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魔術師涼平の明日はどっちだ!  作者: 西門
第六章 想いとすれ違い
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第59話 魔術師のバザール 奔走

 そして話は八月の魔術師のバザールへと還る。

 それは桜が行方不明になってから数日後のイベントだ。


「今日は収穫無しじゃったよ」


 ギリアムは申し訳なさそうに、カウチの美雨に報告した。


「いいのよ、一所懸命に動いてくれたのは分かっているわ」


 美雨のなぐさめにも、老人の顔は冴えない。

 彼にとっては、異世界の希少品の取引が掛かっているのだ。なんとしても美雨の希望を叶えて信頼を勝ち得、今回だけでなく今後の商売にも繋げたかった。

 

 老商人の弟子達や商会の部下はもちろん、豊富な手蔓を全て使って情報を集める。

 そしてなにかの間違いで小さい露天商に売られていないかと、事前に目星をつけていた出店へと、自分でも駆けずり回ってくれた。

 美雨や俺も手分けして探すと主張したが、即効で却下されてしまう。


「ラベール嬢なぞ、この灼熱の市場では五分ともたんわ」


 その見解はあながち外れではなかったので、俺は美雨さんの恨めしげな目を避けながら頷く。


「でも俺は大丈夫だぜ?」


 俺がそう問うとギリアムは苦虫を噛み潰した顔になる。


「お前を商売敵の所に行かせるほど、わしは耄碌(もうろく)しておらん」


 つまり他の商店主にも、異世界の品を餌に同様の取引を持ちかけると思われているらしい。


「爺さん、俺を信用しろよ」


「それとこれとは話が別じゃ」


 金が絡むとこの守銭奴は頑固だっだ。


「もし他の商人と話している姿を見たら、この取引はここまでじゃからな」


 自分の魔法具に関する情報ネットワークの価値を知っているギリアムは、逆に俺達にはったりをかける。

 

 この取引が決裂すれば、異世界の品を入手できない老人はとても失望するだろう。

 さりとて希望の品を一刻も早く手にするには、ギリアムの情報網を利用するのが一番確率が高いと踏んだ俺達も、この爺さんと喧嘩別れするわけにはいかないのだ。


 こんな事ならギリアムと美雨の交渉中に抜け出したまま天幕に戻らず、バザール中を探していれば良かったと俺は悔いたが、広大な市場を一人うろついて見つかる程度なら始めからギリアムに話を持ちかけはしない。


 わめき出したくなるような焦燥感に背中を炙られながら、平静さを維持しようと深呼吸をする。

 焦っても結果は出ない、餅は餅屋なのだと、俺は気持ちを鎮めた。


「わかったよ」


 不貞くされて椅子の座る俺に満足し、ギリアムは天幕の出口に向かいながら残った二人に声をかけた。


「天幕の外に、外出につき警備兵展開中と表示しておくから、大人しく吉報を待っていることじゃ」


 その時の意気揚々とした表情はどこへやら、夕方気落ちした仕草で戻り、疲れたのか肩や首をほぐしながら、椅子に腰を落とすギリアムだった。 


「真偽の怪しい物ならいくつか入手したのじゃがな」


 彼は茶のバッグから、派手な色の小箱や、高級そうな壜に詰められた液体など数個の品を取り出してテーブルに並べた。


「ティン、調べてみて」


 師匠として俺に命じる美雨。

 こんな程度の雑事は、弟子にやらせるのが魔術師の常識だった。

 だが使い魔の美雨としては、主の俺にさせる事は本意ではないのだろう。

 彼女の目にすまなさそうな光が宿る。


 鬼コーチの時は問答無用のくせになあ、と俺は内心でくすりと笑う。


「わかりました。ラベール師匠」


 そしてわざとらしく美雨の魔法名を呼んで頷くと、魔力探知の魔術を詠唱する。

 俺の右目を通せば、中身の正体は品を見た瞬間直ぐ知れるが、ギリアムの手前、通常の魔術式による調査という段取りを見せる必要があった。




  ◆ ◆ ◆




 俺は、自分固有の魔法能力については堅く秘しているので、ハーストビル魔術学舎の学生だった時も、ごく普通の生徒として必修科目の魔術を習得している。


 魔術師としての立場が無いとその世界の情報に触れられないため、止むを得ず入学しただけだった。

 なるべく目立ちたくなかったので高得点を狙わず、結果として修了成績も(すず)の一位と低い。

 だから美雨以外の誰も「弟子になるか?」と勧誘してこなかった。


 一方、俺より数年早く魔法学舎に入学した美雨は違う。

 彼女の成長速度は驚異的で、俺が小学校を卒業する前には今の容姿になっていた。


 そして、異世界への転移を実行するための研究のためと、魔法学舎の優秀な卒業生という評価を手に入れるため、その才能と実力を最初から派手に披露して、金の一位で最年少賢者の栄誉を手に入れた。


 だが、美雨はそんな評価に興味はない。

 彼女が急いだ理由は、少しでも早く異世界に関する魔法学舎の極秘情報を入手したり、厳しく閲覧制限された魔術の古文書を読むためだ。

 だから魔法学舎も、最も古く権威のあるキングスロードを選んだ。


 自らの評価など主の目的に必要な情報収集の過程にすぎない。そんなわけで、現在魔法学舎の評価が真逆な二人なのだった。


「本当は主の実力なら、卒業時にキングスロードの最高位すら軽く獲得可能でしたけど」


 美雨の評価は嬉しいが、それを避けるために、魔法学舎としては新しいハーストビルを選んだんだし。

 

 ちなみに美雨の言う魔法学舎卒業時における修了成績は、大きく四段階ある。

 さらに四位まで等級として細分化されているので、全部で十六|階梯。


 最高段位は「金耀(アウルム)」。等級は成績に応じて一位から四位まで。

 つまり、最高成績は正確に言うと「金耀の一位」となる。

 次の段位が「銀麗(アルゲントゥム)」で、三番目の段位「銅秀(クプルム)」と続く。


「完全能力主義の魔法学舎では、学ぶ事すら競争が厳しいですしね」


 美雨が学生の頃、俺は魔法学舎の教育システムについて詳しく説明を受けた。


「銅秀」の地位以上は、有名な魔術師でもある魔法学舎の教授陣の講義を受講する。

 これだけでも魔術師の卵からすれば光栄なわけだが、「銀麗」以上はその教授主催の魔術ゼミに参加が可能だ。

 そして「金耀」の位ともなると、修了後魔法学舎の職員資格を得る事で就職先すら確保できるのだ。


 魔法学舎は一度就職できれば滅多な事ではクビにならない。

 給料もわりと高額で、魔術師でなくとも就職可能なため、一般人の応募もそれなり多かった。

 もちろん出世するには魔術師が遙かに有利なため、魔法学舎の学生なら、一度は夢見る人気の職場なのだ。

 

  上位三つの下に俺が修了した「錫学(スタナム)」の位があるわけだが、金銀銅に比べ錫の地位は一段と低く「所詮趣味レベルの実力」という意味に使われるのだった。


 そのため、講義も教授ではなく、講師や教授の弟子が教鞭を取る。

 また魔法学舎内で「錫鍍金(めっき)」は「資格のみで実力無し」の隠語にもなっている。


 俺はというと、幼い頃から美雨さんの鬼特訓を受けていたので、入学試験時点で銀以上の実力を充分持っていた。

 しかし講義で下手に感の鋭い教授と顔を合わせて召喚能力がばれる危険を減らしたかったので、銅以上の評価を避けなけらばならない。


 魔法学舎の講師や友人の一部は、俺の猫かぶりに薄々気づいている者もいたが、向学心皆無の態度に手のつけようがなく諦めた。


 正直俺は修了さえできれば、錫の四位でも構わなかったが、それだと逆に講師陣に落第候補として注目される心配もある。

 そこでとりあえず無難な成績を維持する事で、多くの学生の中に埋没しようと努力したのだった。


 ちなみに落第生は「鉛屑(プルンブム)」と呼ばれる。

 この辺の語彙の使い方は、古代から続く錬金術と魔術の密接な関係を示唆していた。




  ◆ ◆ ◆




「うーん。これって幻覚剤じゃないかな」


 俺は派手な箱の中から出した錠剤を手に乗せる。


「やはりこれもまがい物じゃったか」


 ギリアムも予想はしていたのか、対して気にせず、俺が調査した最後の品をテーブルの隅へ置いた。


「ラベール嬢もティンと同じ意見かのう?」


 一応師匠に確認する商人に、残念そうな顔で美雨も同意する。


「そうね。ギリアムも期待してなかったんでしょう?」


 美雨に返され、渋々首を縦に振る。


「もう少し網に引っかかってくると思ったがのう」


 ギリアムは、自分の情報網に自信があっただけに、あやふやな噂すらかすりもしない事の方が気になった様子だ。ただ二人にそんな弱気は見せない風にしている。


「ま、明日にはもっと有力な情報も集まるじゃろう」


 強気な老商人につられて、俺と美雨も頷いた。


 三人はテーブルを囲み、数個の偽物を興味なさげに触りながら話を続ける。

 ラベール師弟は素振りには見せないが、落胆している事は確かだった。

 可能性は低いが、それでも一縷の望みをかけていたのだろうと、ギリアムは見て取った。


「それにしてもやっかいな条件じゃのう」


 さっきまで強気だったギリアムが、舌の根も乾かぬ内に弱気な発言をした。


「この努力に費やすコストは、異世界品の買取価格を下げさせてもらわんと割が合わんのじゃ」


 ギリアムなりにこの場を和ませるための冗談らしかった。


 美雨はギリアムの要求に答えないが、老人の心使いに気づいて笑っていた。

 俺の方はまともに取って、この魔法具商売人のしたたさに呆れながら、返事を質問の形にする。


「爺さん、過去に同じ出物は無かったのかよ?」


 ギリアムは俺の無知を馬鹿にする様に鼻で笑った。


「当たり前じゃ。本物の万能薬があったら魔術結社が血みどろの抗争で奪い合いじゃよ」


 万能薬(エリクシール)

 それは魔術師の夢である。

 錬金術の一つの到達点とも言われている。


 イスラムや西洋の世界では、全ての病の治療薬とも不老不死の秘薬とも言われ、東洋でも同じ類の伝説は尽きない。

 また(いにしえ)の文書や伝承では、異なる呼び名で呼ばれる事も多い。

 いずれにせよ、神話の世界に脚を置いた魔法具である事は確かだった。

 

 俺が推測するに、ギリアムとて真実を言えば、そんな神代(かみよ)の品が入手出来るとは到底信じていないと思う。


 だが、ギリアム商会が全力で努力したにもかかわらず不可能だとすれば、俺達も納得して、異世界品の取引を継続してくれると考えているのだろう。


「むしろ存在すれば魔術師の歴史がかわるじゃろう」


 そうもらしたギリアムの懸念もわかる。


 万が一薬が実在しそれを手に入れたとしても、その情報が漏れた途端、暗殺される危険が一秒ごと急激に増加するからだ。

 これだけ希少な品の情報は、おそらく隠蔽できない。


 それはキリスト教国でいう聖杯(グレイル)、軍事国家でいう核兵器。

 持つだけでその組織を、否応なく万人に認めさせる象徴的な効果がある。


 ましてや実際の価値を高位の魔術師に問えば、地球の重さと同じ金塊でも話にならないと答えるはずだ。

 そんな物を個人が所有する事は、あらゆる魔法結社や犯罪組織へ殺してくれと宣言する様なものだ。


「わしも欲張りな商人という自覚はあるが、身の程を知らぬ駆け出しではないぞ」


 そんな危険な薬をどうして欲しがるのか、俺達に聞きたそうなギリアムだったが、美雨との約束を思い出して口を控えているのがわかった。

 その代わり、気落ちした俺達に気晴らしの外出を誘ってくれる。


「どうじゃ、気分転換に篝火の所にでも行かんか?」


 ギリアムの気配りを知った俺達は、顔を見合わせて笑うと、そろって頷く。


「そこでみんなで夕食ってのもいいかもな」


 気を取り直した様に立ち上がる俺に、美雨も追随しながら老商人をからかった。


「それぐらいは必要経費にいれてくれるわよね、ギリアム」 


「お得意様の接待も大切じゃからな」


 やれやれと苦笑して、ギリアム商会の店主は腰を上げた。







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