宅へ行く前に、神社内を案内する様だ。

 途中足を止めた聡兄が、はつらつと建物を指を差しながら口を動かしている。多分由来を語っているのだろう。


「もう、聡兄ってば恥ずかしい」


 桜は伯父の自慢げな態度を思い出して、文句を言う。

 桜だってもちろん褒めてもらうのはありがたいが、あそこまであからさまだと、逆に身の置き所が無くなってしまう。博士も大げさな手振りをするから、ますます桜は羞恥心が高まった。


「外国の人って、やっぱりジェスチャーが派手だよね」


 彼女は太った学者の容貌に、あれで赤と白の服を着てトナカイのソリに乗ったら、ますますそっくりだと可笑しくなる。

 それに聡兄の話どおり温和でいい人みたいだと安心した。


 桜は振り返り、薄暗い杜の枝の上で彼女をを見下ろす数羽の烏達に、のんびりと話しかける。


「聡兄の顔を見た? まるで好きなアイドルが市民会館に来た時のさっちゃんみたいな顔だったよ。

 ジョージさんだっけ?あの人なら、危ない事を伯父がしようとしてもきっと止めてくれるに違いないよね」


 烏達は桜の話を無視しているのか、ある者は片羽をくちばしで突いてつくろい、別の者は隣の同胞とギャアギャア鳴き交わしている。 


「もうちょっと真面目に聞いてよ」


 桜は口を尖らせるが、彼等の態度が一向に変わらないので諦め、母親に一番に報告しようと思いついて、二人に見つからない様に自宅へと駆け出す。

 その彼女の後ろ姿を、直前まで好き勝手にしていた烏達の目が、吸い付くように見つめている事に、桜は気づかなかった。




  ◆ ◆ ◆




「ジョージ博士、本当に一休みされなくて良いのですか?」


 聡は拝殿の入口へと学者を導きつつ、外国から到着したばかりの彼へ労わる様に言葉をかける。


「ありがとう、聡。でも私はこの霊性に満ちた場所に着いて癒された。そのスピリチュアルな雰囲気をもっと感じたくてしかたがないのだよ」


 博士は若い神主を苗字ではなく、気安く名前で呼んでいる。だが、聡もそれを不快に思う様子はない。

 彼らは数年前に魔術師の会議で出会い、三年前からは共同研究を開始していた。


魔術師の世界では名を知られた博士と違い、完全に無名な聡が共同で研究という事はおかしかったが、どちらかといえば、聡は博士の助手的な役割で、資料の収集や、時にはフィールドワークを手伝っていた。


「これは本当に素晴らしい場所だね。むしろ今まで魔術師の仲間に知られていなかったのか不思議だよ」


 博士の感銘を受けた台詞に、内心で興奮しながら、聡はさりげなく拝殿の中を案内する。


「ここは祭祀や拝礼を行う場所です。基本的に私達神主が居る場所になっています」


「ここに神がおわすのかね?」


 観光客の様な学者の質問に答える聡も、初めてここに来た信徒に説明するなめらかさだ。


「いえ、御神体を奉る本殿は別にあります。申し訳ありませんが、そこはお見せできません。神職以外が入る事は禁じられておりますので」


 申し訳なさそうな聡に、気軽に手を振って承諾する博士は、細かい事に拘泥しない性格らしい。


「かまわんよ。ここに居るだけでも、清涼な神気が流れているのが感じられるぐらいだ」


 博士のおおらかさに聡は深く感謝している。

 聡も対等の立場などとは夢にも思っていない。一般の大学に勤務しながら、魔術師としての名声を博しているジョージ博士と知己を得て、魔法について彼から学べる事で十分満足している。


 博士の魔法に対する知識や飽くなき探究心は、まったく年齢を感じさせないバイタリティに溢れており、年中世界を飛び回っている。

 聡はこの歳になって本当に尊敬できる教師に出会ったと、祀る神に手を合わせたい気持ちだった。


 過疎の村で朽ち果てるしかないのかと苦悩していた彼にとって、この魔術師との出会いは自分の能力を少しなりとも発揮できる機会となっている。


 むろん、沢山の研究スタッフを抱える博士にとって聡自身が関われる範囲など限られていた。

 博士は様々な大学や企業、魔法結社と共同のプロジェクトを進めており、一個人の聡の研究に携わる暇などほとんどない。


 実際は聡自身が仮説を立てた理論について、評価し、問題点を指摘してくれるだけだ。

 それでも、他の研究スタッフからすれば、なんのコネも無い極東の神主風情に対する博士の扱いとしては、破格といえた。


 そんなスタッフの無言の非難や妬みを感じない聡ではなかったが、気にする事はすぐに止めた。

 聡にはこの神社と霊場がある。博士にここのパワースポットとして秘められた効果を日々力説してきた彼だったが、博士は強い興味を示すものの、忙しくて訪問日程が合わなかった。


 長年の交渉の末、今日ようやくこの御山につれてくる事ができたのだ。


 彼にとって、この山こそが切り札だ。そして悠久の時を経たこの杜の持つ魅力は、聡の狙いどおりすでに博士を虜にしつつあるようだ。


 これなら、ずっとお願いしていた研究もより積極的に協力してくれるかもしれない。いや、きっとしてくれるはずだ。

 聡の中で、昔大爺に放った言葉が甦る。


「だけど、始めないと。

 この村の将来は変わらないんだ。


 お祖父さんの代は良かった。今の親父の代も保つかもしれない。

 だけど、俺の代にはきっと駄目になってしまう。


 だから、今からでもやるだけやらしてくれ。

 故郷や信徒の皆の未来のためだ。」


 あの啖呵をきってからもう数年が過ぎた。あれからますます過疎化は進み、高齢化率も県下で有数の地域になってしまった。

 高齢者の夫婦は、どちらかが亡くなると、残された方は、心配した街の息子や娘の家へと引き取られたり、高齢者のグループホームへと移っていってしまう。


 秋祭りの子供御輿も村の子供では充分数が集まらず、親戚の子供まで頼っているし、昔は四十歳で退団が規則だった青年団にいたっては、五十五歳でも退団出来ないほど、若手がいないのが現実だ。


 だが、聡も手をこまねいていたわけではない。この三年間、寝食を惜しんで、神主の仕事の合間、研究に時間を費やしてきた。


 もう少しで、手ががりが得られる所まできたのだ。諦めはしない。

 家族が自分の身を心配してくれている事もわかっているし、賛成していないのは承知の上だ。

 そこまで考えて、聡は表情を緩める。


「いや、一人だけ味方がいたな」


 なにかと考え込みがちで、人によっては暗いと評される自分。

 そんな彼に幼子の頃からあどけない顔で話しかけ、何事にも一生懸命怒ったり笑ったりする姪っ子に、聡は救われている。


 自分はまだ独り身だし結婚相手もいないが、もし子供が出来たら、桜の様に育って欲しいと思う。

 そしてこの村を愛し、村に愛されるような人になってくれたら、きっと素晴らしい事だろう。


 だからこそ、桜や将来の村の子供達の故郷を、ミイラの様に干からびた姿になって、(すた)れさせてしまいたくなかった。

 もちろん、自分が村に取り残される恐怖は未だに強く自分を縛っており、それが元々この研究を始める原動力でもある。


 だけど、今は決してそれだけじゃない。この何年間か研究を続ける中で、単なる村の神主としての役割を越え、魔術師として世界に自分の証を残したくなってきたのだ。


「きっと成功させるからな、神降ろしを」


 聡は自分自身に言い聞かせるように呟く。


 そんな聡の姿を背後からジョージ博士は何も言わず見つめていた。壜底の様な分厚いレンズのために、彼の眼の奥はわからない。


 ただ口元の髯が動き、ゆっくりと半月を描きだした形からは、不意に冷たい哄笑がわき起こりそうに見えた。それはこの陽気な魔術師には相応しくない、冷笑と言ってもいい表情だった。








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