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魔術師涼平の明日はどっちだ!  作者: 西門
第五章 さだめと反抗
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第58話 桜と大爺と烏達

「見かけよりしぶとかったか」


 山伏は神社の杜の外から聞こえる(からす)の鳴き声を聞いて、魔術師の男が逃げ遂せたと判断する。

 その脇では、ギャアギャアとかしましく同じ烏の群れが場所を取り合ってお互いの隙間から少しでも獲物に接近しようと潜り込み合う。


 自分の背を越える烏の黒山を見ながら、大爺は再びため息を吐く。

 この曾孫(ひまご)は昔から向こう見ずな行動を取って、家族を驚かせたり困らせたりしたものだ。


 学校にお気に入りの人形を持っていきたいと駄々をこねるかと思えば、男の子と取っ組み合いの喧嘩を度々起こす。

 彼が女子としての淑やかさ不足をどれだけ叱っても、母の楓は訳を聞くと「桜は正しいっ」と抱きしめるので効果がなかった。


 桜は、母にぎゅっとされるのが喧嘩のご褒美だと勘違いしていたのではないか。


 もっとも山伏は、黒い式神共に二人の殺傷を命じてはいない。

 帰る様脅しつけて従えば良し、そうでなくば少女と男の魔力を吸い取って気絶させ、街へ送り返すつもりだった。


 去った男の事は知らないが、あの逃げ腰からすると、桜に無理強いされてここまで来たのかもしれないと、彼は苦笑いを浮かべる。


 だが、逃げるのが正解なのだ。

 ここは昔の聖域としての霊性を失って久しい。


 逆に御山全体に瘴気が混沌として漂っている。

 例えれば、炉心融解(メルトダウン)をおこした原発と同じように汚染されている。


 違うのはその影響が肉体を蝕む上に、精神まで腐らせていく事だった。

 先代の神主でもある大爺は、毒気で捻くれた木々の枝に目をやる。


 数年前は何かあると村人はここへやって来た。

 子供の七五三はもちろん、大した願い事が無くても、この神社の持つ太古の清々しい霊気に癒されるために、老若男女が散歩がてら立ち寄った。


 今は()み場として嫌悪と恐怖を感じ、神社の名を口にする村人もいない。

 それも仕方が無いのだ。


 普通の者がこの杜に一時間いれば、悪寒と頭痛で動けなくなり、そのままにしておくと激しい発汗ととも痙攣を起こす。

 その精神は幻覚を見るようになって、ついには意識が混濁してしまうのだから。


「頑固者め」


 依然として包囲を解かない烏の山に、大爺は少し呆れた呟きを洩らす。

 この烏の式神は、魔法を吸収する対象者が意識を失うまで行動を止めない様命じてある。


 本当であれば、式達は限界以上の魔力を吸収した時点で役割を終え、ただの型に戻る。

 もし大量の魔力の持主なら、小山の下層では躯となるだろう烏達も、上に被さる同類に埋もれてわからない。


 ただ、桜が気絶すれば烏は動きを止めるはずだ。

 つまり、桜はまだこの黒い塊の中で昏倒せずに踏ん張っているのだ。


「それでも、呼吸は止められんぞ」


 桜の護符の付与効果を熟知している大爺は、その対策を講じている。

 アスレイが知りたがっている付与効果は、使い魔による魔法攻撃や物理干渉が不可能な魔法についてだった。


 身体透過と母の楓が名づけたこの魔法は、実は魔術による物ではない。

 だから、アスレイがどれだけ分析しても魔術式が判明する事はあり得ない。

 桜の現状があって顕在化しているいわば「現象」なのだ。大爺も何故こうなるのかはわからない。


 桜自身、自分のお守りの効果について詳しく知っておらず、経験的に使い方を理解しているだけだ。

 その上巫女としての修行をしていない彼女は、術式についての知識もない。

 逆に彼女は大爺の式神である烏の能力を知っていたため、自分も触れたら魔力を奪われると誤解していたぐらいだ。


「では来るがいい。だがお前への加護も、ここでは無敵ではないぞ」


 わざと威嚇した際、桜の反応でそうと推察された。

 本当は、大爺の烏といえど、魔力吸収のためには彼女に触れねばならず、身体透過能力を持つ桜なら充分防ぐ事が可能だったのだが。


 そこで大爺はその誤解を利用して少女を追いつめた。

 もとより桜に対し、烏が魔力の吸収を成功させるとは期待していない。

 今も単に式神を顔に密着するほど重ねつけ、空気を遮断して窒息させているだけだ。


 タオルでも何枚か重ねて隙間を防げば、やがて息はできなくなる。

 だから彼女に触れずに、その周囲ギリギリに空間を制限し狭い密閉状態にする。


「酸欠で意識を失うのも時間の問題だ」


 もっと簡単にやるなら、近くの川に追い落として溺れさせてもよかった。

 桜の身体透過能力は、攻撃には反応しても自然現象には無力なのだ。


 つまり精神よりも先に肉体を危機に追い込んでしまえば、魔力の有無など無関係だ。

 相当に荒っぽい手段だが、守り袋の持つ他の加護効果が、桜を死なせる事は決してないと踏んでいるので、大爺は心配していない。


 だから烏共がぼとりぼとりと躯になって山の中から転がり落ちた時、何が起こったのかと目を見開いた。


「自ら透過を解いたのか!?」


 大爺は桜の行動を理解したが、そんな事をすればみすみす烏の餌食になって魔力が奪われ、気絶する時間が早まるだけだと冷静になる。


 案の定魔力に魅かれたのか、杜の外でアスレイを追っていた群れもこちらへと帰り、けたたましい声で喚きながら、我先にと黒山に集りだした。

 それで黒山の大きさが一気に二倍以上に膨れ上がる。


 また役目を終えた烏の躯は、動く式達によって外へとかきだされ、その間へ新たな烏が首を突っ込んで埋めていく。

 

「苦しさの余り焦ったか」


 大爺は決着が付いた勝負の後、桜を病院へと返す方法について検討する。

 手っ取り早いのは救急車で街の病院に搬送させる事だと思いながら、古墳を思わせる黒山の方を見やると、さっきまで騒がしかった烏共の鳴き声が止んでいた。


「ようやくか」


 大爺は式達に桜から離れる様命ずるが、それに反応する烏は一羽もいない。

 そこで彼はこの場の式が、山の形のまますべて躯になっている事に気づいた。


「なるほどな。全ての烏を魔力で満たして躯に変えたか」


 大爺は内心驚嘆しながらも、山の中で息をしているだろう桜に語りかける。

 普通の魔術師ならば、この式が五匹も当たれば一瞬で魔力を奪われて気絶する。

 桜に張り付いた烏の数は、大爺自身でも一時には耐えられぬ程だ。


「だが、わしはまだまだ式を使えるぞ」


 山伏衣装の篠懸の黒い玉から数本の本物の烏の羽毛を抜き取り、大爺は空中に放つ。

 そして素早く護身法明印を結んで気合をともに九字を切ると、その毛は細かく断たれて黒い影となり、やがて変化して数多くの烏の姿をとった。

 新たな式達は山伏の周りの枝にとまり、羽をたたむと次の命令を待つ姿勢になる。


「どうする、桜?」


 錫杖を振り上げた大爺の、術師の先達としての問いに答えたのは、動かぬはずの躯の山だった。


 黒炭を積み上げた様な山の色が凄まじい勢いで変わっていく。

 その中心から周囲へ黒を退け、白へと塗り替えられてられていくのだ。


 その烏の色彩に水彩画の絵の具のような灰色はない。

 黒壁に白ペンキをぶちまけた様な唐突で一瞬の変化だった。

 そして、すべての躯が純白に染まった時、斃れたはずの烏共が身じろぎをする。

 

「大爺」


 言葉を無くしてその様子をみつめる山伏の前に、山の中心から少女がよろめきつつ立ち上がってくる。

 すると白い烏も一斉に羽ばたき、少女の背後を守るべく左右二手に分かれ、さらに三つに分かれて滞空を続ける。


 その空高くまで伸び上がった白烏の群れの編隊飛行は、少女が背中から生やした白く大きな六枚の翼だ。


「ふん。熾天使(セラフィム)の翼を模すとは」


 日本の神主の家族のくせに、と大爺がぼやく。

 神々しいまでに広がった翼は、雲の切れ間から差し込んだ月光を浴びて、銀色の羽根が煌く様だ。


 彼は桜のしでかした術の概要を想像する。

 もともと役割を終えた式を開放し躯に帰すよう作ったのは大爺自身だ。

 その式の性格や好みも知っている。


 斃れた躯は、放って置けば短時間の内にその烏の型も失い、最初の羽毛にもどって、風に散ってしまっただろう。それを桜は、型に新しい命と令を吹き込む事で、大爺から式神を奪ったのだ。


 だが多分桜には、術を使った認識すらないはずだった。

 何故なら、彼女に術師として巫女の修行は一切していないからだ。


 曾孫が出来るのは、祈る事。それだけ。

 ただ一心に祈ったのだろう。


「ここを通らせてほしい」と式達にお願いするために身体透過を解除した。

 触れ合う事を恐れていては、思いは伝わらない。


 そして桜の魔力を吸収し、式の役割を終え存在理由を消失した烏の器に、新しい存在理由を与えたのだ。


 式神に必要な物は名と霊。命と令。

 だがそこには、式との関係性が無ければ因果は生じない。 


「お前は幼い頃から御山の生物達にやたらと好かれておったからな」


 野山を駆けずり回っていた桜を思い出す。

 大鷹や野猿に怯えも見せず、追いかけながら逃げ回っていた姿は、母の楓の子供時代にそっくりだった。


 大方それで、村の烏の羽毛から作った式神にもなつかれたのだろう。

 式の奴らも精霊と似ていて、ただでさえ理屈よりも好悪で判断しがちなのだ。

 まして仕事が終わった後なら、前の主人に使役される理由も強制力も無いのだから、あっという間に桜の味方についたというわけだ。


「わしとてその白烏共に襲われては、たまらんの」


 大爺が諦めたように錫杖をゆっくりと下げると、桜は嬉しそうに笑う。

 何年ぶりかに見た曾孫の笑顔に、胸を衝かれた彼の目の前で彼女の体が崩れ落ちる。


 だが桜が地面に伏す前に、ふうわりとその身体は受け止められた。

 彼女が意識を無くす直前、ごつごつとした松の様な手の平で頬をなでる。


「全く頑固だ。母親似だ」


 そんな曾祖父(そうそふ)の台詞が聞こえたのだろうか。

 最上の褒め言葉をもらったみたいに微笑み、成長した孫は気を失った。







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