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魔術師涼平の明日はどっちだ!  作者: 西門
第四章 願いと覚悟
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第45話 焼肉パーティー

 農業従事者の朝は早い。

 日の出前に田畑で作物の様子を見て必要な作業を行う。

 専業農家は広大な面積の耕地を世話しなくてはならないし、兼業農家は会社への出勤時間までに作業を終えなくてはならない。


 特に夏は水やりがとても重要だ。

 必要な時期に畑で水が不足すると、作物の育ちも悪くなるし、出来た野菜などの味も落ちる。

 また猛暑の中作業をすると熱中症の危険も増すため、気温が低く直射日光に照らされない早朝は、比較的快適な作業時間なのだ。


 「お天道様は人間の手に負えないが、水は人の手で運べるからな」


 天気次第な所もある農業について、世界中をめぐって様々な写真を撮っていた父親は、日本よりもっと過酷な土地を耕す人々を尊敬する様にそう述懐する事が多かった。


 幼い頃の俺は朝の布団の中でその話がでる度「ああ、父さん裏庭の畑の水やりが面倒くさいんだな」と、父の心中を正確に理解していたが。







 俺は屋敷の裏に広がる、野菜畑と薬草畑の|畝を鍬で直しながら、昔の事を思い出していた。朝が苦手の彼は、午前十時からこの作業を開始したので、すでに汗だくだった。


 この屋敷はもともと紀南家先祖が薬種問屋だった事もあり、薬の材料を仕入れて保管する土蔵や、新しい薬草を研究するための栽培畑も備えている。


 当時点在する薬草園全てを合わせると、江戸の小石川養生所にも匹敵する程のものだと領内では言われていたが、実際に養生所の管理薬草園を見た者は少ないだろうから、その真偽は定かでない。


 両親を失った当時、遺産相続争いに夢中だった親戚は、誰もこの裏庭の畑に興味がなく、野菜や薬草は全て枯れた。

 当時六歳だった俺には、かえりみる者も無くなった畑が荒れていく姿を、指をくわえている事しか出来なかった。

 あのまま放置されていたら、ここは今頃、雑草が地下深く根を張り、畑としては駄目になっていたと思う。


「やっぱり美雨さんはすごいよな」


 俺は、首に巻いたタオルで汗を拭いながら、雑草類が生えないようまがりなりにもにも畑の土壌環境について状況維持してくれた、使い魔に感謝する。


「主はここで採れる野菜がお気に入りでしたので、将来また耕す機会もあると思っていましたから」

 

 彼女は何でも無いように話すが、あの頃にそんな先の自分についておもんばかってくれたのは、美雨さんだけだ。


 畝の際に撒いた、乾燥した足し肥の鶏糞を鍬の先で軽く土に混ぜ、野菜の下へ戻す。あまり根本に近いと、養分が強すぎるので、少し間を空けておく必要がある。

 その隣の畝には、夏野菜のトマトと茄子、胡瓜やピーマンなどが実り、収穫される時を待っている。




  ◆ ◆ ◆




「スズちゃん、おつカレー」


 中庭の木戸を潜ってやって来た一団を見ながら「ああ、もうそんな時間か」と、照りつける太陽が中空に位置している事に俺は気づく。


 畑から屋敷の方に歩いて、土蔵の脇に鍬を置くと、その近くにある井戸から水を手押しポンプでくみ出し手を洗った。

 そして、屋敷裏口の長いヒサシの影で直射日光を避ける三人に近よった。


「おー来たか。それで龍真、持ってきたか?」


 俺の問いに「任せろ」と龍真は腕に持った白い発砲スチロールの箱を持ち上げて見せる。


「よっしゃー。今日は高級牛肉焼肉パーティだぜっ」


 喜ぶ俺に、里緒が自慢げに反り返って言う。


「お礼はいいからねっ」


「おい。これは龍真ん家に届いたお中元だろ。なんで里緒に感謝するんだよ?」


「私がお裾分けしてって頼んだからだよっ」


 当然でしょと言わんばかりの彼女を見ながら、俺はいつもの事だが、この自画自賛な考えに呆れるより感心した。


「ま、里緒のおねだりが上手だった事は認めよう」


 俺は賛同しながら付け加える。


新山(しんざん)並みの食い意地だからこそ、出来た事だよな」


 龍真の道場に拾われた柴犬と比べられた里緒は「ななな」と眉を逆立て、「リョウちゃん家のお爺さん犬と一緒にしないでよっ」と怒った。

 

 そこで俺は、子供の頃を思い出しながらニヤニヤと龍真に尋ねる。


「子犬の新山向けに置いてあった犬用クッキーを、味が付いて無いって言いながら平らげた食いしん坊姫がいたよな」


「ああ、小分け袋一つ空にしてから気づいてたな」


 龍真が昔話に乗ったのが恥ずかしいのか、里緒はすぐ真っ赤になる。


「里緒、あなた……」


 初めて聞いた話らしく、呆れた顔で笑う歌埜に向かって里緒は急いで首を振る。


「遅れてきたら机の上にあったからよく見ずに食べちゃったんだよ」と釈明しつつ、「リョウちゃんまでひどいよお」と叫ぶ。

 そして空中に大書された恥ずかしい過去を、黒板消しで消去する如く手をブンブンと振った。


「そ、そんな話より、早く滝肉の準備しようよ」


 里緒はこれ以上からかわれるのは勘弁とばかり、強引にお昼の用意へ話を戻す。

 俺も、肉を見たら急に空腹を意識し出したので、裏庭に用意した古いキャンプ用焼き肉セットを指差した。正確には鉄板焼肉用だ。


 大きめのタープで日陰も作ってあるので、食べる時も心配ない。俺の父親が持っていた、旅行装備の中から引っ張り出した物だ。


「帆立と海老も魚政から仕入れてあるからな」


 その追加発言に一番嬉しそうなのはやはり里緒で、「食いしん坊姫って言われてもしょうがねえよな」と俺は一人ごちた。


「あとさ、あとさ、」


 漂うクミンの香りに鼻をくんくんさせる里緒。


「新山がエサ貰う時と同じだな」と俺は笑いながら、「シメに夏野菜カレーも作ってあるって」と姫のパーティメニュー必須のカレーについても準備万端だと説明した。


「さすが、スズちゃん。立派な家来だね」


 里緒は満足そうだ。

 まるで褒めてつかわすと言わんばかりの表情なのが俺には納得いかない。


「家来じゃねーし。大体無いとごねるだろーが」


 そう言う俺の横でコメントする歌埜とうなずく龍真。


「里緒は本当にカレーが好物なのね」


 里緒のカレー好きは尋常ではなく、小学生の遠足にカレーを保温パックに入れてくるヤツは、学年でコイツだけだったと俺は記憶している。


 それだけにこだわりも深く、妙なうんちくもあるので、アクアランプでカレーフェアを企画した時だけは、里緒にも試作品を食べてもらい、感想を参考にしている。

 ちなみに他のフェアの時も呼べとうるさいけど無視だ。


 もちろん里緒が俺達に内緒で調理に挑戦した事もあった。

 何故それが分かったかと言うと、中学校を休んだ理由が「カレーを作った」からだ。


 賢明な里緒の両親は、その頃には里緒の料理した品を口にする事はめったに無くなっていた。

 翌日体調が回復した里緒に感想を聞くと、本人曰く「地獄曼荼羅図に使われる極彩色の味わい」だったそうだ。


 何の事やらさっぱりだが、精一杯の強がりだったらしい。

 カレーフリークの里緒が皿半分も食べられずに諦めたと聞いて、俺も龍真も哀れ過ぎてそれ以上は聞かない事にした。


「焼けてきたかな」


 炭火にあぶられた鉄板の肉汁が食欲をそそる。

 割り箸を片手にその牛肉に覆いかぶさらんばかりの里緒の顔も熱気で汗ばんでいる。


 ただし期待にゆるむコイツの口元で光っているのは、絶対よだれだと思うけどな。


 NBAのポイントガードの様な仕草でスタンばる里緒は、「おい、肉を両腕で囲うな」と俺が注意しても眼中にない。


「このために今日は朝ごはん抜いてきたんだよお」


 全力で自分の肉をディーフェンスだ。


「涼平、しばらくは無理だ」


 龍真の台詞に残念ながら正しさを認め、俺はこの餓鬼道に堕ちかけた幼馴染に、まずある程度食べさせる事に決めた。


 「よし里緒、この辺の肉から食え」


 俺がいい焼き加減の肉をトングで取ってやろうとすると、残像の速さで割り箸が伸びてきて、引っ込んだ。

 そして鉄板上の焼肉が一斉に消えた。


「こら、里緒」


 俺は文句を言いかけたが、すでにほっぺを膨らませてもきゅもきゅと肉をかんでいる姿に脱力する。  里緒は無言だが、顔面で幸せそうに「美味美味(ヤムヤム)」と主張していた。


「わかったから喉詰まらせるなよ、リス姫」と忠告してから、次の牛肉を鉄板に乗せ、肉の隣で焼いている帆立と海老を違うトングで裏返す。


 野菜を間に置いて仕切っているから、肉汁は海鮮物に混ざりにくいはずだ。

 海老は食べやすいように殻は剥いてある。少し塩胡椒をふって味を調えるだけで、素材本来の旨味が染み出してきてたまらない。醤油をかけるのは二回目からだ。

 

 俺も腹の虫が鳴り出しそうになってきた。

「ほい。委員長」と皿に帆立と海老をセットで渡す。


「ありがとう」

 

 そう言って貝柱を口にいれる委員長は、躾がいいのか上品だった。


「美味しい」


 当たり前の感想だが、今の俺にはそれが嬉しい。

 そして「龍真」といって次の帆立セットを渡すと、俺も自分の帆立を食べようとするが、すでに鉄板に残っていない。


 もう結論は分かったが、確認のために餓鬼姫を見ると、皿に海老を二尾のせて、さっきと同じようにほっぺを膨らませて咀嚼している。


「帆立はふたつとも口の中か?」


 質問した俺に、噛みながらこっくりと頷く里緒。

 それでも口を開いて何事か言いかける食いしん坊に、「ああもういいから、海老も早く食っちまえ」と次の海鮮物を追加して、俺はいい具合に焼けてきた玉葱の輪切を、自分用に箸でつまみあげた。




  ◆ ◆ ◆




「あそこの温室では何を育てているの?」


 里緒の口に焼肉をこれでもかと詰め込んで腹を落ち着かせ、少し焼くペースが落ち着いてきた頃、裏庭を見ていた委員長が質問してきた。

 それは土蔵の奥に建っている白いペンキで塗られた、ガラス張りの温室。


「ああ、もともとは寒い所では育ちにくいハーブ類が多いかな」


 まあ、実際には雑多な種類の鉢植植物で一杯だ。


「今は、気が向いた時に種から花を育てたりもするんだぜ」とちょっと誇る。


「たまに道場に持ってくる鉢植えってあれか?」


 龍真に聞かれ「そうだぜ」と答える俺に、委員長は不思議そうに質問を続ける。


「馬鹿平って野菜とか花とか育てるの好きなんだね、なんか意外だった」


「ズズちゃんはねー。将来農業する事に決定っ」


 里緒が俺の未来を勝手に決め付ける。

 ところが「案外それもいいいかもな。俺、土とかいじるの嫌いじゃないしな」と俺が否定しないので、コイツは当てが外れた様子で、少し静かになる。


 龍真も、俺の顔に何かついているかの様に視線を送ってくるしな。


 委員長は、雰囲気の微妙な変化に気づいて会話の流れを変えようとしたらしい。

「温室の中を見てみたいけど、いい?」と俺に聞くので、焼肉が終わったら案内するよと約束した。









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