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魔術師涼平の明日はどっちだ!  作者: 西門
第五章 さだめと反抗
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第52話 登校日

 今日も真夏の猛暑が続いている。

 この私立高校は、教室まで冷暖房が入っているので、本来なら教室は快適な環境だ。

 しかし、夏休みに入って校舎内施設の定期点検が順番に実施されており、今日はたまたまこの学年棟の冷暖房施設の番だった。


 そんなわけで、登校日だというのに太った担任自身が暑さに耐えかね、出席確認後すぐに自習にして職員室に行ってしまったのだ。

 もともと放任ぎみのクラスの秩序はすぐに崩壊し、委員長の歌埜も担任の無責任さを考えるとフォローする気にならない。

 

 それで、クーラーも効かず熱波で蒸し上がるほどになった教室から、クラスメートの多くが冷暖房の効く他の棟や図書室に逃げ込んでいた。

 それでも、忍耐強い何人かは、教室で下敷きを団扇代わりにおしゃべりをしていたのだが、その輪に加わらず、孤独に座っている生徒が一人だけいる。


「ねえ、今日のスズちゃん一体どうしたのかな?」


 里緒は、涼平が教室の隅の机に座ったまま、窓から校庭を眺める姿をを、少し離れた女生徒の席の隣から窺っていた。


「夏休みボケなんじゃないの」


 歌埜は親友の問いに、気にする必要なしといった態度で、本を読んでいる。

 里緒はその本のページを覗いて、すぐに諦めた。カバーをかけた表紙は、タイトルもわからないし、そもそも洋書らしく英文が並ぶ文章では、里緒に太刀打ちできるものではない。


「そうかな? でも今朝なんて、私がからかっても無反応だったんだよ」


 そこで里緒は、さっきの件について賛同できずに顔を寄せる。


「だいたい朝一番に学校に来てる事自体、スズちゃんにはありえないよ。その上、私の突っ込みに反応なしなんて、病気かな?」 


「遅刻しないと病気って、それもどうなの?」


 苦笑しながら、歌埜もあらためて涼平の様子を観察する。実は歌埜自身、常と異なる彼の様子に気づいていた。

 涼平の計画を知らされて以来、歌埜はそのために協力する様に自分から動いている。


 彼は、異世界に行く事は本人の望みだと言う。もちろんそれはそうだろう。しかし九年前に歌埜の願いも背負ってくれた涼平に、歌埜は何の力にもなれていない。


 今、彼の計画実施日が迫っているなら、彼の懸念を少しでも減らすのがここに残る私の役目だと、歌埜は額を指で押さえる。


 それは正直気の重い話でもあるからだ。

 だが、涼平の気がかりがこの目の前の親友だという事は、歌埜にはお見通しだった。


 普通の人なら気がつかないかもしれない。

 涼平は男子とは仲がいい。だが八方美人で、ちょっとでも機会があると、女の子に声をかけては、苦笑とともにあしらわれている。


 それも女の娘に人気の面白くて楽しい男子ではなく、空回りして女子から馬鹿にされるタイプの行動だから、モテる事もない。


 涼平の救いは、龍真の親友という立場ぐらいか。

 彼の本心など、実際誰も気にしていないだろう。


 歌埜が想いを心の奥底に沈めて鍵をかけた人間だからこそ、同じ決心をしている涼平の想いも感じ取れたのかもしれない。


「ちがうわね」


 歌埜は自嘲気味に呟く。


 もしも、もっと単純に涼平に好意を持つ人が、一途に彼を目で追っていれば、案外わかるのかも。

 好意、という言葉が頭の中に浮かんで、歌埜はあわてて打ち消す。


 言葉は言霊、口にださずとも繰り返せば、それは心と身体を染めていく。

 とにかく、涼平が里緒に何を望んでいるかはわかっている。

 むしろ里緒自身がその将来を希望しているわけで、歌埜は涼平の代わりにその後押しをするだけだ。


 涼平が去った後も。


 歌埜はふいに胸に突き刺さる痛みを感じて俯く。

 涼平は、きっとこの計画を成功させるだろう。


 だが、その先の世界で、彼や歌埜の両親が見つかるかはわからない。

 どんな世界かも話してくれないから、両親の身がどうなっているのか予想もつかなかった。


 当時の歌埜は異世界なんて縁の無い八歳の子供で、今も高校二年の女生徒だ。

 歌埜は涼平の約束を信じるしかなかった。


「歌埜ちゃん? 聞いてる?」


 里緒の声に、歌埜はわれに返る。


「ごめん、本読んでた」


 誤魔化す歌埜に頓着せず、里緒は自分の心配な点を話す。


「スズちゃん、やっぱりまた夜遊びを始めたんじゃないなかなあって」


 夜遊び、という台詞を使う里緒の表情は不安そうで、その言葉通りの意味じゃないのは歌埜にも読み取れた。


「馬鹿平ってそんなに悪かったの?」


 中学時代はあまり涼平と接触の無かった歌埜は、小学生の頃と高校で

再開した彼しかしらない。

 だから理緒がたまに漏らす「不良」の涼平についてピンと来ないのだ。


「悪いっていうか……怖いって感じだったかな」


 里緒は口を濁す。

 彼女にとっては思い出したくない記憶らしいと踏んで、歌埜は質問を代える。


「佐藤君に聞いたの?」


 里緒にとっては、龍真はヒーローだ。困った事があれば、相談するはずだった。


「うん。だけどリョウちゃんは、その内わかるんじゃないかって、あまり心配していないみたい」


 里緒は納得いかないらしく、首を傾げている。


「じゃあ、大丈夫だと思うわよ。佐藤君と馬鹿平の間では話が通じてるんじゃないの?」


 歌埜は、龍真がなんの根拠でそう判断したのか知りたかったが、とにかく里緒の懸念を解消するために、龍真の意見に追随する。


「そうかなあ」


 珍しく里緒は、好きな人の考えに賛成できない様子で、あいまいな表情をしたままだ。


「男の子同士の話ってヤツじゃないの」


 わざと軽く蔑んだ口調で断言すると、里緒はちょっと頬を染めながら


「リョウちゃんは、スズちゃんほどエッチな話はしないと思うけどな」と反論する。


「私はそんな話なんて言ってないわよ?」


 歌埜が突っ込むと、里緒は引っ掛けられた事に気づき、染めた頬を膨らませて文句を言う。


「もう、歌埜ちゃん。真面目に話してよ」


 里緒は、冗談にまぎらわす気分ではないらしい。


「ごめん。でも佐藤君が気にしてないんなら、里緒も馬鹿平を信じてあげなよ」


 歌埜に重ねて諭され、里緒も相槌を打つ。


「そうだね。スズちゃんだって、もう高校生なんだし、いざとなったらリョウちゃんと私でなんとかすればいいんだしね」


 ようやくいつもの笑みを取り戻した里緒に、歌埜はすまない気持ちになる。

 これから行う計画へ、里緒や佐藤君に手出しをさせないのが、涼平の望みであり、歌埜が協力しなくてはならない事だったから。




  ◆ ◆ ◆




「涼平、どうした?」


 親友の低音の声音に、俺は外の景色を見ていた顔を教室へと戻す。

 俺の雰囲気が妙なためか、隅の俺の周囲にはクラスの連中も近づいて来なかった。


「何かあったか?」


 そう続く龍真の言葉に、俺は自分が朝から彼らとまともに会話をしていなかった事を思い出す。


「ああ、ちょっとバイト先でいろいろあってな」


 美雨さんに謝りながらそうとぼける。

 龍真はそんな俺をじっと見ていたが、それ以上は問わず俺の横の椅子に腰掛けた。

 俺はコイツが次台詞を言う前に、話題を変える。


「先日の焼肉ありがとうな。本当に上手かったぜ」


「ああ、どうせお中元の貰い物だから、気にすんな。それにほとんど理緒が食べてただろ」


 彼は俺の見え透いた話題転換をどうこう言わず、その話に返答する。


「それより、最後のスイカは、お前が畑で育てたって方が信じられん」


「長年の畑仕事の経験の賜物さ」


 糖度も水気も八百屋で売れるレベルだと感心する親友に、こそばゆい思いで胸を張る。


「カレーの野菜だってそうだぜ。俺の隠された才能に驚け」


「そうだな。本気で農業やっていけるな」


 あの時交わされた会話に、俺は馬鹿にしたように鼻を鳴らす。


「里緒じゃあるまいし、冗談ぐらい区別してくれよ」


「じゃあ、お前は将来どうするんだ?」


 龍真はいきなり切り込んでくる。

 おいおい、まだ高校生だぜ、気が早いヤツだな。


「それが分かれば苦労しないさ。龍真はなんだかんだで剣術関係だろ?」


 そう返す俺に、龍真は腕を組んで考え込む。


「簡単に言うがな。今時剣一本で食える道なんてなかなか無いんだぞ。

 道場は兄貴が継ぐし、俺も武者修行で一生終えるなんてストイックな人間じゃない。きちんと生活の基盤は築かないとな」


 コイツもうそんな先まで考えてるのかよ。龍真らしいといえばそうだが。


「それじゃ大食らいの嫁さんは養えないしな」


 俺が里緒の事を当てこすると、龍真は、お前も同様だろといった笑いで返してきやがった。


 くっそ。中学の時にあの現場さえ見られてなければ……


 そして龍真の肩越しに、教室の反対側で見てない振りをしながら興味津々の幼馴染と委員長に気づき、俺は手をひょいひょいとあげて呼び寄せる。


 里緒は森から飛び出す子鹿のような勢いでこっちまでやってくる。その後をきびきびとした動きでついてくるのが委員長だ。

 一応は気を遣ったらしく、里緒はおとなしげに聞いてくる。


「スズちゃん、今日はいつにも増して変だったよ?」


「おい、いつもに増して変とはなんだよ。他の言い方はないのか?」


 俺は、里緒の感想に引っかかり、礼儀正しく突っ込む。


「じゃあ、いつもより妙だったよ?」


 里緒も俺の突っ込みに、元気が出たと判断したのか、返してきた。

 だが突っ込みなら俺の方が上だとばかりに、さらにそこへかぶせてやる。


「そうじゃなくて、思い悩んだ様子だったよ、とか良い表現あるだろが、この日本語の語彙力不足め」

 

「国語で赤点補習のスズちゃんに言われたくないよっ」


 ぎゃいぎゃいと騒ぎ出した俺と里緒の周りには、今まで同様落ち着いた龍真が座って笑い、最近その輪に加わる機会の増えた委員長は、毎度繰り返される口げんかに呆れた表情を浮かべている。


 俺は最後の登校日になるだろうこの学校の景色と、皆との予定調和な会話さえ愛しく、様々な悩みを一旦脇において、しっかりと記憶しておく事にした。








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