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魔術師涼平の明日はどっちだ!  作者: 西門
第七章 古里の陰影
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第67話 桜と祖母とお菓子

 桜がその人を見たのは、今回が初めてだった。

 聡兄(さとしにい)が尊敬する偉い学者だ。


 彼は一月の木枯らしの中を、襟に分厚い毛皮のコート姿で、聡兄に案内されて境内を歩いてくる。

 まだ遠くなので、顔は見えないけど、外国人だと聞いていた。

 背筋を伸ばしはっきりとした足運びに、桜も村のみんなとは違う動作を感じた。


 会うのは始めてだったけど、聡兄からこの人の素晴らしさを聞かされてきたので、桜もなんだかずっと前から知ってる様に感じて、挨拶するのが楽しみだった。




  ◆ ◆ ◆




 そんな出会いから数ヶ月前の事。

 聡兄は毎年冬になると開催される催しで、三年前から有名な学者と定期的に会っているらしい。

 それだけじゃなくて普段も色々と相談しているみたいで、最近は家族での話の時にもその学者の名前がでるようになった。


 その学者との議論のやり取りを回想する伯父は、近年の悩んだ様な顔つきが一変して、とても雄弁な研究者の表情をしている。

 

 でもこの話題について、家族が乗ってくる事は少なく、いつもなら聞かれる前から大声で意見を述べる大爺すら、寡黙だった。


 桜は聡兄の熱心な語り口と、それを聞く大爺や祖父の気乗りしない態度が常々不思議だった。

 そのうえ母もどこか気遣わしげだったので、桜は後で二人の時に尋ねる。


「母様、聡兄が楽しそうなのに、なんで皆聞いてあげないの?」


 桜だったら、自分が好きな話を家族が聞きたくないって仕草をされたら、悲しくて泣いてしまう。


「聡兄は昔からよく難しい顔するけど、あの学者さんの話をする時だけは、目が輝いてるのに」


 皆を責めるような桜の態度に、母親は困り顔のまま笑う。


「そうね。桜の言うとおりね。でもみんな兄さんが心配なのよ」


 何が心配なのかは説明してくれない母親が不満だったが、桜は自分だけでも聡兄の味方になってあげようと決めた。


「盆栽壊し仲間だもんねっ」


 いつの間にか、聡兄を身覚え無い悪さの共犯に仕立て上げ、桜は彼の所へ向かう。

 自宅から拝殿の方に走っていくと、途中で巫女のおねえさんとすれ違う。


「桜ちゃん、何処へ行くの?」


「聡兄のとこ!」と言う桜に、彼女はしみじみと「いいわねえ」と微笑む。そんなおねえさんに手を振りながら、桜は伯父のいる場所へと駆け込んでいった。




  ◆ ◆ ◆




「そうか、それで桜は僕の話を聞きに来てくれたのか?」


 聡兄は拝殿の脇の控え室で信徒がくるのを待っていたが、息を切らしながらの桜をまず座らせる。

 そして彼女の主張に耳を傾けると目を細めて姪の頭を撫でる。


「ありがとう、桜。でも皆が心配するのも無理はないんだよ」


「危ない事なの?」


 桜は聡兄も彼女の意見に賛成すると思っていたので、拍子抜けだ。

 そして家族が心配するなら危ない事だと見当はつけていたので、聡兄に確認してみる。

 「危ない事はしちゃいかん」って大爺も言ってたし、と自分が叱られた事を思い出して、彼を止めようかと迷う。


「そうだね。でも慎重にやれば大丈夫だよ」


 しかし正直に答える聡兄が、恐れていない事に桜は安心する。

 彼は祖母いわく「石橋を叩いて渡る」性格だそうで、彼が取り組む場合は、成功の見込みが高いらしい。

 桜はなんとなくその時の祖母との会話を思い出す。




  ◆ ◆ ◆




「だからって嫁取りまで石橋叩いてちゃ、向こう岸の嫁さん候補が待ちきれなくて逃げちまうよ」


 社務所で番をしながらぼやく祖母は、以前桜に得々と語った事があった。


「いいかい。女にだらしない奴も駄目だが、女に理詰めの男も情けないもんさ。そんな男に惚れる馬鹿もいるけどね。

 でももし桜がそんな馬鹿になったら、あんたから飛び込んで行くんだよ。

 燃えそうにない硬い炭だって、穂口がボウボウしてれば、いつかはかまどの中で火がつくもんさね」


 そんな火は消えにくいしね、と祖母は大柄な全身を揺らしながら桜を膝の上に抱きあげる。


 小学校高学年の桜はそれなりに重いはずだが、村の畑仕事で男勝りに働く祖母にかかっては、コメ袋と持つのと変わらぬ軽がるとした扱いだ。


「頭と心は一緒だけど違うもんさ。男は色んな(しがらみ)をさも大事そうに自慢するけど、くだらないね」


 いつのまにか、隣の席に座っていた巫女のおねえさんも、体を乗り出して聞き入っている。

 それで調子に乗ったのか、祖母が益々意気軒昂に自説を披露した。


「後ろばっか見ながら歩いてたって、棺おけに入る日は来るんだからさ。

 それなら前の新しい景色に期待する方がなんぼかマシだし、その時まで隣を歩いてくれる人がいれば、話相手ぐらいにはなるんじゃないかい?」


 桜が祖母の弁舌に圧倒されていると、後ろの引き戸からから母の楓が社務所に入り呆れた声で話す。


「さすが、駆け落ち経験のある母さんの言葉には説得力があるわね」


「お祖母さん、駆け落ちしたの!?」


 桜の驚きに、祖母は鷹揚に手をふりながら懐かしそうだ。


「駆け落ちというより、かどわかしかねえ。まあ、祖父さんはサラリーマンだったからね。ここの神主は無理だってぐすぐず言うから、祖父さんをさらって家出してやったのさあ」


 カラカラと笑う祖母の過去に、桜はポカンとする。


「変な事を桜に教えないでね」と苦笑する母。

「ごめん、ごめん」と頭を下げている祖母に反省の色は無い。


 そして、横にいた巫女のおねえさんの方を向くと、不意に突っ込む。


「だから神頼みだけじゃなくて、のろくさい石橋男には反対側から女が手を伸ばして引っ張り込まないと、届かないよ」


 祖母の言葉におねえさんは真っ赤になると「お、お手洗いに行ってきます」と逃げ出した。


「まったく、最近の子は大人しいねえ。女は度胸だろうにさ」


 社務所から境内の景色を見ながら再びぼやく祖母を楓がからかう。


「母さんほどの肝っ玉の女性は村にはそうそういないわよ」


 そんな言葉に祖母は答えず、桜を膝から下ろすと、頼みごとをした。


「家の食堂に峠屋のお饅頭があったろ?あれを箱ごと持ってきておくれ」


「わかったっ」


 桜は大好物の店のお饅頭がおやつの時間より早く食べられるので嬉しくなって、勢いよく頷いて自宅へと走り出す。


 祖母は、桜が社務所からいなくなると、前の机に頬杖をついた。


「私以上の肝っ玉母さんはここにいると思うけどねえ」


 ただ笑っているだけの楓に祖母は静かに問いかける。


「楓、あんた本当にこれで良かったのかい?」


 楓は何言ってるの、と祖母の背中を手の平で音を立てて叩く。


「後ろばっかみずに、前の景色に期待するんでしょ。それに、私は桜の母になって毎日が充実してるのよ」


「そりゃ見てればわかるさ。この婆さんだって愛しい桜のためならってね。だけど何もあんたが、と思う日もあるんだよ」


 楓の母として愛情のこもった眼差しに、鼻の奥をつんとさせながら、楓は感謝してその手をさする。


「ありがとう、母さん。今とっても幸せだからね」


 まだまだ健康だが、厳しい巫女の生活によって母の甲には確実に老いの気配があった。

 そういえば父も白髪がめっきり増えたな、と楓はふいに思い出し、楓は両親の心労を思うが、自分の選択に後悔はしていない。


 恋の代わりに命を得た。それでいい。


「そうかい」


 祖母もそれ以上は語らず、娘の手の平の温かさを感じていた。


「おいしいおいしいお饅頭もってきたよお」


 そこへ桜の元気な声が引き戸の外から聞こえてきて、二人は顔を見合わせ微笑みあう。

 桜と一緒に巫女の彼女も戻ってきたので、お茶をいれるために楓は立ち上がった。




  ◆ ◆ ◆




「桜? どうしたの?」


 聡兄に聞かれて我に返り、あの時沢山食べた峠屋のお饅頭の味を反芻(はんすう)していた桜は、頭をその絶品の餡子から切り離して今へと戻る。


「ううん。なんでもない」


 なんとなくはしたない気がしてとぼける桜の前に、信徒からもらった和菓子の包みを数個箱から出し、黙って置く彼女の伯父。

 そのまま知らん振りの彼に、桜は思わず「なんでわかったの!?」と叫んでしまった。


「そうか、当たりか」


 聡兄は楽しそうに笑う。


「ねえ、聡兄なんで?」


 お菓子の事を想像していたのが何故わかったのか、不思議でしょうがない桜に、彼が得意そうに説明する。


「簡単だよワトスン君。姪っ子の表情を毎日見ていれば、よだれを垂らさんばかりの顔の時は、おやつ前だと決まっているからね」


 なんだか分からないけど、桜がおやつを欲しがっていると思ったらしい。


「ち、違うよ、おやつが食べたかったんじゃないもん」


 反論する桜に、聡兄は残念そうな顔をすると、さっきの和菓子をしまおうとするので、桜は慌ててその包みを手に取った。


「あれ? お菓子はいらないんだろ?」


 聡兄のからかう様な台詞に、桜はちょっとほっぺを染めながら素直に答える。


「食べたい」


「そうだね。桜は僕の話を聞きにきてくれたから、これはご褒美だ」


 彼はそう微笑んで、和菓子の包み紙をはがしてくれた。


「そうだよ。桜は聡兄の味方なんだからね」


 渡された小ぶりの芋菓子を、桜は大事そうに両手で持って口に入れる。

 大納言小豆が混ざった和風スイートポテトの自然な甘さは、舌先で広がり、桜の表情をとろけさせた。


「おいしいかい」


 そんな桜を眺めながら、聡兄は姪の至福の表情に笑いをこらえている。


「うん! おいしいっ」と桜はご満悦だ。


「じゃあ、また話を聞きに来てくれたら、お菓子をあげる」と姪に話す彼に、桜はまだ少し口をもぐもぐ動かしながらちょっと不満そうになる。


「違うよ。お菓子がほしいから来たんじゃないよ」


 そんな不平に、桜の気持ちとお菓子を気軽に天秤にかけてしまったと反省した彼は、小さな姪に素直に謝った。


「そうだね。桜の言うとおりだ。ごめんね」


 聡兄の言葉に桜はすぐに機嫌を直すと、ちょっと言いにくそうに追加する。


「で、でもお菓子もあると嬉しいかな」


 それを聞いた彼は、最近覚えが無い程大声で笑ってしまった。

 心底おかしくて笑いすぎ、苦しくなって腹をかかえる聡兄の様子に、今度は桜が真っ赤になって両手をふりまわして怒る。


「聡兄のばかっ」


 ごめんごめん、と笑いながら謝る伯父と、ばかばか、と怒り続ける姪の声が拝殿の部屋の外にも聞こえ、参拝者はなにが起こったのかと首をかしげあっていた。









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