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魔術師涼平の明日はどっちだ!  作者: 西門
第六章 想いとすれ違い
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第64話 望みの品

 黒蓮の天幕は入口に鍵の魔法が掛かっていなかった。

 アスレイは、扉代わりの分厚い布をかきわけ、中に入る。


「いらっしゃいませ」


 さっき聞いた東洋系の男の声がして、別の部屋から現れる。


「先ほどのお客様、もうお帰りですか?」


 落ち着いたその声は、露天商が自分を軽視した態度と違いすぎて、そのときの屈辱を逆に思い出させる。それでアスレイは不機嫌そうに食ってかかった。


「帰るもなにも、ここの市場の奴らはマトモじゃねえっ。よくもこんな所に連れて来たな!」


「何か不愉快な事でも?」


 アスレイの苦情にも平然とした様子の男は、前のテーブルに座るようアスレイに勧めた。

 アスレイはどっかと音を立てて椅子に腰かけ、さっきの取引話を大声で伝える。

 商人は穏やかな表情を崩さぬまま、アスレイが喚き疲れるまで黙っていた。


「……てわけで、俺は酷い目にあったんだよっ」


 文句を言い続けてようやく一息ついたアスレイは、乗り出していた身体を背もたれに預け、腕を組むと男の釈明を待った。


「それは幸運でしたね」


 だが男の言葉はアスレイの考えてもいない物だった。

「なっ」と再び怒りを見せるアスレイに、男はゆっくりと手を広げて「まあまあ聞いてください」と(なだ)める。

 そして外国のルールを観光客に説明する、旅行会社添乗員の口調で語った。


「今回の場合タチの悪い商人なら、まずあなた様が不用意に特別品を見せた瞬間に、部下を使ってその場で奪い取っています。

 部下の事を知らない振りさえすれば、金を払う必要もないのですから」


 男は丁寧に説明してくれるが、その中身にアスレイは慄然とした。


「また身体に触れようとした瞬間に、刺されていてもしかたありませんでした。

 この市場では、その様な行動自体が攻撃ととられるので。

 多分その商人の方は、あなた様がこのマーケットの経験が少ないと気づいていたので、命までは取らなかったのでしょう」


 アスレイは、がたがたと震えがはしる。

 自分は馬鹿にされたと憤慨していたが、実は相手に手加減されていたというのか。


「ここへ無事に戻ってきただけでも、運が良かったのですよ」


 男の台詞に脱力して、アスレイは椅子にぐたりと寄りかかってしまう。


「それで、どうされるのですか? 地上にお戻りになるならご案内しますが?」

 

「いや、手にいれたい物がある」


 アスレイはなんとか気を取り直して、必死で商人に依頼する。


「だがこんな場所では危険すぎる。何も説明せず俺を放り出したあんたも、次は一緒に行ってほしい」


 男の説明不足をなじりながら、要求した。


「……どのような品をお求めですか?」


 男はしばらく沈思したが、アスレイの要求を門前払いにはせず尋ねる。


「武器だ。魔術師を倒せる武器。俺が安全な場所から攻撃できるヤツだ」


「それはまた物騒な話ですね」


 場違いな男の言葉に、アスレイはいらつく。

 ブラックマーケットの買い物に、普通の品なんてあるはずもない。

 自分がここでは素人なので、彼は()められたと気に障ったがぐっと耐えた。

 この男に同行を断られ、自ら交渉するなんて真っ平だったからだ。


「ご予算はどの程度ですか?」


 以外にも商人は話を進めてくる。アスレイは内心ほっとしながら腹積もりを告げる。


「それですと、低級の上位式神のレベルですが」


「いや、もっと強力なヤツがいい」


 アスレイはカマイタチの惨敗から、あの若造を倒すには相応の魔法具が必要だと判断していた。


「希望する魔法具はありますか?」


 男に問われて、アスレイは市場で見かけた品を例にあげる。


「魔法兵クラスが欲しい」


「このマーケットでは、一体がこのぐらいになります」


 商人が提示した金額は、アスレイの口座にある全財産を引き出しても足りなかった。


「もっと安くならないのか!?」


 アスレイは椅子から立ち上がって怒鳴るが、男は平然としたものだった。


「禁呪魔法を使用した品ですから」


 魔法兵は式神クラスでは上位に当たる。簡単に手に入る品ではない。彼もそんな事は承知していたが、今度あの餓鬼と対決する時は、絶対勝てる武器が欲しかった。


 獲物の周りを回るハイエナの様に、天幕の中をうろつくアスレイ。

 そこへ男が思い出したかの如く提案する。


「魔法具は中古でもいいのですか?」


「そ、それはどういう事だ」


 アスレイはテーブルに飛びつくと男に説明を催促した。


「いえ、このマーケット内で短期転売の利ザヤを狙う方の為に、私の店は現金融通用の質屋サービスも営んでいるのですよ。

 ところが中には、質草を預けたまま取りに来られない方もいらっしゃるのです」


 商談中不幸に会われたのでしょうかね、と商人の言葉は続く。


「そんな質流れの品の中に、確か魔法兵が三体あったと思います」


「い、いくらで売ってくれる?」


 アスレイは唾を飛ばさんばかりの勢いで尋ねた。


「そうですね。少し訳ありの品ですので、三体まとめて買って下さるならお安くしましょう」


 男の提示した価格はアスレイの持ち金の大半だったが、それで魔法兵が手に入るなら安い物だった。

 訳ありという点は気になったが、そこはしつこく確認すればいい。


「商品をみせてくれ」


 アスレイの要求に、男は商売用の顔で笑うとうなずいた。




  ◆ ◆ ◆

  



 魔術師のバザールの二日め、今日も俺と美雨はギリアムの天幕に軟禁状態だった。

 もちろん外に出て行くことはできるが、もし他の商人の店にいる所をギリアムや彼の店員に見つかったら、面倒な事になる。


 ギリアムの疑心暗鬼は今や相当な物なので、波風を立てることはお互い得策ではない。

 しかし初日の様子から、状況がかんばしくないのは推察されたので、俺達も昨日の昼天幕で二人相談した、次の手段を取るつもりだった。


「爺さんならきっと知ってるはずだ」


「それどころか、ツテを手繰って情報を収集しているはずです」


 昨日と同じカウチに腰掛けながら、美雨は断言する。

 そんな彼女へ俺は質問した。


「美雨さんの方は?」


「式神達も市場を飛び回ってくれていますが、なにしろ言葉が話せないので商人達の裏話を拾い上げるぐらいしか役にたってませんね」


「噂話程度じゃ、わかんないか」


 気落ちした様子でテーブルをなでる俺に、美雨は微笑む。


「結局、主は桜さんが気になるんですね」


「ま、最後があれじゃ、納得いかねーしさ」


 天幕の入口へ顔を向けてとぼける俺を、使い魔はからかう。


「病名ぐらい聞いてくれば良かったんじゃないですか?」


「あの夜は動転してたし、その後病院で聞こうとしたら、個人情報だからって拒否されたんだ」と慌てる俺に、さらりと嫌味を言う美雨。


「それで万能薬(エリクシール)とは飛躍しすぎですが?」


「桜の命はあと半月無かったんだ。美雨さんの治癒魔法も万能じゃないだろ?」


 俺の反論に、彼女は仕方なくうなずく。

 魔法で直せる怪我や病気には、現代医学同様限界がある。


 魔法学上の研究に基づき治療するわけだが、その原因によって、古代呪文、四大精霊、五行、九曜など様々な治癒形式が存在する。


 また患者の魔力傾向や信仰する神によっては、治癒効果が異なるばかりか対立する神の霊力は逆効果になるケースもあって、単純にはいかないのだ。


 現代医学で根治できない難病が、魔法なら簡単に治癒できるというのは、魔術師を名乗る詐欺師の大風呂敷にすぎなかった。


 もちろん魔術師が人体の仕組みを理解していれば、適正な魔術式で効果も高まることは確認済みだ。

 そのため、魔法学舎には通常大学の医学部科目と同じ講座も存在するぐらいだ。

 最近は魔術師の中に医者出身の治癒専門師もちらほらと目に付いてきた。


「早く見つけないと時間切れだ」


 俺は、不意に手の平でテーブルを叩くとそのまま握りこんだ。


 隠し切れない切迫感に、「本当に見つかると……」と途中まで言いかけ、美雨は言葉を飲み込む。

 俺は、なんだかんだ言いながら、美雨も見つかる事を願ってくれているのはわかった。


 だが俺は、美雨が桜の行動で俺にあたえる因果率への影響を予測しなおした事など知らない。

 そして現在の行動は誤差の範囲内だが、今後の分岐はより複雑になっていくという事も。


 ただ、熱しやすい俺の目的の為に、冷徹である事が使い魔の責務と考えている。

 その事を普段の美雨の態度から学んでいたので、厳しい言葉もありがたかった。


 昼前にギリアムが帰ってきたが、その顔を見れば結果はすぐに知れた。


「駄目じゃ。くだらん噂話ひとつも落ちとらん」


 普段強かな商人の気弱な台詞に、俺はなんとか冗談ぽく突っ込む。


「爺さん、もう歳なんじゃねえの?」


「何を言うかっ。このギリアムまだまだ矍鑠(かくしゃく)としておるわい」


 老商人は即座に返すと、不思議で堪らないと首をひねる。


「まるで誰かが、この万能薬の情報を遮断しているようじゃ」


「その可能性はないの?」


 美雨の問いに、彼は馬鹿馬鹿しいと否定する。


「あるかもわからん薬の情報を抑えてどうするんじゃ?」


「取引があるのかもしれないぜ」


 俺の言葉に、ギリアムは黙り込んだ。

 

「それなら辻褄が合う。いつかは漏れる情報だとしても、このバザール中ぐらいなら隠しおおせるじゃろう。その間に取引を済ませて、堅固で安全な場所に移してしまえば、時は稼げるしのう」


 万能薬を象徴としてうまく使えば、魔法結社の勢力図も変わるかもしれない、と老商人は説明する。


「だとしたら、わしの情報網では限界じゃな」


 ギリアムは芯から残念そうに美雨に謝罪した。


「ギリアム、あなたの実力はそんなものではないでしょう?」


 しかし美雨は、商人が降参しかけた事情を推測して逆にけしかける。


「ギリアム商会の取引先が、表の市場ばかりだったら、私達の異世界品がそう簡単に売買できるはずもないわよね?」


 そう、異世界の貴重品を出所不明で取り扱うなど、普通の魔法結社や商店には無理な話だ。

 魔法学舎から問合せという名の召喚状が来てしまうだろう。


「それはそうじゃがな」


 だからギリアムは否定できず口ごもった。そんな彼に俺は決心を告げる。


「爺さん、師匠と相談していたんだ。もし上で無理なら下で探そうって」


「……ラベール嬢、それでわしの店に異世界品の話を持ち込んだのか」


 ギリアムが苦々しげに美雨を見ると、彼女はゆったりと口元をほころばす。


「案内してくれるわね。闇市場(ブラックマーケット)へ」


 ギリアムは渋々頷いたが、涼平達に向けられた次の言葉は、鋼鉄の刃の様だ。


「自分の身は自分で守るんじゃぞ」


 その眼はもはや好々爺然としたギリアム商会の店主ではなかった。

 獲物を食いちぎる猛禽類の鋭さだ。


 俺は、老商人の豹変ぶりに冷や汗がでるのだった。







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