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魔術師涼平の明日はどっちだ!  作者: 西門
第五章 さだめと反抗
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第53話 魔術師と医者

雌獅子(めすじし)も成長したという事か」


 いくつもの魔法陣が展開している大きめの実験室で、ギガースは出来の悪い弟子が思いがけず良い結果を出したかの如く呟く。その目は壁の黒い点描で埋まった図面を見たままだ。


 倫敦(ロンドン)の夜明けには珍しく、外には湿気を含んだ空気が流れている。

 数日前の遠く離れた場所で行われた捕り物騒ぎも、この地下深くにある研究室までは響かない。


 先日魔法学舎に一杯食わせてやった逆襲か、墓地の戦闘から実行犯の捕獲までのスピードは目を見張るほどだったが、老獪(ろうかい)な魔術師にとっては、特に動揺する話でもない。


「それで、捕縛(ほばく)された愚か者は?」


「ランゼット率いる魔法学舎に拘束される直前、自分自身に重昏睡(こんすい)の魔法を発動しました」


 報告にきた弟子は、魔法の薄暗いランタンの灯によって、ぼんやりとした陰影の師匠を節目がちに見やった。

 砂岩に彫られた胸像に似て、ざらついた表情は何の感情も浮かべてはいない。


「死ねば死霊術で尋問される事ぐらいは覚えていたか」


 ギガースは最後の自衛手段を取った魔術師を馬鹿にする。


 魔力の強い人間は、死後もその魔力が拡散するには時間がかかる。

 その時間差を利用して、死体を使い魔にしてしまうのが死霊術の魔法である。


 遺体が燃えてしまったり、頭部などの記憶に重要な部位が損壊した場合は不可能だし、使い魔としての期間は六日程度しかもたず、その後は普通の遺体に戻る。


 またその様な行為は死者への冒涜(ぼうとく)と考えられ、黒魔術系禁呪に指定されているが、残念ながら()むべき魔法行使は止まない。


 魔術師は秘密主義者が多く、自分の魔術研究を開示しない傾向が強い。

 それでいて、知識吸収に貪欲で手段を選ばぬ者も思ったより多い。


 もちろん、魔術師として研鑽(けんさん)を続けるには、飽くなき好奇心も重要なのだが、その結果えてして一般常識を逸脱してしまう。


 そして、情報収集するには、生きた魔術師である必要はないため、強欲が高じて相手を斃してからゆっくりと知識の収奪を図る魔術師が後を絶たないのだった。


 涼平が里緒や桜達に魔術師の情報を隠すのも、手荒な手段を講じさ

せないためには、情報そのものを渡さない事だと考えているからだ。


 そしてそれは罪人の自白についても同じ効果がある。

 魔法学舎の倫理委員会が実働部隊に過剰殺傷(オーバーキル)を厳に(いまし)めるのも、その方が情報収集が容易(たやす)いと分かっているからだ。


 虜囚が生きていれば催眠術や拷問などの手間がかかるが、不可抗力で死なせてしまえば、あとは情報も取り放題なので、戦果を求める現場は暴走しやすいのだった。


「だが無抵抗な者を殺せない規則が、逆にあやつらの(かせ)よ」


 ギガースの評価には(さげす)みが漂っている。

 (くだん)の暗殺者は重昏睡の魔法を使用した事で、自らの意識を外界から全て遮断した。


 通常の睡眠導入魔法とは異なり、予め目覚めの手段が設定されている重昏睡魔法は、その手順が判明しない限り意識が戻らない。

 これも誘拐、監禁などの手段に利用されるため、禁呪の一つだった。


 この魔術師は食事もとらずに眠り続けるため、自然な魔力の吸収による生命維持があっても徐々に衰弱していく。

 組織が彼を救出し、事前に届けた覚醒(かくせい)手順を使用しなければ、そのまま弱っていくだろう。


 それでも放って置けば、一年以上は生存するはずだ。

 その頃には所属組織は対策を(ほどこ)し、魔術師が持つ組織の情報は、過去の物として陳腐(ちんぷ)化している。

 魔法学舎は、その間手を(こまね)いているしかないのだ。


「もっとも、たいした情報を持ってもいないがな」


 何年も前に課題のつもりで下っ端弟子の一人に命じた魔法罠(マジックトラップ)の事など、ギガースはどうでもよいのが正直なところで、その意味でランゼットや美雨の予想はほぼ的中していた。


 

 報告に来た弟子をそのままに、魔義手の魔術師は壁に描かれた古い自作の星図をあらためて見つめる。

 その配置は、千年以上前に地上から見上げた時の星の位置を描いた物で、わざわざ古い羊皮紙を使っているため、インクの(にじ)みも目立つ。


 だがびっしりと描かれた黒い星の多くが、魔術光で点滅している。実はこの星図は、ギガースが世界中で試みた数多くの実験の記録だ。

 その紙には、具体的な内容は一切書かれていないが、実験の状況変化を魔法の光で表示している。

 彼は報告書代わりにその星図を見ては、過去や現在の実験について脳内で検証を続けていた。


 そんな実験の中には、長期間に渡って継続中の内容もいくつか存在しており、今朝彼の目を引いたのも、何年も前に放棄したはずの実験が進展したと、魔の光が伝えたからだった。


「この実験はもう諦めていたのだがな」


 彼にしては珍しく嬉しそうな表情で、その星図の示す新しい情報を読み取る。

 この実験は過去に彼自身が何例か試したあげく、損失が大きく断念した物だった。


「あの時は悔しさに歯噛みしたものだったが、それが今のわしを形作ったともいえるのう」


 そこで弟子が何か言いたげな顔のまま、直立している事に気づき、ギガースは問い掛ける。


「なんだ?」


「はい。今夏の魔術師のバザールについてどの様にすればよいか、師のご指示を頂くようにと本店から連絡がありました」


 弟子の緊張した面持ちにも慣れた様子で、ギガースは答える。


「そうだな。こちらの店で扱う品はいつもの様にな。ああ、最近試しに作った物も商品に加えておくがいい」


 師匠の言葉に、弟子は嬉しがるよりも怯えるように答える。


「し、しかしあれは……」


「値段しだいで買うモノ好きもいるだろう、面白い実験だ」


 ぞんざいに手を振って退出を命じる。


 扉を閉めながら弟子は冷や汗をかく。

 師匠にとっては、なにもかもが実験であり、その結果に興味はあっても、それが引き起こす影響や、()り潰される命はただの材料でしかないのだと。

 そして師匠の不興をかった過去の弟子達の末路を思い、忌まわしいこの場所から、足早に遠ざかった。


 弟子を追い払った彼は、再び星図を眺めながら、この実験再開についてどう取り扱うか思案をする。

 興味深い実験で、今もその結果をこの目で見たいが、あいにく魔法学舎が犬の如く彼の周囲を嗅ぎまわっている現在、大きな動きはするべきではない。


 通常と異なる活動には、イレギュラーな因果が発生するため、そこからどんな綻びが生じるかを熟考する必要もあるのだ。

 また、今は他にもっと重要な実験を行っており、彼自身が倫敦から席を空ける訳にはいかなかった。


 ギガースは魔法学舎を軽蔑していたが、その力量を見誤って墓穴を掘るつもりはなく、検討が必要だ。


「ふむ。誰か別の者を送ることにするか」


 彼はそう結論付けると、他にも進む複数の実験についての検証へと己の意識を振り向けた。


 


  ◆ ◆ ◆




 院長は、サングラスで表情を隠したまま、面前の男に対してため息をついた。


「では、彼女を追跡する必要はないとおっしゃるのですか?」


 白百合総合病院の院長室には、黒張りのソファに座り頷く男のほかに、護衛のがっしりとした体格の男が二名後方に控えている。

 院長は広いデスクに陣取り、男は机の前の接客用ソファセットに腰をおろしていた。


 左右の壁や書棚には、この病院の功績をたたえる額や記念の盾が飾られて、この部屋の人物の社会的地位を誇っている。

 そこへ目を逸らして自信を回復しつつ、院長は部屋の固い空気に身じろぎした。


 本当なら院長は男の向かいに座るべきだが、彼の正面で視線を合わせるのは勘弁してほしかったため、あえて院長席から離れない。

 院長は護衛の存在についてはもはや意識の外においていたので、そのまま質問を重ねた。


「しかしこのままあと二週間もすれば、彼女は死亡しますよ?」


 院長の言葉はただの確認であり、男も承知の事だったので反応はない。


「それで、問題は無いのですか?」


 院長も相手の男に劣らず平静な態度で、重要な点を確認する。


「保険はかけてある」


 ようやく一言だけ男が答え、院長はそれで納得した様子だった。


「ではあの部屋はもとに戻してもよろしいでしょうか?」


 院長は事務的な事項について確認する。

 彼の中では、少女はすでに鬼籍に入っており、遺品を片付ける段階まで意識が進んでいた。

 ところが同じ考えだと思った男は、意外にも同意しなかった。


「死んだらな」


 院長は、この男にも少女を哀れむ感情があったのかと内心驚きつつ、無表情に受け入れた。


「わかりました。では貴方の連絡を頂きしだい、通常の病室へと復旧します」


「それにしても五年とは、よく持ちましたな」


 今度は院長は、医者の立場に戻って男に話しかける。

 男はひどく無口で、こちらが話しをしない限り応えも帰ってこない。

 かといって早々に追い出すわけにもいかず、院長としてはこの男が少しでも反応しそうな話題を提供して、時間を費やすしかない。


 普通なら治療する側のこんな発言は大問題になるはずだ。ましてや少女の父親に向かってであれば、非常な暴言だろう。だが、男は院長の言葉を静止もせず、聞き流している。


「入院した時点で、あれだけ神経細胞が病魔に侵されていれば、三月(みつき)持てばいいほうだったというのに。

 途中から病気の進行が緩やかになって、投薬や新規治療を検討実施する時間が稼げましたからな」 


 そして院長は、医療従事者とは思えない発言をする。


「やはり護符の魔法効果ですか?」


 何度か放たれたその問いに男が答えた事はないし、院長も回答が得られるとは思っていない。

 ただ彼自身魔法による治療について、昔ほど頑迷ではないので、その点について少しでも情報収集できればと思っていた。


 ところが珍しいことに、男は応えを返す。


「母親の祈りが詰まっている」


 院長はその台詞から、少女の母親を思い出す。

 細かい容姿よりも、決意を秘めた顔つきの印象だけが残っている。

 普通の患者の肉親は、医者に向けて、助けてほしいという願いが表情に表れる。


 しかし少女の母親からは、絶対に娘を救うという執念(しゅうねん)の様なものが感じられた。

 後で、巫女だと聞いて神様に祈るんだなと腑に落ちたが、そんな不確実な話と冷笑してもいた。


 医療関係者の間で、魔術治療といえば、プラシーボ効果か違法ドラッグによる幻覚程度の扱いだ。

 それは、魔術師や魔法学舎がそうのように仕向けてきたのだが、院長も例にもれず、その偏見の虜だった。


 だが、自分自身が体験する事で、その価値観が揺さぶられているのが、今の状態だ。

 そうでなければ、特別病室をあんな風に改装する許可を出したりはしなかった。


 残念ながら、現実にここまで少女が延命したのは、現代医療以外の要因がなければ、逆に納得できない。だからこそ院長は、魔法治療という物に興味が湧いてきたのだった。


「まあ、それはそれとして」


 院長は話題を転じる。


「彼女が死亡した場合は病院に献体していただけますな?」


 院長が求める病理解剖(かいぼう)要請に、男は無言で頷いた。

 院長としては全てを細胞のレベルまで切り刻んでも、この難病治療のきっかけとなる物をつかみたいと思っていた。


 魔法も良いが、やはり現代医療による解決こそ望ましい。


 将来同じ病になる人々の(いしずえ)(じゅん)じる事で治療法が見つかれば、身を捧げた少女への手向けになると。

 もちろん院長の本心には、少女への憐憫(れんびん)寸毫(すんごう)もなかったのだが。








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